消える境界、越える境界――「境界戦機」1話レビュー&感想

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©2021 SUNRISE BEYOND INC.
躍動始まる「境界戦機」。1話では主人公・椎葉アモウの鬱屈と彼が力を手にするまでが描かれる。今回は「境界」を冠する本作の不思議なタイトルを意識しながら見ていきたい。
 
 

境界戦機 第1話「起動」

21世紀半ば、日本は4つの経済圏によって分割統治された。隷属国となった日本に生まれた少年・椎葉アモウは、鬱屈した毎日を過ごす中で、ある日、草むらに捨てられていた自律思考型AI『ガイ』と出会う。
 

1.消える境界

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「境界戦機」は分割統治された近未来の日本が舞台の作品だ。日本奪還と聞くと2006年開始の「コードギアス 反逆のルルーシュ」あたりの二番煎じを連想する人が多いだろうが、本作の日本が自治権を失っている理由はそれらと比べるとかなり情けない。そういった作品は圧倒的な敵勢力に蹂躙され占領されるのが常だったが、この世界の日本は占領前から既に破綻寸前に陥っているからだ。理由は経済政策の失敗、少子高齢化といった「色々な」問題の積み重ね。
本作の日本が分割統治されているのは、あくまで自滅と自壊の結果に過ぎない。そしてそっくり同じ世界にはならずとも、本作同様の理由で日本が衰退する未来は多くの人にとって否定できないものだろう。そういった点で、本作の舞台設定は我々の現実との「境界」を侵食している。境界線を消している。
 

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境界線の消滅を考える時、もう一つ注目したいのは序盤のアモウの一日だ。両親を亡くし通信制の高校に通う彼は、朝から夕方まで一人家におり話し相手もいない。食事しながらアモウが見る1枚のモニタには複数のニュースや画面越しの授業が同時展開され、あらゆる出来事にこれといった切れ目がない――つまりここでも境界線は消滅している*1
 

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アモウ(未来は決まってる。じゃあなんのための努力?)
 
アモウは現時点で分かりきったろくでもない未来に、現在と過去の境界すら消えた現状に途方に暮れている。境界線の消滅は、本作における絶望のサインだ。
 
 

2.自律思考型AI・ガイ

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境界線の消滅は絶望のサイン。しかしそう考えた時、私達の目には絶望とは違う形で境界線を侵食する存在が飛び込んでくる。アモウが出会った自律思考型AI、いわゆる自我を持ったAIであるガイだ。
 

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ガイ「そんなつれないこと言わないで助けてくれよ! バッテリーがキレそうでヤバいんだ、いわゆる瀕死って奴だ」
 
AIに対する一般的なイメージはガイには通用しない。融通が効かないわけでも感情が理解できないわけでもなく、むしろ人の心の機微を巧みに掴んで取引を持ちかけたり勝手に動いたりする。1話目から小便への嫌悪感を理解していたり秘密基地をロマンと言ったり、恩返しと称してアメイン(本作の人型ロボット兵器)を組み上げたりするAIなど、ロボットアニメを見てきた人であればあるほど隔世の感を覚える存在ではなかろうか?
アモウはガイはAIではなく通信機を使った人間ではないかと疑うが、つまりこの時AIと人間の境界線もまた侵食されている。ただしそこには先に挙げた現実や生活の境界線の消滅のような不快さはなく、ユーモラスなガイの人柄(?)も相まってむしろコミカルさの方が強い。この境界線の侵食はむしろ劇中では肯定されているものだ。
 
 

3.越える境界

なぜ世界の境界線の侵食は否定され、ガイのような境界線の侵食は肯定されるのか?……それはおそらく、後者が境界線を「消す」のではなく「越える」ものだからだろう。何が違うのかと思われるかも知れないが、前者が境界線そのものを消滅させるのに対し、後者は境界線そのものは残している点で両者は異なっている。
 

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ジェフリー「予備軍でも構わん、疑わしきは罰せよだ」
 
境界線の消滅は時に人の尊厳を奪う。オセアニア分隊長ジェフリーは手柄のためにジャンク漁りの少年達を実際以上のテロリスト扱いし、仲間を売れば助けてやるとそそのかす。
 

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ガイ「お前に救われた命だ、俺はお前と共に行く!」
 
しかし境界線を越えるガイは、けしてアモウの尊厳を奪わない。彼が組み立てていたメイレス・ケンブを稼働状態にはするものの作業できる箇所を残す気遣いまでするし、アモウをケンブに乗せようとするのもあくまで説得によって、彼の意思を尊重してだ。境界線を守ることは、尊厳を守ることなのである。
 
 

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尊厳を守るが故にアモウの乗るケンブは、本作の世界では珍しい有人型のアメインとして起動する。姿勢や感覚すら制御するほど高度な操縦機構であっても、それはあくまで人が操縦するもの。ケンブが有人型であることは、AI操作のアメインが主流のこの世界で人型ロボット兵器の"境界線"を守ることだ。
 

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そして同時に、本作における境界線とは越えるものでもある。体感した衝撃や振動は、コックピットの境界線すら越えてアモウに手応えを残した。いや、彼には自身の体すら越えて世界が変わったような感覚すらあった。それはもちろん錯覚だが、彼に見える世界が変わったという意味では紛れもない事実だろう。境界線は消すのではなく、守りそして越えることにこそ意義はある。
 

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アモウ「間違いなく、世界が変わった気がしたんだ!」
 
人型ロボット兵器が登場する本作は、明らかに私達の世界に現実に起きる未来ではない。そこには明らかに境界線がある。だが、だからこそ本作はその境界線を越えて私達に何かメッセージを送り届けるのではないか。僕はこの1話に、そんな期待を抱くのだ。
 
 

感想

というわけで境界戦機の1話レビューでした。AIらしからぬガイの強烈なキャラクター性に驚き、それをタイトルと掛け合わせて分解した結果こんな感じに。成長して人間味を獲得するAIでもなし、自我を持った魔神のような存在でもなし、AIの存在が思った以上に重要な作品になりそうです。あとリアリティの取り扱いもか。「現代のロボットアニメ」を考える上でも意義深い視聴ができそうで楽しみです。
 
 

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*1:企画時期からすれば狙ったものかどうかは不明だが、新型コロナ禍による外出自粛要請下での一日を連想する人もいるだろう