解消よりも釣り合いを――「裏世界ピクニック」11話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
置き去りにしたものを取り戻しに行く「裏世界ピクニック」。米軍救出のため再びきさらぎ駅へやってきた空魚達だが、米軍のドレイク達と空魚達では時間の流れに大きなズレがあった。11話の鍵はこの"ズレ"の取り扱いにある。
 

裏世界ピクニック #11「きさらぎ駅米軍救出作戦」

空魚と鳥子は、<裏世界>に残してきた米軍の部隊の救出を決意する。米軍のキャンプに辿り着けるように、前回と同じく、八尺様の帽子を使う方法を試みる。案に違わず、二人は目的の場所に辿りつく。救出に来たとは知らぬ米軍から攻撃を受けるものの、空魚と鳥子はドレイク中尉たちと再会を果たす。空魚は目の力を使って米軍を先導し、彼らがこちらに入り込んだゲートを目指すことになる。
 
 

1.ズレというグリッチ

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
ドレイク「生きていたのですか。この数日、いったいどこに?」
鳥子「数日?」
空魚「裏と表で、時間にズレが生じることがあるのかな」
 
最初に述べた時間のズレが明らかになる場面では、空魚達とドレイクの間の線路は爆破され途切れている。ズレとはつまりこのような断絶であり、そこに潜む地雷(グリッチ)は人の命すら危険にさらすものだ。米軍を助けに来た空魚達が逆に撃たれそうになったり、彼女達を化け物と断じたグレッグがむしろ過剰な責任を感じた結果死んだように。
 
ズレが時に致命的だからこそ、人はそれを解消しようとする。しかし空魚達と米軍のファーストコンタクトが「区切りをつけようとすればするほどつかなくなる」問題を抱えていたように、ズレとは意思だけで簡単に解消できるものではない。
 
 

2.解消できないズレ

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
ズレを抱えたままでは致命的な結果を生む恐れがあるが、それをなくすのは非常に困難だ。長い付き合いも、腹を割った話し合いも、親密さもズレをなくすことはできない。鳥子と空魚の性質をずいぶん理解しているからといって小桜が今回同行できるわけではないし、米軍と再び手を取り合ったといっても残存物資の扱いなど意思の齟齬はあるし、鳥子は自分が間近に立てば空魚をドギマギさせるのを未だ理解していない。ズレは解消できない。
だがそもそも、消そうとするだけがズレとの付き合い方ではないはずだ。
 
 

3.解消よりも釣り合いを

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
人はズレを解消できない。グリッチを踏めば終わりと知りつつドレイク達は改造車に希望を込めずにいられなかったし、空魚がグリッチを視認できてもそれは車の運転手にダイレクトに繋がらないから100m進むのにも苦労する。*1
 
ズレに必要なのは解消よりも"釣り合い"だ。グリッチを踏んで終わりなら回避手段を得ればいい。言葉で意思を伝えるのが難しければ道具を使えばいい。側面を見ていた空魚が前方不注意を鳥子に助けてもらったように、何かが見える分だけ何かが見えないなら、それは他の誰かに見てもらえばいい。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚「被った人間に害が及ばないと言い切れないし。鳥子が1回、私が1回。もうこの帽子は被らない」
 
効果不明な帽子を空魚が今度は自分も被るように、釣り合いが取れるなら人は時にリスクも取れる。改造車両を実感以上に褒めた方が良かったのではと思いやりもするし、相手が満足しているなら良しともなる。裏と表の時間のズレが救出には好都合だったように、その時ズレは致命傷どころか救いにもなる。
他人に強いれば圧力になってしまうが、世界と自分のズレに釣り合いを取れれば人は(100mと言わず)驚くほど前進できるのだ。
 
立ちふさがるはカンカンダラ。ドレイク達の怯えようとも釣り合う、恐怖のネットロア。空魚達はそこに、いかなるロジックを以て立ち向かうのだろうか。
 
 

感想

というわけで裏ピクの11話レビューでした。疲れていたので遅れましたが、今回はあまり迷わず書けた方かな。カンカンダラのネットロアを読んだ後だと、鉄条網を越える場面がとても恐ろしい…… 打ち上げパートが現状とズレつつ妙に釣り合いが取れてるのも面白かったです。
 
さてさて、次回はいよいよ最終回。どういう区切りとなるのか、期待して放送を待ちたいと思います。
 
 

*1:そしてタバコ管理作業車AP-1は改造しても戦闘には向かない