足して二で割る恐怖と蛮勇――「かげきしょうじょ!!」3話レビュー&感想

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
美の苦悩を描く「かげきしょうじょ!!」。3話は奈良田愛のトラウマを描く回であり、さらさの出番はけして多くない。しかしこの回は愛を描くことで、なぜさらさが彼女に必要なパートナーなのか教えてくれるお話だ。
 
 

かげきしょうじょ!! 第3話「クマのぬいぐるみ」

1.奈良田愛とはどんな少女なのか

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紗和「ねえ、奈良田さんいないわよね」
 
3話冒頭、昼食を取る予科生達は愛の不在に気付く。不在の人間はそうは気にされるものではないが、愛は不在であっても人の注意を引く。それはこの昼食の時に限った話ではなく、彼女は歩くだけで人目を引くし、やる気ゼロなのに娘役候補として警戒されたりする。簡単に言えば愛は存在するだけで(より正確に言えば一度認識されるだけで)「人の心に入ってしまう」少女なのだ。そして愛は、そんな自分が嫌で仕方ない。
 

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映画女優の娘で「きれいだね」「かわいいね」がこんにちはと同義語になるほど容姿の整った愛は、幼い頃から嫌でも人目を引いた。父親を探りたい親戚、かわいい子にちょっかいを出すクラスの男子……人の心に入ってしまうことは喜ばしいこととは限らず、危険に遭遇するリスクでもある。幼い愛はその危険を、無垢でいじらしい少女を装うことで回避してきた。
 
しかしその聡明さによるいじらしさは彼女の外面的な魅力をいっそう高めるものであり、トラウマを生む。
 
 

2.「入る」と「入られる」は表裏一体

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ロケで母が不在の間、母の愛人・正二と二人での留守番に不安を感じていた愛は、遅らせた帰宅の際に家のドアにU字ロックがかかっていることに驚く。ここは物理的には愛の家だが、精神的には正二の内心だ。聡明で美しき少女はそれ故に鍵とU字ロックの向こうにあるような奥底の欲望に、正二の心に入ってしまった*1
 

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愛(汚い、汚い、汚い!わたしの口の中に生暖かいナメクジみたいなベロが入り込んで……)
 
この「入る」という概念で捉えた時、愛が正二から受けたのがキスではなくディープキスなのは強烈なカウンターだ。愛は正二の心に入ってしまった結果、自分の中に舌を入れられる――不快なものに「入られる」経験をしたのである。
 

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愛「鍵。部屋のドアに鍵を付けて」

 
人の心に入ることは、自分の心に入り込まれるリスクと表裏一体であることを愛は知った。だから彼女はドアを開けはするが入っては来ない叔父の太一にはすがりつき、部屋に鍵を付けてほしいとねだる。これは物理的な防御策というだけでなく、彼女の心にも鍵をかける行為だ。「誰にもわたしの心に入ってきてほしくない」という意思表示だ。ただ一人、「嫌なことがあったら」逃げてきていいと、好きな時に自分の心に入ってきていいと言ってくれる太一を除いて。
 
 

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以降愛は、他人の心に少しでも入り込まないように努力してきた。入り込めば入り込まれる恐れがあって、その危険を悲惨な形で味わったからこそ愛は他人との接触を避けてきた。
しかしそれでも、聡明で美しい彼女は人を惹きつけずにおかない。髪を短く切っても能面のように表情を凍らせても、奈良田愛は「人の心に入ってしまう」のである。
 
 

3.ベストパートナーの所以

さて、愛が「人の心に入ってしまう」少女であるならば、渡辺さらさはどんな少女であるか? こちらについては、愛がかなりストレートに答えを口にしている。
 

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愛(なんであの人は、あんなに好き好んで人に介入してゆくんだろう。お節介される方もウザいよね)
 
そう、さらさは「人の心に入ってくる」少女だ。厳しいが歌劇団には必要なことを言われて泣いてしまう彩子を一人励まし、友達じゃないと言われてムッとしていても愛のピンチを見捨てておけない。お節介とは、人の心にずけずけ入り込むことなしには成立しないのである。
 
人の心に入る危険を知る愛からすれば、さらさはあまりに馬鹿げた怖いもの知らずに映る。だから疎ましく思えてしまうし、同時に気になって仕方ない。
 

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愛とさらさはどちらも不完全で、今は二つを足して割るくらいでちょうどいい塩梅になる。愛を追いかけてきたドルオタとのやりとりはきっと、それを知る一場になるだろう。
恐怖と蛮勇*2は足して二で割れば勇気になる。「人の心に入ってしまう」愛と「人の心に入ってくる」さらさは、だからベストパートナーなのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版かげじょの3話レビューでした。愛が受けた仕打ちや部屋への鍵の設置が「入られる」ことへの恐怖なのは早々に浮かんだのですが、彼女が女子相手でも心を開かなかったり帰宅時のU字ロックとの兼ね合いに悩み、「人の心に入ってしまう」少女という答えにたどり着くまでに時間がかかりました。
ドルオタが欲望丸出しのストーカーというわけでもなさそうなので、間にさらさが立って何が起きるのか目が離せません。次回も楽しみです。
 
 

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*1:もちろん、「襲われたのは女の子が扇情的な格好をしているのも一因」といった正当化は唾棄すべき詭弁である

*2:さらさにも過去の挫折はあるようだが