「群れなせ!シートン学園」1話。私立シートン学園は弱肉強食の精神を学ぶための神聖な檻。しかし肉食動物が草食動物を捕食するわけでもない本作の「弱肉強食」とは何だろう? 答えはティラノサウルスの寺野先生が持っている。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
寺野先生は肉食恐竜だが、その大喝は生徒を食うのではなく言うことを聞かせるため使われる。ティラノサウルスより「弱」い他の動物は、絶対的「強」者の指導に従わざるを得ない。己のルールを押し付け従わせるのもまた弱肉強食なのだ。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
そしてそういう形の弱肉強食を日々繰り返しているのが私達人間であり、それは本作でも変わらない。なにせこの世界は「学園」だし動物達は「擬人化」されている。強者・人間によるルールの押し付けは、本作では動物の生態にまで至った。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
動物を半ば人間として振る舞わせるに至った本作の弱肉強食。しかしそれは諸刃の剣でもある。動物に自然に人間のように振る舞わせる世界は、逆に言えば動物が人間と等しく振る舞える世界でもあるからだ。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
実際、この学園の動物は人間としての特性を使いこなしている。食券機に戸惑う様子など全く見せない一方でそこで買えるのは動物の食べ物だし、熊よけスプレーをかけられた熊は水道を利用してそれを洗い流してしまう。また女の子を「食べようとする」のも性的に描かれる。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
人間のルールを極限まで動物に押し付けたのに、かえって人間の方が浮いてしまう世界。それがシートン学園であり、しかし学園はけして人間が暮らせない世界ではない。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
私達は知らない人間には酷く冷たい。電車で人身事故が起きれば○ぬ時くらい迷惑かけるなという人も珍しくはなく、一方で自分の見知った人がそうなれば同じ反応はできない。人間は相手を個体として認識することで初めて、その人を人間として扱えるとも言える。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
ランカは当初ジンや瞳を「人間のオス/メス」と呼んでいた。それは種族と性別であって個体ではない。ランカにとって2人は「自分と同じ人間」ではなかったわけだが、彼らを知り種族ではなく個体として認識したからこそ、名前で呼ぶようになったのだ。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
それはジンも同様で、名前こそ呼ばずとも彼はランカを「こいつ」と認識する。個性もバラバラのはずの動物たちを十把一絡げに「けだもの」と呼ぶのは文字通り彼らを人間扱いしていない証拠であり、そこから抜け出すのが彼の人間的成長なのだろう。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
またこうした悩みは高慢なクロエも同様に抱えている。彼女は「ロバの仲間」という下層グループにいたくなくて自分を馬(上層グループ)だと言いはるのだが、彼女を慕う仲間達は最初から彼女をクロエと呼んでいる。グループではなく、個体で認識してくれているのだ。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
1話ラスト、ランカの群れに入ることにしたジンは、ペロペロという熱烈な歓迎を受ける。相手を人間扱いすることは、自分の価値観やルールに相手を従わせることではない。自分の価値観と相手の価値観をすり合わせ、妥協点を探ることなのである。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
弱肉強食の果てに生まれた世界でむしろ共存共栄を語る。動物について知りながら同時に人間の集団生活についても学ぶ。コミカルさとセクシャルな要素を押し出すと同時に、本作の1話はそんな地平の期待できる内容だった。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
というわけで以上、1話レビューでした。ジンのキャラクター性、どうも同じく石谷春貴の演じたお母好きの真人を連想するところがある。こういうのが得意分野になっていくのだろうか……?#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日
あとランカが視聴者アピールという意味で人間としての特性を使いこなしているのが怖いと言えば怖い。こんな「娘」が近くにいたら青少年男子の理性は早晩崩壊間違いなし。#シートン
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2020年1月7日