果てしなき救い――「ゲッターロボ アーク」13話レビュー&感想

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
終わりの時を迎える「ゲッターロボ アーク」。故・石川賢の未完の作品をアニメ化した本作は、やはり未完のまま13話を終える。だが、それはけして虚空の彼方へ絶望を繰り返す道のりではなかった。
 
 

ゲッターロボ アーク 第13話(最終回)「果てしなき戦い」

地球に戻ったカムイはゴールⅢ世を影から操り恐竜帝国を掌握した。世界中に出現したマシーンランドが地球をハチュウ人類が暮らせる環境に造り変えていく。カムイは地底に眠る〝ドラゴン〟を押さえるため、隼人が待つ早乙女研究所を襲撃する。遅れて地球に戻った拓馬は現状を知り、カムイが乗る最終兵器バグを追う。瓦礫となった都市の上空で対峙する拓馬とカムイ。共に平和を望みながらも因縁の果て、戦うことしか出来ない両者。避けられない戦いの果てに待つものは……?
 

1.未来を変えられない絶望

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
カムイ「ムダだ。このバグはアークの力を軽々と凌駕する」
 
この13話が主に描くもの、それは「未来を変えられない絶望」だ。前回冒頭で描かれた拓馬とカムイの対決は今回のラストもラストの寸前であり、私達は物語が必ずそこにたどり着くと知りながらこの30分を眺めていく。隼人とカムイの戦いも、拓馬がバグに必死で繰り出す攻撃の数々も、無傷のバグと半壊状態のゲッターアークのビジョンを既に見ている私達には結末が分かってしまう。不思議なもので、カムイは未来を変えるために戦っているはずなのに、その存在はむしろ変わらない未来の象徴と化しているのである。この状況は、カムイに隼人が語りかけた次の言葉とも符合する。
 

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
隼人「かつて俺はさだめに抗えないと思った。だが友は、さだめに抗うのもまたさだめだと……」
 
さだめは容赦なく人を苛烈な道に追い込むが、それには欲望や侵略といった目的などはない。どんなに残酷だったりふざけているようにすら見えても、そういうもの・・・・・・だという話でしかない。さだめに神のような意思は無く、故に抗おうが抗うまいがそれ自体を止めたりなどはできないのだろう。だが、ならば私達はただ無力なだけの存在なのか?否、それもまた、本作は否定している。
 
 

2.戦い続ける価値

さだめの前には、私達一人一人の力は吹けば飛ぶような小さなものでしかない。だがしかし、隼人はこうも言っている。
 

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
隼人「愛する者がいる限り、そのためにだけでも戦い続ける価値はある」
 
さだめに抗うのであろうが受け入れるのであろうが、戦い続ける価値はある。己の父とも言える隼人のこの言葉が体現されるのを、カムイはほどなく目にしている。そう、彼の母親だ。
 

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
ハチュウ人類や他の生命の未来を守るため人間を滅ぼす。カムイがその決意を通すためには、人間である自分の母親をも殺す必要があった。シュヴァイツァら他の人間と共に集められた時点でカムイの母の「さだめ」は既に死と決まっていたと言っていい。そして実際に彼女は命を落としたわけだが――それは恐竜帝国の銃撃によってではなかった。その死因は、抵抗するシュヴァイツァの銃撃から愛する息子を庇ったためであった。
 
先に書いたように、カムイの母親達集められた人間のさだめは既に死と決まっていた。息子を庇おうと庇うまいと、死は免れないものだった。それでも彼女は、そのさだめを否定するのでも流されるのでもなく戦ったのだ。息子を救えたその一事だけで、彼女はどれほど救われただろう、幸せだったろう? 未来を変えられなくとも、彼女の行動は確かにほんの少しだけ、さだめの表情を変えてみせたのである。
 
 

3.果てしなき救い

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
抗おうが未来を変えることなどできはしない。私達にそれほどの力はない。……これは実は、本作自身が決定的に抱えているさだめでもある。原作である漫画は掲載誌の休刊と石川賢の急逝によって未完で終わったのであり、つまりアニメ「ゲッターロボ アーク」は未完という変えられない未来に向かって突っ走ってきたからだ。私達視聴者にとっても未完の原作を抱えたアニメがどう終わるのかは、そのさだめとどう戦うのかは重大な関心事であった。そして本作は最終的に、やはり未完で終わるという結末を迎えた。ここでもやはり、未来は変わらなかったのだ。
 
オリジナルの大団円を迎えるのもできない話ではなかったかもしれない。だが、やってしまえばどんなハッピーエンドでもそれは蛇足にしかならなかったろう。巨星・石川賢のライフワークの一つの結末を創作するなど誰にもできはせず、何より「未来を変えてしまう」ことはこのアニメがずっと描いてきたさだめの存在を根底から破壊してしまう。抗おうが受け入れようがさだめの内という絶対性の否定は、本作への冒涜ですらある。
だからアニメ「ゲッターロボ アーク」は未来を変えなかった。さだめを覆さなかった。前回冒頭の映像がラストもラストの寸前、そして原作同様「でたなゲッタードラゴン」の台詞で終わるラストは私達に「未来を変えられない絶望」を否が応でも突きつける。抗おうが受け入れようがさだめは止められないのだと、私達を突き落とす。
 
だが、カムイの母親や拓馬達や號、そして隼人が示したように、本作におけるさだめとは覆すものではなかったはずだ。戦うことで「表情を変える」ものだったはずだ。蛇足を加えずとも未完のままでも――いやむしろ、それだからこそ本作はさだめの表情を変えることができる。
 

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
拓馬「ここか」
獏「ああ、確かにここだ」

 

流れるエンディングテーマ「戦友よ」の美しさに感動しつつ、絶望と途方に暮れる私達の前に拓馬達は再び姿を現す。かつて地球で見せた表情と言葉を火星で繰り返し、しかしそれはゲッターとの邂逅ではなくカムイとの再会に向けられている。
再起した彼と共に再びアークチームが巨大ゲッターと戦う。その姿が加わるだけで、未完という未来を変えることなく物語は変わることができる。未完の果てしなき戦いという絶望は、果てしなき救いの希望へと表情を変えることができるのだ。
 

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©永井豪石川賢/ダイナミック企画・真早乙女研究所
拓馬「過去も未来もクソくらえだ!未来は、俺達の未来は俺達の手で作るんだ!」
 
覆し難いさだめ、変えられぬ未来と戦う拓馬達の物語は、このアニメ自身の物語でもあった。アニメ「ゲッターロボ アーク」は、未完の作品を未完のまま成仏させたのである。
 
 

感想

というわけでゲッターロボアークの最終回レビューでした。遅くなってしまってすみません。変化ではなく組み合わせによる変形を物語に大きく組み込んでいることから、問題が解決するような終わりを加えることはないんだろうな……と想像した方向性の結末ではありましたが、その結論をこの13話の中で説明するための材料集めに手間取ってなかなか文章化できませんでした。
 
原作のすごさも、このアニメが単なる映像化でないことも、そこにプロフェッショナルという以上に"戦友"に向けた思いが込められているのも感じられる、本当に素晴らしい作品だったと思います。今期視聴を開始した作品はまだ終わっていないものも多いですが、一番好きな作品はと言われれば僕は間違いなくこの作品を挙げるでしょう。貴重な視聴体験をさせてもらったと思います。石川賢先生、スタッフの皆様、素晴らしい作品をありがとうございました!
 
 

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