消失する境界――「裏世界ピクニック」5話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
世界と自分の裏側を覗く「裏世界ピクニック」。前回置いてけぼりにしてしまった小桜への詫びで始まった飲み会は、そのまま空魚と鳥子の仲直り会に移行する。その区切り、境界のなさこそはこの5話の鍵だ。
 
 

裏世界ピクニック 第5話「ステーション・フェブラリー」

 
恒例の打ち上げの後、夜の池袋の街を歩く空魚と鳥子。だが、ふと気づくと〈裏世界〉に迷い込んでしまっていた。何の準備も心構えもなく、夜の〈裏世界〉というまったくの未知の世界に入り込んでしまい、二人は動揺する。そこに奇怪な音を発する四足獣が現れ、二人はその場を走り去る。逃げる途中、空魚が何かにつまずくが、足元は一面砂利になっており、線路が敷かれていた。
 

1.「区切りがない」が持つ魔力

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
会の始まりそのままに、今回の話の特徴は「区切りがない」ことにある。冒頭を見ても、鳥子の大量の注文は当然ながら自分と空魚の胃袋を合算して(区切りをなくして)頼んだものだし、仲直りの会の話題は次に裏世界に行く打ち合わせと区切りがない。仮にこれらをはっきり分けていれば、料理は1人で食べられる量ではないし空魚は打ち合わせにもっと抵抗を示したろう。
「区切りがない」にはある種の魔力が存在するのだ。炙りしめ鯖は厨房と客席の区切りをなくして目の前で調理することで食欲を誘うし、酒の酔いは本気と冗談の区切りを怪しくする。支払う額が変わらなくても、お詫び会と仲直り会の会計の区切りがないのは見た目に負担が大きい。
 
本作において概念的な魔力は、裏世界という形で具現化する。故に、にこやかにしめ鯖を炙った店員は何の前触れもなく、区切りもなくおかしなことをつぶやく。
 
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
居酒屋カフェ店員「くびりやらいので、あぶらがらすがきます」
 
……「区切りがないのでアブラガラスがきます」? その言葉の意味はさておき、空魚達はいつものエレベーターのような区切りもなく裏世界に迷い込み、巨大なカラスによってそのことに気付いたのだった。
 
 

2.「区切りがない」から生まれるもの

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
区切りなく裏世界に来てしまった空魚達を悩ませるのはもちろん、怪異そのもの以上にそれが体現する区切りのなさだ。死体を吊り下げた珍妙な機械からの逃走との区切りもなく人魂じみた顔の塊にまで追われるし、平地から区切りなく続く上り坂は思わぬ障害になる。ろくでもないことに区切りがないなど、たまったものではない。
 
けれど同時に、区切りのなさの魔力がもたらすのは悪いことばかりではない。空魚の眼は自分と鳥子を区切ることなくグリッジから遠ざけるし、彼女の足が竦んでしまった時には鳥子が活を入れてくれもする。鳥子のいう「2人いるからなんとかなる」は、一方的な救済ではなく互いが区切りなく救い合う関係によって成立している。
 
 

3.区切りを作ったはずが迷い込む世界

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
必死に逃げた2人は、どこに続くとも知れぬ線路の上にがたどり着く。それは道標であると同時に、横から見れば前後を"区切る"境界線でもある。だからそこで空魚達が出会う在日米軍海兵隊は必然的に境界線を、区切りを強く意識する存在だ。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
グレッグ「どうせこいつらもワイルド・シングスだ、撃ちましょう!」
 
彼らは、自分達の区切りを侵食する存在を強く警戒している。なにせ訓練中に迷ったと気付く間もなく裏世界へ入り込み、随伴していた荷運び用のロボットは壊れたはずが自分達を襲う存在に化けすらしたのだ。兵士の1人グレッグが、人間の姿をした化け物(区切りを侵食した存在)ではないかと空魚達を疑うのも当然の反応だろう。
 
ドレイク中尉の指揮の下、米軍の中隊は駅舎を拠点に陣地を構築している。陣地には当然、内と外が――区切りがある。ドレイク中尉もまた、空魚達を人間であると、区切りの内側の存在であると認識したからこそ彼女達を陣地へと案内した。グレッグを制止する彼の聡明な行動からも分かるように、人は知性によって区切りを作ることができる。それは敵と味方、真実と虚偽といったものを識別するのに欠かせない能力だ。
しかしドレイクは、自分達が拠点としたのが怪談の舞台となった「きさらぎ駅」であることを知らない。彼にとってそこはきさらぎ駅ではなく、2月の名を冠した「ステーション・フェブラリー」でしかない。怪異に満ちた裏世界で彼が安全のため作った区切りは、実際は怪異のど真ん中であった。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
人は知性によって区切りを作り、自他や利害、善悪に優劣など様々なものを識別する。しかし区切りはいつも有効なものだろうか。区切りをつけようとすればするほど区切りがつかなくなる、そんな落とし穴もまた世界にはあふれているのではないか。事実、グレッグは敵味方の区切りを付けようとして空魚達が人間かどうかの区切りを見失っているのだ。
 
空魚達にとって一安心の区切りのはずだった米軍海兵隊との合流。しかし、それは本当に自分達を危険から分け隔てるものなのかどうか。その区切りが必ずしもはっきりしない不安を示して、この5話は幕を閉じるのである。
 
 

感想

というわけで裏ピクの5話レビューでした。あー動画で見たなこんなロボ、と思ったら話題になったのは2010年頃だそうで、時間が経つのって早いですね。エンジン音の大きさで軍用としては残念ながら不採用になったものの、研究は続けられておりますます滑らかな動きをするようになっているそうです。
 

映画を見るような気分になってくるな。あと酒飲んでしめ鯖食べたい。空魚になって鳥子に「鳥子は何かぶったって似合うでしょ」って言いたい。イチャついてたなー。
 
空魚の精神構造を詳らかにしてきたこれまでの話とはまたちょっと違った展開になっており、作品の広がりを感じる回でした。2人以外はどんだけでも酷い目に会いそうでもあるし、次回が楽しみでもあり怖くもあり。