ありふれたゲートの先――「裏世界ピクニック」12話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
異世界が遠くない「裏世界ピクニック」。最終回となる12話も、空魚と鳥子は幾度も表と裏の世界を行き来する。だがそもそも、異世界に行くだけが本作の"ゲート"なのだろうか?
 
 

裏世界ピクニック 第12話(最終回)「空魚と鳥子」

ゲートにたどり着く空魚たち。ドレイクもかろうじてこの場所を記憶にとどめていた。六角形の広場に足を踏み入れると、不意に怪物が襲い掛かってくる。それは半人半蛇の形をしており、空魚はその正体に心当たりがあった。米軍が攻撃するものの、怪物の奇妙な行動によって動きを止められてしまう。さらに怪物は空魚の右目を封じようとし、空魚は激しい痛みに見舞われる。
 
 

1.ゲートが珍しいとは限らない

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚「……そっか、あの時からここにあったんだ」
 
裏世界と行き来するゲートは当初、非常に限られたものだった。空魚が使っていたものは早々に消えてしまったし、神保町のエレベーターは手順もそれなりに面倒。裏世界に行く人などごく限られている、はずだった。
けれど物語が進むにつれ、このゲートの希少さはどんどん怪しくなっていった。裏世界の住人の側から小桜の家にやってきたり、飲み会帰りやタクシーに乗っている間に迷い込んでしまったり、神保町のビルでなくても裏世界には行けたり。表と裏を行き来するものは実のところ、ありふれていた。希少なはずのゲートは実は、「往来の難しいものを繋ぐありふれた扉」でしかなかったのだ。
 
 

2.ゲートが目に見えるとは限らない

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研

鳥子「一番デカいのがアレだったんだもん」

空魚「たく、アンタは……」

 

 
「往来の難しいものを繋ぐありふれた扉」……そう定義した時、この12話には裏世界以外にも様々なものを繋ぐ"ゲート"がありふれている。例えばカンカンダラ退治に「デカい」銃を持ってきてと空魚が頼んだ結果現れたのは巨大な軍用重機だったし、空魚はカンカンダラの恐ろしい睨みつけを田舎のヤンキーに例えて屈しない。表世界なら逃れられるかと言えばそれも違い、空魚は首の汗などと些細なもので鳥子にドキッとするし、喫茶店で昼からビールを飲めばそれだけで1日はゲートの向こうに行ってしまう。裏と表を行き来する扉はこれ全て"ゲート"であり、そんなものは劇中どころか世界にありふれているのである。
 
 

3.1人が1人とは限らない

世界にゲートはありふれている。言葉にも道具にも、そして1人の人間の中にすら存在するのだと、紙越空魚は教えてくれる。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚「わたし、ほんとはどうでもよかったんだ。あの人達のこと。鳥子に言われるまで忘れてたくらいだし……ほら、わたし自分にしか興味がない、人の心が無い女だから」
 
空魚には米軍の人達はどうでもいい存在だった。鳥子に言われるまで忘れていたくらい、彼女は薄情だ。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
鳥子「そんなことない。空魚はめちゃめちゃ優しい子だよ」
 
けれど空魚は米軍の人達を助けるのに本気だった。でなければ彼らが帰る前に犠牲者の有無を効かないし、安堵の涙を流したりしない。彼女は優しい。
 
空魚が薄情なのも優しいのも、どちらも嘘ではない。それは彼女の中で溶け合っている――のではない。"表裏"として存在していて、何かの拍子に"ゲート"を通って行き来している。表裏正反対のものは確かに遠くにあるが、一周回って近くに存在しているのだ。空魚と鳥子がさんざん探した新たなゲートが、実は小桜の家の敷地内にあったように。空魚とまるで違うように思えた鳥子が、実は同じように世界と他者への興味の無さを抱えていたように。
 
 
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研

孤独感や肥大化した自意識に限らず、人はどこまでいっても1人だ。空魚と鳥子も同じような他者への興味の無さを抱えていても、全く同じものではない。けれどそういう気持ちを抱えているのが自分だけでないと知れたら、人は"ゲート"を越えられる。1人を感じる者が自分1人でないと知れたら、1人ではなくなる。
この作品を見た私もあなたも、今は、1人ではないのだ。
 
 

感想

というわけで裏ピクの12話レビューでした。やー、難解な作品だった。「眼鏡っ娘が主役だから見てみよう」くらいの感覚だったのでこんな苦労するとは思いもよらず。4話レビューで書いたように10年20年前の深夜アニメを見ているような感覚があって、一周回ってそれが新鮮でした。
 
僕は2話までの鳥子にとても近さを感じるものがあって、以後のお話では逆に遠さを感じたりもしたのですが、たぶんどっちも正解なのでしょうね。ベタベタした手付きで語らず、奥底にあるものを探り当てるようにして視聴者が共感する作品だったのではないかと思います。
rionosの「街を抜けて」が言葉にし難い感動を引っ張ってくるのも素晴らしかった。あのラストの美しさは本当、何と言葉にしたらいいのか。いやその後で打ち上げの内容がゲート通って思わぬ出費になるオチも楽しかったですけど。
 
声優陣も花守ゆみりさんの空魚の愛嬌の無さ、逆に茅野愛衣さんの鳥子の奔放な愛嬌のバランスがとても素晴らしく、劇中の大半を担って余りあるものでした。もちろん、日高里菜さんの小桜の大人と小動物っぽさの合せ技や富田美憂さんの茜理の「読めなさ」も欠かせない。
 
原作はセールやってる時に合本版を買ったので、後々、追々ほんとうにゆっくりになりますが読んでみようかと。スタッフの皆様、素敵な作品をありがとうございました。
 
 
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