幻惑と覚醒――「小林さんちのメイドラゴンS」3話レビュー&感想

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クール教信者双葉社/ドラゴン生活向上委員会
小林さんちのメイドラゴンS」3話冒頭、リコは自分とカンナが小林家で二人きりと勘違いし妄想を膨らませます。いわばリコは勘違いに幻惑させられたわけですが――幻惑されることは、果たして悪いことばかりでしょうか?
 
 

小林さんちのメイドラゴンS 第3話「課外活動(もちろん普通じゃありません)」

小林さんちに遊びに来た才川。しかし見知らぬ女の子(イルル)が……。一緒に遊ぼうと誘うも、イルルは冷たく避けていく。そこに偶然訪れたルコアは、避けようとするイルルの気持ちに気付き、助け船を出そうと計らう。
 

1.幻惑は心躍らせるもの

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小林さん「『似合ってない』、そう言われて総スカンだったよ」
 
通常、人は現実を見ること……覚醒していることをこそ良しとされます。都合の良い楽観に囚われれば現実が把握できなくなり、取り返しのつかない過ちを犯すことになる。多くの場合、人は成長とともに現実を認識する手段を増やしていきます。
 
ですが、現実だけでいいならなぜ人は酒を飲んで思考力を鈍らせるのでしょう? 時に途方も無い夢を追うのでしょう? アニメのような虚構に惹かれるのでしょう? 身の丈にあった現実が至善であるなら、それらは人をたぶらかす"幻惑"以外の何物でもありません。ですが、人はそれらなしには生きていけない。この虚構と現実、いや幻惑と覚醒について、小林さんの隣人である曽根さんは興味深いことを指摘しています。
 

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曽根「それならこっちにも聞こえていたが、譜面通りに正確なタイミングで弾いているだけのような感じだった」
トール「ああ、聞いていましたか」
曽根「おそらくメイドには、簡単過ぎて感情が入り込む余地がないのだろう。興味や感情が伴わないと、趣味で満足感は得られない」

 

トールにとって、譜面や本物の鷹といった現実通りのものを弾いたり彫ったりするのは造作もなくて楽しみを感じられません。それは彼女の現実認識能力が極めて優れているということです。事実彼女は本作に登場するドラゴンに対してはツッコミ役に回ることが少なくないし、小林さんの家の家事も完璧にこなしている。彼女の現実認識を狂わせるのは、"幻惑"するのはほとんどただひとつ、小林さんへの度の過ぎた愛情だけ*1。それがなければトールはきっと、ただ有能なだけの面白みのないキャラになっていたことでしょう。そう、幻惑がないと人生は面白くない。彩りがないのです。
 
 

2.幻惑と覚醒のバランス

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イルル(そりゃあ本当は遊びたい。その気持ちに嘘はもうつかないけど……やったことへの話は別だ)
 
幻惑がないと人生は面白くない。彩りがない。どころか、覚醒し続けていると人は現実に縛られ身動きが取れなくなってしまいます。良い例は序盤のイルルで、彼女は人間と遊びたい自分の本心を認識はしましたが、それと同時に自分がこの世界の人間を殺そうとした事実に罪悪感も覚えるようになりました。覚醒したことで正確に物事を見られるようにはなりましたが、それによって悩むことにもなってしまったわけです。
 

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イルル(こいつ……何も考えてないぞ!?)
 
イルルのこの悩みを解決したのは、他のドラゴンも似たようなものだというルコアの現実的な指摘……ではありませんでした。むしろイルルの正体も過去も全く理解していない、ただそのかわいさに幻惑されたリコの無分別で無責任な遊びの誘いでした。
 

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トール「ふう、前言撤回する時はそんな素直なんですね。わたし小林さんのそういうずるいとこ好きです」
 
現実は炎のように圧倒的で、それを認識せずには私達は生きていけません。けれど同時に、か細くとも虚構を見ることなしにも歩いていけない。例えば小林さんが本当はコスプレ――現実ではない――メイド姿に身を包んでみたかったのだと、それが似合わない自分から逃避して面倒なメイドオタクになったのだと、トールと同じ似非メイド服を着て初めて気付くように。カンナ達が白線歩きやゲームを夢中になって、しかしあくまで現実とは別物として楽しむように。現実認識能力が極めて優れたトールにとって、小林さんこそはその思考を狂わせる酒のようなものであるように。
 
私達は時には騙されなければならない。ずっと覚醒したままや、あるいは逆に幻惑されたままではいつか破綻してしまう。
 

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1話で僕は混沌と調和のバランスについて書きましたが、それはこの3話でも変わりません。幻惑と覚醒にもバランスがあって、それを保ってこそ私達は私達でいられるのです。
 
 

感想

というわけでメイドラゴン2期の3話レビューでした。通常は常体で「レビュー」を書いてここに敬体の「感想」を付記していますが、どうも思考力がカツカツでですね。常体で書くと途中で力尽きそうだったので全文敬体で書いてみました。こちらの方はまだ負担は少ないかなあ……
「魔法を使わなくても時間はさかのぼれる=問い直せる」みたいな仮説で当初は考えたのですがそれだと終盤のトールの趣味の話が説明できず、半ばあきらめかけたところで「幻惑と覚醒」が思いつきました。理知的な小林さんも悪酔いすると思い切り「幻惑」されるわけだし。
 
下戸だしノリも悪い僕は酒の効用がさっぱり理解できなかったのですが、ここ2,3年でようやく自分なりの酒の付き合い方が分かってきて、今回のレビューはそれも反映したものになっています。放っておくとすぐ些末な思考に囚われて消耗してしまうんですが、適宜酒飲んでブレーキをかけないと(記憶がなくなるほどはそもそも飲めないんですが)脳みそがあっという間にすり減ってしまう。体にはいいわけはないんですが、心には必要なんでしょう。というわけで、これから一杯飲んでおきたいと思います。
 

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あと、大福をたくさん食べた君の唇が好き。
 
 

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*1:ほとんどただひとつ、というのは、照れ隠しで邪険にするエルマとの関係は少しばかり境目が怪しいから