多面性は可能性――「ワンダーエッグ・プライオリティ」4話レビュー&感想

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リカの石化という大ピンチで今回に続いた「ワンダーエッグ・プライオリティ」。しかし4話はそこではなく新たな少女・沢木桃恵の描写から始まる。もどかしくも思えるこの展開はしかし、今回の必然だ。物事には多面性がある。
 
 

ワンダーエッグ・プライオリティ 第4話「カラフル・ガールズ」

 
リカが戦線を離脱したことで、みことまこを守りながら独り戦うことになってしまったアイ。
押され気味の戦況に挫けそうになるアイに、みことまこは協力を申し出る。
一方、別のエッグの世界では、アイたちと同じように戦う沢木桃恵の姿があった。
桃恵の凛々しさにほのかな恋心を抱くエッグの中の少女たち。
しかし少女たちの感情は、桃恵にとある過去の出来事を思い出させ……。

 

  
 

1.桃恵の悩みとその意味づけ

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桃恵が守る少女・美和の悩みは人間の持つ多面が生み出す悩みだ。毎日受けていた痴漢被害を訴えたまでは良かったが、相手が父親の上司でもあったために父親は解雇される羽目になってしまった。そのため美和はかえって責められ、母親からは「触られたのはかわいかったからなのになぜ我慢できなかったのか」とまで言われてしまう。
こうした苦しみは、人が一面だけの存在ではないから生まれるものだ。痴漢の男に父の上司という別の一面があり、褒め言葉のはずの「かわいい」にすら人を責める一面がある。*1
この問題は前回アイと一面では"同様"の存在として意気投合したリカが、それでも別面では"同一"ではないからこそ1人石化してしまったのとも似ている。
 
 

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多面に苦しむ者にとって、一面で生きる者の姿は非常に魅力的に映る。桃恵が美和やその次の護衛対象・瑞希をあっという間に魅了してしまうのは、その振る舞いがどこまでも少女に優しい理想の王子様然としたものだからだろう。
しかしこんな戦いに身を投じる桃恵が一面だけの、迷いなき人間のはずはない。男性的に見える少女はその存在自体が二面性を運命づけられているし、そんな彼女を一面的な人間として捉えるのはむしろ理解から遠ざかっている。2人目の護衛対象・瑞希は女だろうと桃恵が好きだと伝えたが、それは桃恵に絶対的な価値を認めるようでいて「理想の王子様」を押し付ける行為でしかない。
 
桃恵が抱えている悩みは、性自認の問題ではない。それは理想の王子様ではない自分を、自分の多面性を誰も見てくれない(あるいは見てくれる者を失った)ことへの悩みなのだ。
 
 

2.交互に映されることで表面化するテーマ

桃恵の悩みが多面性に関するものである以上、交互に描かれるアイ達の様子についても重要なのは多面性だ。同時に攻撃されながら、リカだけが石化したのがそれに類する要素であるのは先に触れた通り。一面ではないことはしばしば苦しみを生む。しかしそこにあるのは本当に、苦しみだけだろうか?アイとリカが"同一"であったら2人とも攻撃を避けられたかも知れないが、逆に2人とも石化していた可能性だってあったはずだ。
 

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一面でないことは苦しみと同時に、可能性を生み出す。みことまこが常に守られるだけとは限らず、今回アイに様々な手助けをしたり時には盾にすらなることも二面性の一つだ。思い返せばくるみも南も、けしてアイに守られるだけの存在ではなかった。
 
「女はすぐ騙す」という言葉が桃恵を救った美和の機転の形容であると同時に、ワンダーキラー・サチコの死んだふりの示唆でもあったように。
夢の中では不死身でもダメージは現実にフィードバックされるこの戦いの仕様が、だからこそ肉体の鍛錬に繋がっているように。
普段は天の邪鬼のはずのリカが、時には「差別はよくねーよ」と正論をぶつ側に回るように。
 
二面性は正反対のものであり、だからそこには新しい世界が広がっている。まして多面ともなれば尚更だ。
 
 

3.多面性は可能性

人は"同様"であっても"同一"ではない。どんなに親しい存在であっても、二面性・多面性がある以上全ての面が噛み合うわけではない。2話でアイは自分とまるで違う存在のように思っていたねいるが自分とそう変わらない存在であることを知り友達になったが、今回彼女が知るのは逆にねいるが自分と違う存在であるという証明ばかりだ。退院した彼女を迎えに来たのは黒塗りの高級車で、歳は変わらないのに社長、ファーストフードのポテトを食べたこともない。リカをアイほど信じないところも含めて、今回ねいるはアイと異なるところが数多く描かれている。けれどそれはけして、2人が相容れないことを意味しない。
 

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ねいる「アイは人を信じやすい。すぐ許しちゃう」
アイ「さっきの話?」
ねいる「うん」
アイ「だよね。ダメダメなとこだ」
ねいる「(首を振って微笑んで)素敵なとこ。ダメだけど、素敵なとこ。そういう子が時々いてくれないと、わたし達は救われない」

 

 
アイの人の良さが欠点であることをねいるは否定しない。けれど同時に、美点であることも言い添える。それはつまり、ねいるがアイを一面的に捉えていないということだ。
 
人や世界は二面的であり多面的であり、その複雑さ故に人は生きることに苦しみを覚える。けれど同時に、一面的ではないからこそ人は多くの人や可能性と繋がることもできる。桃恵は、アイと道端ですれ違った時には何の接点も無かった。ねいるやリカとは、エッグ購入場の中ですら親しくする縁は無かった。けれど孤独に打ちひしがれ涙する、理想の王子様とは全く別の面は桃恵とアイを結びつけた。ねいるやリカとすら、それをきっかけに親しくなった。そこに立っていた桃恵はどこにでもいる、一緒に笑い合える一人の少女だった。
 

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失った大切な人を取り戻すためのこの辛い戦いは同時に、新たな大切な人を作り出す場ともなっている。この先に待ち受けるのがどれほどの困難であっても、それは確かな事実だ。逆に言えばその喜びが困難をゼロにしてくれるわけでもないが、喜びが見えるだけで変わるものはあるだろう。
 
ただただ全く違う存在に見えた少女達は、それでも自分達の中に同じ面があることを知って繋がった。ならば次に彼女達を待ち受けるのは更に大きな違いか、あるいは同じだからこその問題か。桃恵の苗字がアイの担任と"同じ"であることは、両者のまた別の一面を引き出すものとなりそうだ。
 
 

感想

というわけでワンエグの5話レビューでした。この子達が笑い合ってる姿を見るだけで嬉しくなってしまいます。良かったなって、これで「わたし達の戦いはこれからだ!」でもいいじゃないって。いやそんなわけはないんですが。幸せになってほしい。人間関係の構築がテーマの連続性と絡み合っているからこそ、愛おしく思えるのでしょうね。
そして喜びの分だけ今後突き落とされそうで怖くもある、これも二面性。次回にドキドキです。
 
 

*1:ちなみに昨今は、痴漢の理由は性欲よりも支配欲であると分析されている。いじめとあまり変わらないのかもしれない。――きっかけは「性欲」ではなく「支配欲」。「普通」の男性が痴漢になる理由婦人公論.jp