未来のオラ達を救っちゃうゾ――「クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」レビュー&感想

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©臼井儀人双葉社・シンエイ・テレビ朝日ADK 2021
コロナ禍の延期からいよいよ公開となった「クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」。タイトル通り今回の舞台は学園であり、しんのすけ達はここへ体験入学でやってくる。だが、そこで体験するのは天カス学園という学校だけではない。
 
 

1.体験入学とは何か?

今回の映画を考えるにあたってまず、バカバカしいようだが「体験入学」とは何なのかを考えてみたい。言うまでもなくそれは入学の体験であり、入学していないのにあたかも入学したかのような経験をすることである。体験入学をしたことはなくとも、「体験入部」「乗馬体験」「インターンシップ」等に範囲を広げれば多くの人は何かしら同様の「体験○○」の記憶があるはずだ。
 
体験はあくまで体験であって本式のものではないが、私達に重要な示唆を与えてくれる。すなわち「仮に本当に始めたら、こんな出来事が待っているんだよ」という示唆――体験○○とは要するに、未来を先取りして教えてくれるものだと言ってもいいだろう。幼稚園児のしんのすけ達が天カス学園で体験するのもまた、「小中学生やその先の自分達はどうなっているのか」という未来の先取りなのだと言える。
 
 

2.確定できない未来

体験入学を未来の先取りとして定義すると、天カス学園での日々は確かに未来的だ。AIによる品行まで含めた数値的な管理やエリートとそれ以外で明確に分かれる生活水準といった要素は小中学校さらにはその先までも包括した未来絵図であり、そこでは今は一緒に遊ぶカスカベ防衛隊もバラバラになってしまう危険が「体験」として押し寄せてくる*1
 
終盤を見れば分かるように、風間くんはしんのすけ達とバラバラになってしまうのが嫌だった。だからこの体験入学で学園のモノサシであるエリートポイントを稼いで皆に天カス学園に入ってもらおうと――未来を確定させようと――するがしんのすけ達はそれに気付かない。結果起きてしまう絶交や風間くんがおかしくなってしんのすけ達と話せなくなってしまう事態は、それこそ将来彼らに訪れるであろう未来の先取り、体験○○となってしまった。
 
 

3.確定できない未来の確かなもの

別れの未来を先取りしてしまった風間くんとしんのすけ達だが、それへの対応は最初と同様に両者の間で別物となる。
 
スーパーエリートになった後も、風間くんはあくまで未来を「確定」させることにこだわる。しんのすけ達をスーパーエリートにしようとするのも、それが自分と彼らの一緒の未来を確定させるものだからだ。
しかししんのすけ達は未来を確定させない。それは当然だ。彼らが見ているのはあくまでも現在であり、現在の自分達が好きな風間くんであり、故に未来は確定しない。
 
未来を確定させようとする風間くんと、未来を見ないしんのすけ達。だがそもそもにして、未来とは不確定なもののはずだ。今の新型コロナ禍をめぐる状況にしても、状況を正確に予測できた人など誰もいないだろう*2。天カス学園で起きることはあくまで体験に過ぎず、絶対に起きるとも絶対に起きないとも言えはしない。
 
未来というのは私達が考える以上に大きな可能性を秘めている。ボーちゃんが恋に落ちる未来だって、マサオくんが番長になる未来だってありえるのはこの体験入学から明らかだ。なら風間くんが体験したようなしんのすけ達との別れが本当に起きるとは限らないし、スーパーエリートの疑似サイボーグ(大人の先取りか?)になってもしんのすけと競争したように、彼らと一緒にいる未来が無いとも言い切れない。
 
世の中は何が起こるか分からない。今日は金貨に見えたものが明日には石ころになっていることも、その逆もあり得る。確かなものがあるとしたら、私達が自分の見たものに懸命であったかどうかだけだ。それは見たものの真贋玉石に関係のない、例え過ちであったとしても私達を支え続けるものになってくれるだろう。
しんのすけ達は今回、そういう未来に対峙するためのものを未来に先駆けて知った。それこそは彼らの最大の「体験」だったのである。
 
 

感想

というわけでクレしん映画29作目のレビューでした。正直見終えた時は何書いていいか分からず途方にくれました。ひとつ大きなテーマになっているのが「ムダ」なのは明白ですが、ラストに校長が「ムダこそが必要なんだ!」と思いっきり叫んじゃってるのにそれをそのままなぞっても面白くない。ミステリーという形式が必要とする「ムダ」で書くというのも考えましたが、それは無知な僕が書いても貧相にしかならない。
こりゃ八方塞がりだな、と半ば諦めてナガさんの「ナガの映画の果てまで」のレビュー記事を読んでしばらくした後、「体験入学」というワードがひらめきどうにか形にすることができました。先のナガさんのレビューの「予感」というワードから連想した部分が大きいのじゃないかなと思います。ありがとうございます。
 
 
それにしてもまあ、TVシリーズはほぼ未視聴ですし映画も見るの3本目なんですがクレしんは発想が面白いですね。ティーン以降向けならできない表現にあふれていて、見るととても刺激になる。あとボーちゃんの恋にキュンとしてしまった………今後もちょっと付き合ってみようと思います。

 

 

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*1:みさえ達にとってもこれは将来のしんのすけとの別れの体験○○となる

*2:「だから政策の不手際を責めるべきでない」という意味で言っているわけではないのでご注意願いたい