駆け出し男役×最高の試験官――「かげきしょうじょ!!」1話レビュー&感想

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
舞台のスターを目指す少女達を描く「かげきしょうじょ!!」。1話アバンは舞台となる紅華歌劇団の歴史と養成学校への入学の難しさを語る。美しく聡明な女子しか入学できない、東大に並ぶ狭き門――その選別はけして、入学で終わるものではない。
 
 

 かげきしょうじょ!! #01「桜舞い散る木の下で」

 
 

1.終わらない試験

東大に並ぶ入学難易度を誇ると言われる紅華歌劇音楽学校。その難しさは前半、具体的な数で示される。入学希望者1,135人、一次試験合格者200人、入学できるのはたった40人。合格できるのはたった3.5%!目眩がするような合格率の試験はしかし、受かって終わりではない。この学校は紅華歌劇団の明日のスターを養成するための学校なのである。
 

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
安道「合格したら悪夢のようなヒエラルキー社会の始まりなのにな」
 
入学後も彼女達は実力を常に問われ(試験され)、それがヒエラルキーに直結する。講師の一人である安道が言うようにこの入学試験は始まりに過ぎない。そして、希望によっては少女達には更なる試験が用意されている。
 

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
安道「おーい渡辺、分かってるのか?オスカルになるってことはな、紅華歌劇団のトップに君臨するってことだ!」

 

主人公・渡辺さらさの目指すオスカル様=男役は、選び抜かれた320人の内の更にたった4人しか演じることを許されない。紅華歌劇団出身者を祖母と母に持つサラブレッドや元プリマドンナ(「第一の女性」)が競う、狭き門の奥の更に狭き門の先にある頂点。その究極的な試験を突破しようというのがさらさの目標なのである。
……だがそれは果たして、才能や実績だけで突破できるものだろうか?
 
 

2.歌劇団トップになるため必要なもの

紅華歌劇団のトップのみが演じられる男役(主演)。その不思議な魅力について、アバンはこう語っている。
 

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
ナレ「特に男役は、リアルな男性より麗しいと評判を呼び多くの女性ファンを獲得」
 
「リアルな男性より麗しい」……究極的な試験の先にあるのも納得の難問だ。男役は当然女性のままでは務まらないし、(肉体的にも演技としても)リアルな男でも務まらない。男役を演じる者は自分の性から移動し、かつもう一つの性を超越しなければならない。不安定な足場を苦もないように行く、サーカスの綱渡りにも似た足取りでなければその道は歩めない。さらさはそのための、「揺るがないための」武器を持っている――そう、体幹の強さである。
 

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さらさ「これなら一歩も動きませんよ!」
 
愛の体幹の強さ、安定性はこの1話、何度も強調されるポイントだ。膝を曲げず、かつ飛んだ位置から1ミリもぶれない跳躍と着地。自衛官から不意に強く肩を押されても回復する足腰。誰の目にも見えるその強さに周囲は驚かずにいられない。
だが、これは彼女の体幹の強さの半分に過ぎない。
 
 

3.体幹の強さは二つある

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さらさ「そうなんですね。ではなります、サラサはトップになりますよ!」
 
肉体的な体幹の強さはさらさの大きな武器だが、それだけではサラブレッドやプリマドンナの才能や実績と比肩することしかできない。彼女を主役たらしめるのはもう半分の体幹の強さ……「心の体幹の強さ」の兼備にある。
 

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もう一人の主役とも言える愛が困惑することしきりなように、さらさは良く言えば天真爛漫、悪く言えば無神経な少女だ。親しくもない愛にぐいぐい絡み、入学式やガイダンスには遅刻しそれらに構わずいつも声も大きい。試験官が言うように物怖じのなさは並外れていて、彼女は常に自意識の主導権を他人に渡さない。つまりそれは彼女という人間の心の体幹・・・・が極めて強いことを意味する。
彼女が一人称を「わたし」などでなく名前にしているのは、常に自分が「渡辺さらさ」であることを忘れていない、体幹が揺るがない証明なのであろう。
 
 

4.駆け出し男役×最高の試験官

肉体的な体幹の強さ、精神的な体幹の強さ。さらさは確かに男役(オスカル)を務め得る、物語の主役たり得る可能性を秘めている。しかしまだ原石であり、一次試験ですら落ちる可能性もあったようにあまりに未熟だ。彼女は磨かれなければならない。試験を受け続けなければならない。そういう意味で、その出会いが運命的なものだと示されている奈良田愛の存在は大きい。
 

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最初に示されるように、愛は男嫌いだ。アイドル時代にファンのオタクの男の子に面と向かって「気持ち悪い」と言ってしまったくらい、その嫌悪はすさまじい。だからこそ男のいない紅華歌劇音楽学校に入学したわけだが――彼女はそこでも「嫌な者」に出会っている。そう、誰あろうさらさである。
 

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相部屋なのを変えてほしいと願うほど、ホームセンターで仕切りを作ってしまうほど愛はさらさが苦手だ。そして寝相の悪さや仕切りの越境と言ったさらさの遠慮のなさは、どちらかと言えば一般的には男性に持たれがちなイメージであろう。
もちろんそんな行動を取ったところでさらさが女の子なのは変わらないが、愛が彼女を他の女の子よりずっと苦手としている事実も動かない。女の子なのに男のように・・・・・、愛はさらさを苦手としている。
 

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
そう、さらさは愛の前に不出来な「男役」としてその姿を表している。愛がさらさを苦手と感じている内は、さらさは「リアルな男性より麗しい」とは言えない。
 
リアルな男性を苦手とする愛は、さらさにとって男役を勝ち取るための最高の試験官だ。もちろん愛自身にも、さらさとのやりとりは変化を与えていくだろう。究極的な試験への道のりは、この運命の出会いによって始まったのである。
 
 

感想

というわけでかげじょの1話レビューでした。「心と身体の体幹」を鍵に書けそうだなとは初見で思ったのですがそれだけでは全体図が不十分で、もう一つの鍵である「試験の継続」を見つけるのに手間取ってしまいました。
 
才媛が揃う中でなお主人公のただものじゃない感が面白いですね。さらさの心と体の体幹――いわばオリジンに歌舞伎が関わっているらしい謎などを含め、興味深い出だしだったと思います。他の入学者がこれからどんな顔を見せてくれるかも楽しみ。アニメとして、読み取っていければなと思います。
 
 

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