展示待ちのウミウシ達――「白い砂のアクアトープ」15話レビュー&感想

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©projectティンガーラ
好きが回転する「白い砂のアクアトープ」。15話はウミウシの展示を巡るお話だが、同時にくくるがティンガーラでの人間関係を広げていく話でもある。今回はこの関係性に着目して読み解きを試みたい。
 
 

白い砂のアクアトープ 第15話「ウミウシ大論戦」

急遽、実施が決まった企画展示のアイデア出しを諏訪から命じられたくくる。風花の「生き物のことを知ってもらうチャンス」という言葉をきっかけに前向きに取り組むことを決める。翌日、諏訪に様々な企画を提案し、その中からウミウシの展示企画が採用される。しかし、飼育難易度が高いウミウシの展示には多くの問題が待ち構えていた……。
 

1.裏側探訪inティンガーラ再び

今回はアバンに加えてABCの4パートに分割された回だが、Cパートで特に印象的なのは櫂のバックヤードツアーでの解説だろう。
 

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櫂「実はウミウシは食が偏っていて飼育がとても難しいので、本来展示には不向きです。ではなぜそんなウミウシを展示することになったかと言うと、ある担当者の強い思いがあったからなんです」
 
この担当者とはもちろん、彼が恋するくくるに他ならない。恋心が説明下手の克服に繋がっているのがなんとも微笑ましいが、注目したいのはこれが話の枕に過ぎない点だ。続くのはおそらく、くくるがウミウシをどれだけ好きかや展示までにどんな苦労があったかといった話であろう。そう、それは今回の内容そのものをリピートするようなものだ。
この15話は終わりまで見ると最初に戻る、循環を強く意識させる構成になっている。そして「展示までの出来事」自体が展示のメインであるなら、すなわちこの15話は13話同様、ティンガーラの人間模様をこそ"バックヤードツアー"として見せるものだと言える。
 
 

2.一周回って遠近は反転する

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©projectティンガーラ
くくる「次々に仕事押し付けてきて、人使い荒過ぎなんだよ!」
 
ティンガーラの人間模様を見た時、くくると副館長の諏訪の関係は相変わらず良好とは言えない。諏訪はろくすっぽ説明もせず大量の、あるいは急ぎの仕事をどんどんくくるに振ってくるのだから当たり前だ。今回も企画展示のアイディアを1日で考えろなどと言うものだからくくるは憤慨するが、風花の助言で気持ちは前向きなものになる。
 

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風花「企画展示って生き物のことを知ってもらうチャンスでしょ?何を展示するか決められるなんて、すごくやりがいがあるよ」
くくる「……うん。がまがまでは予算も人手も足りなくてあまりできなかったけど……」
風花「ティンガーラでは新しいことができるかも」

 

そう、くくるの営業部企画広報担当とはそういう仕事だ。飼育員からかけ離れて嫌で嫌で仕方なかったはずの仕事は実は、一周回ってくくるのやってみたかった仕事に近くなっていたのだ。こうした回転による遠近の反転は、この15話では他にもいくつか見て取ることができる。空也の女性恐怖症じみた反応は彼が相手を女性と認識するかどうか次第なこと、一番現実的なはずのウミウシの展示が今回大変な苦労を呼んだことなど……だが、特に甚だしいのは櫂のくくるへの恋心であろう。
 

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比嘉「僕の観察によると、君の求愛行動はシャイで控えめで分かりづらい」
 
これまでも描かれてきたように、櫂はくくるをとても大切に想っている。彼女を助けたいからこそがまがま水族館でバイトしたし、ティンガーラへの就職もその影響がけして無視できない。櫂のくくるへの愛情は非常に献身的で、ほとんどいじらしい程だ。
だがその思いの深さに反して、彼のアプローチは奥手のそしりを免れない。そもそもくくるは櫂の気持ちに全く気付く様子がないのだから、実情としてはアプローチ以前の問題であろう。愛が深い故に手を伸ばせない、ずっと近くにいるのに恋の成就から遠い彼の性質は、毎日世話をしている生物についてバックヤードツアーの練習で説明ができない有様にもよく現れている。そしてこれは、恋のアプローチと魚の解説という全くかけ離れた2つが実は非常に近い関係にある証明だ。
 

