混同と峻別の狭間――「月とライカと吸血姫」1話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
歴史と不思議が香る「月とライカと吸血姫」。1話では宇宙飛行士候補生のレフと吸血鬼のイリナの出会いが描かれる。本作が色濃く持つ史実からの影響は、けして単なるモデルの役割に留まらない。
 
 

月とライカと吸血姫 第1話「ノスフェラトゥ計画」

1960年、世界を二分する両大国の宇宙開発戦争が激化するなか、宇宙飛行士を目指す青年レフ・レプスは、ある日、極秘の任務を命じられる。
それは人類初の有人飛行を前に、実験体として吸血鬼を宇宙に送る計画――『ノスフェラトゥ計画』のため、イリナ・ルミネスクという少女を飛行士として訓練すること。
吸血鬼は『呪われし種族』と忌み嫌われ、恐れられる存在。不安を抱きながらも、レフは彼女のいる監房へと向かう――

公式サイトあらすじより)

 

1.混同の欠陥

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
吸血鬼の登場する本作は現実とは異なる世界を舞台にした作品だが、その設定は現実との近似を強く感じさせるものだ。世界を二分した大戦争の後で二大国家が宇宙に狙いを定め、威信をかけて開発競争に取り組む。その内の片方、レフ達のツィルニトラ共和国は北方の社会主義国家で、対するアーナック連合王国に先んじて犬を宇宙に飛ばすことに成功して……と聞けば、どうあっても私達はこれを旧ソ連に重ねてしまう。「混同」してしまう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「彼女は血を飲むのか?」
アーニャ「いえ、候補生の皆さんと同じ献立です」

 

混同は基本的に、あやふやさや無知から発生するものだ。例えば作戦をよく知らないレフは自分が人体実験されるのかと勘違いしたし、吸血鬼であるイリナは映画や小説のイメージを無責任に投影される度に呆れずにいられない。
こうしたバカバカしい混同を防ぐのにもっとも効果的なのはもちろん、実験や学習による知見の蓄積である。共和国は有人宇宙飛行の可能性を探るため人間に近い動物での実験を積み重ねているし、レフはイリナと接する中で映画や小説のイメージとは違う吸血鬼の実像を知っていく。知見の蓄積で「峻別」すれば、混同は避けられる――だが、それは必ずしもいいこととは限らない。
 
 

2.峻別の陥穽

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
モジャイスキー博士「分類学上は人間ではないので宇宙を飛んでも動物扱いになり、もし死んでも軽くもみ消せる」

 

峻別とは厳重な区別をすることであり、知見の積み重ねによってこそそれは可能になる。似て非なるものの差異を虫眼鏡で見るようなものと言ってもいいだろう。だから共和国は、伝説上のそれと違い極めて人間に近い吸血鬼を「分類学上は人間でないため有人宇宙飛行の条件を満たさない」などと考える。人間と吸血鬼を「峻別」するからこその発想だが、これはほとんど詭弁だ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「それって、罪悪感から逃げてるだけでしょ」
 
また、宇宙開発都市ライカ44の人間は実験体をモノとして扱おうとする冷徹な姿勢を見せるが、そこにはかつて自分たちがかわいがっていた実験体の犬・マールイを宇宙飛行で死なせてしまった過去への後悔があった。感情移入すれば苦しむばかりと知るからこそ自分達と実験体を「峻別」しているわけだが、イリナが指摘するようにそれは罪悪感から逃げているだけと批判されても仕方のないものだ。科学と知見に基づく「合理的で客観的で中立的」なはずの峻別は、これらの例ではむしろ目をそらすために使われてしまっているのである。
 
 

3.混同と峻別の狭間

いい加減さや無知から生まれる混同も、合理と客観から生まれる峻別も、片方だけで全てを解決できるほど世の中は簡単ではない。だからレフとイリナも今回だけで打ち解けはしないが、しかしその触れ合いはけして無意味ではない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「寒くないか、毛布いらないか?」
 
今回レフは「混同」する側の存在だ。映画などの吸血鬼のイメージをひきずりもするが、同時に吸血鬼のイリナを自分達と混同するからこそいささか任務からはみ出た行動を取る。寒さに強い種族と知ってなお、自分の寒さも顧みず毛布を彼女に譲る。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ(油断してはいけない。人間なんて信じないから)
 
一方イリナは「峻別」する側の存在だ。食堂でからかわれた時の虚勢からも分かるように彼女は吸血鬼たる自分と人間を必死で峻別しようとしていて、だからレフの優しさにも警戒を解かない。
しかし警戒を念押しするとは、でなければ絆されそうになっている証でもある。
 

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イリナ「近づくな、人間!」
 
上ではレフを混同、イリナを峻別に分類したが、おそらく二人はずっとそのままというわけではないだろう。今回だけでも混同の側に立つはずのレフはイリナを個体識別番号ではなく名前で呼ぶことで「峻別」しているし、逆にイリナはレフを名前ではなく人間とひとかたまりで呼んで「混同」して彼に心を許すまいとしている。それがきっとレフのイリナへの個人的な感情にも、イリナの人間への意識への変化にも繋がっていくであろうことは物語の典型として想像に難くない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフとイリナは今はまだ二人は手を取り合ったりはしないが、彼らが共にある時そこには混同と峻別の綱引きが、ある種の均衡が発生している。それは彼らが一人では叶えられない夢を叶える力にも、本作がモデルである史実とフィクションを両立する術にもなるだろう。そこには、混同だけでも峻別だけでも不可能なものを成し遂げられる可能性がある。
混同と峻別の狭間にこそ、本作はモデルとなった史実を超越した物語を生み出していくのだ。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の1話レビューでした。当初は単に「別物扱い」くらいにしかキーワードが浮かばなかったのですが、視聴を繰り返していく内にそれは混同と峻別に二分できるのでは……と思いついてようやく書けた次第です。最初に思いついたワードがモヤモヤして文章にならない時、分類が不十分なのは僕のレビューあるある。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
しかしイリナの描写の数々、吸血鬼と呼んでいいのかすら疑問に感じたのですが
 
・匂いを嗅ぐ場面が度々ある
・耳を隠すための帽子がむしろ垂れ耳状
・牛乳
・当然だが犬歯が長い
 
……これむしろ犬ですよね。史実がモデルとは言え物語が宇宙に飛ぶ犬から始まるのも納得と言うか、林原めぐみが演じるのも納得の複雑さと言うか。このあたりも含めて、次回への関心が高まってきました。楽しみです。
 
 

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