欠落の水族館――「白い砂のアクアトープ」1話レビュー&感想

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©projectティンガーラ
P.A.WORKS新作、水族館を舞台としたひと夏の物語を描く「白い砂のアクアトープ」。1話、主軸となるくくると風花の心情は描かれるが口にはされない。今回はその欠落に着目してみたい。
 
 

白い砂のアクアトープ 第1話「熱帯魚、逃げた」

海の生き物が大好きな女子高生・海咲野くくる。彼女の頭の中は、館長代理を務める「がまがま水族館」のことでいっぱい。閉館の危機にある水族館を守るために、夏休み中も仕事に励んでいた。一方、アイドルを辞めた宮沢風花は、あてもなく沖縄へとやってきたが、偶然通りかかった観光協会の久高夏凛に「がまがま水族館」へと案内してもらう。水槽の前で不思議な体験をした風花は、「今、見えてた?」とくくるから声を掛けられる。
 

1.欠けてる二人

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風花「……来ちゃった」
 
1話は風花が「がまがま水族館」への勤務を希望するまでの話であり、彼女の描写に時間が割かれている。だがそこで見えるのは魅力というより、彼女の持つアンバランスな危うさだ
 

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風花「ううん、違うよ。辞めるのはわたしの決めたことだから」
 
アイドルを目指していた彼女は自分の夢が終わってしまったというが、その経緯は誰の目にもつまびらかなものではない。センターの座は勝ち取れなかったのでなく必死な後輩に譲ったのであり、芸能事務所は自ら辞めたのだから、どちらも自分が主体となって決めたことだ。そういう自分に自分で見切りを付けたというなら、それは彼女以外の誰にも(後輩にすら)伝わっていない。
 
自分を励ます会が嫌で衝動的に沖縄に行ったり、通知が嫌でスマホの電源を切ってしまう点などを含め、一見他人を重んじている彼女は変なところで自分本位な行動力を持っている。後輩にチャンスを譲ったところまで含め、社会や他人と上手くやっていく力が"欠けている"と言ってもいいだろう。
 

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月美「くくるさあ、魚類だけじゃなくてもうちょい人類にも興味持って?」
くくる「?」

 

風花のアンバランスな危うさは明瞭だが、一方のくくるは周囲との人間関係も良好で無欠……かと言えばそうでもない。年若ながら水族館の館長を名乗る彼女はそちらに夢中なあまり幼馴染からの好意に気付く素振りがなく、出席日数も足りず数学のレポートにイカの飼育日誌を提出する始末。しかしただ能天気な少女というわけでもなく、補習を受ける彼女は家で見かけた「名前と生年月日のないもう一つの母子手帳」に思いを馳せている。
 

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ひねることなく解釈するなら死産となった双子がいたということであろうが、であれば彼女は己の半身とも呼べる相手が"欠けて"この世に生を受けたことになる。
容姿も性格も対照的に見える二人はその実、欠落を抱えている点でよく似ているのだ。
 
 

2.欠落の水族館

欠落は基本的に弱みだ。特にアイドル業界のような競い合う場所では、それは致命傷になり得る。だが、人の持つ関係は必ずしも競い合いだけではない。
 

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メイサ「いーい。沖縄には"いちゃりばちょーでー("一度会ったら皆兄弟"という意味らしい)"って言葉があってね。ここで会ったのも何かの縁さ、困った時はお互い様」
 
例えば風花を騙すつもり満々だった占い師メイサが彼女を本気で占ったのは、風花の度の過ぎたお人好し(欠落)ぶりにほだされたからだった。
例えば観光協会の夏凜が風花を助けたのは、風花が熱中症になりかけたり訳ありの旅行といった雰囲気=欠落を漂わせていたためだった。
ついでに言えば、くくるがイカが大好きなのはその飼育の困難さ=欠落ゆえである。
 

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風花「あの、お願いします!わたしをここに置いてください!」
 
欠落は時に、人や他の何かとの縁にも繋がる。自分の欠落を誰かが埋めてくれる場合もあれば、自分の欠落こそが誰かの欠落を埋める道具になることもある。目立たないイシガキカエルウオにこそ風花が自分を重ねるように。がまがま水族館の陥っている人手不足が、風花にはむしろ好都合であるように。
 

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くるる「身近だけど不思議な場所って意味で"がまがま水族館"て言うんだ」
 
欠落とはすなわち、穴である。少し踏み込んでみるなら「がま」もまた自然洞窟であり、穴だ。更に言うなら、必ずしも多くを語らない本作の作りはそれ自体が無数の穴を――欠落を、がまを抱えてもいる。「がまがま水族館」とは本作そのものである、と言ってもいいかもしれない。
くくる達は、そして私達視聴者はそうした穴に、欠落に何を見つけるのだろう?
 
 

感想

というわけで白い砂のアクアトープ(略称ないのだろうか)の1話レビューでした。わー、これ見立ての前の段階で苦労するタイプだ。ある意味金曜で良かったかもしれない……と早速遅延の言い訳をする羽目に。
 
必ずしも相性は良くないと思いますが、そういう作品を理解できた時には嬉しさもひとしおなわけで。おっかなびっくり、レビュー開始です。
 
 

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