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だから櫂は魚への知識を深めるのではなく、もともと大好きなくくるへの思いを語ることでこそ説明下手を克服できる。またこれ自体が、彼のくくるへのアプローチ下手を改善する一助にもなるだろう。
 
 

3.展示待ちのウミウシ

企画展示の仕事や櫂のありようにも見られる、一周回って反転する遠近。これは当然、主人公のくくるにも大きく関わってくる。
 

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薫「視野が狭過ぎる!」
くくる「視野が広過ぎます!」

 

飼育部の島袋薫は今回、くくると対極的な持論を述べる。目の前の命を救いたいくくるのミニマムな視点に対し、地球環境を守りたい薫の意見はマクロで全く遠く離れて見える。だが、言い合う中で見えてくるのはむしろ二人の意見の近さだ。水族館を人々が生き物を知る入り口にしたいという薫の考えはくくるの祖父に通じる考えだったし、ウミウシの面白さをもっと伝えたいというくくるの考えは先程の薫の意見にむしろよく似ていた。遠く離れているはずの二人の意見は一周回って非常に近いもので、だから彼女達は初めて意見の合致を見て意気投合する。「お仕事」として明瞭な盛り上がりであるが――更に重要なのは、これがくくるの対人面における成長である点だろう。
 

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くくる「ウミウシって奥が深いよね!」
 
これまでも何度も触れてきたが、くくるは幼くして両親を失った過去もあって人間より魚類に興味を抱く少女だった。魚類の世話には長けていても、人間関係を上手く築けているとは言い難かった。そんな彼女が今回は薫と友情を結ぶことに成功したわけだが、くくるはけして、自分は人間に興味を抱かなければならないなどと考えたわけではなく、魚類への興味を貫いた結果それを手にしたに過ぎない。これは櫂がくくるへの恋心で説明下手を打破したのと同じだ。人からは遠いはずの魚類への興味が一周回って反転し、人間関係へもっとも近い扉を開いたのだ。
 

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©projectティンガーラ
くくる「サガミリュウグウウミウシはエサが分かり次第展示に合流させます。それまではバックヤードで飼育を……」

 

13話のレビューでも触れたが、くくるにとって営業部企画広報担当の仕事はティンガーラの人々を魚のように"世話"する仕事だ。くくるが愛してやまないウミウシの多様さはすなわち一人ひとりの人間の多様さであり、そして彼らが何をエサにしているのか分からなければ世話はできないし展示などはもってのほか。そんな状態では束縛しながら愛情を込めて世話する水族館の矛盾的循環の中には組み入れられないのは、海の生き物も今回の"バックヤードツアー"の対象であるティンガーラの人々も同じことだ。エサが分かるまではとくくるが準備中に留めたウミウシはつまり、彼女が未だ打ち解けない知夢や諏訪と同様の存在なのである。
 

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©projectティンガーラ
多様で多彩なウミウシの中には、擬態したり毒を持つ者もいる。それはきっと人間も同じであろう。ティンガーラの人々が皆「準備中」でなくなる日を、今は楽しみに待ちたい。
 
 

感想

というわけで白い砂のアクアトープの15話レビューでした。今回もバックヤードツアーだけどそれだけでは13話から進展がないな、と考えていく内にこんな感じになりました。シンプルにお仕事の話として楽しんでもいいのでしょうが、これまでの話が着実に脈打っているのを感じる内容だったように思います。しかし薫と空也、なんだか意外な展開のフラグが立ったな。これからますます変化が楽しめそうです。
 
 

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