逆しまな正常動作――「月とライカと吸血姫」4話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
運命の時が定まる「月とライカと吸血姫」。4話では実験飛行の日取りの決定と、開発が遅れる宇宙船で機器が正常動作しない恐れが語られる。そして、正常動作しない危険性を抱えるのは機器だけではない。
 
 

月とライカと吸血姫 第4話し「湖の誓い」

打ち上げ日が12月12日と決定した。訓練も残り3週間。期日が迫るなか、イリナとレフは息抜きに街へ出かける。
イリナにとって夜の街は目新しいものばかり。ジャズバーで茱萸の浸酒を味見したイリナは酔っぱらってしまい――

公式サイトあらすじより)

 

1.宇宙船の開発遅れが暗示するもの

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
チーフ「非常時の食料・装備の軽量化は最初の一歩だ!マージンを吐き出せ!」
 
冒頭語られる機器が正常動作しない恐れは、主に船内のスペース不足によるものだ。犬より遥かに大きな吸血鬼を乗せるとなれば宇宙船の内部が圧迫され、機器の設置に遊びが許されず冗長性が確保できないのである。どちらも実験体扱いは同じでも、犬と吸血鬼の違いは機器の正常動作を怪しくしてしまう。……実はこれは宇宙船の機器に限った話ではない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ローザ「私はあなたの打ち上げが成功したとしても認めない」
 
例えばローザを始めとした宇宙飛行士候補生の一部は吸血鬼のイリナを快く思っていないが、これは先に宇宙に行かれる悔しさを彼女達が上手く処理できていないことに起因する。本当に実験体として、自分達と峻別してしまっているなら嫉妬する必要もない。ローザのキツい態度は誰相手でもそうなのだとレフはフォローするが、いくらなんでもこれが犬のマールイであればローザも同じようにはしなかったろう。イリナを蔑みながらも嫉妬する彼女の認識は、けして正常に動作していない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「自分はてっきり、拉致されて家族を人質に取られているのかと……」
 
またレフはこれまでも描かれたように優しさの塊のような人間だが、彼はイリナが無理やり宇宙飛行士の訓練をさせられているとばかり考えていた。優しさ故に別け隔てなく他者に接することもできる彼であっても、吸血鬼相手ではたびたびその認識は狂ってしまう。これもまた、正常な動作ではない。
 
人あるいはそれに限りなく近いものに接した時、私達の認知の機器は容易くエラーを吐いてしまう。……だが、それは良くないことなのだろうか?
 
 

2.逆しまな正常動作

前段ではローザやレフのエラーを挙げたが、正常動作していないのはけして彼らだけではない。イリナも同様だ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「とにかく!連れていけばいいの」
 
宇宙に備えた孤独に耐える訓練の前、気晴らしを勧められたイリナはなんとレフならどうするか聞いて一緒にジャズバーを訪れることにする。普段人間嫌いを公言してはばからない彼女としては、とても奇妙な行動だ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
また、訪れたジャズバーで初めて酒を飲んだイリナは酔っ払ってしまいいつもと違う態度を見せる。レフを初めて名前で呼んだり、21ではなく17だった年齢よりも更に言動が幼くなったり……日頃自分を律している彼女と比べれば明らかに異常だ。だが、実際はこれこそがイリナの本当の姿なのだろう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
社会から正常とされるものが本当に正常とは限らない。異常とされるものが本当に異常とは限らない。宇宙に戦いを持ち込むべきじゃないというレフの考えは共和国では明らかに異常だが私達にはまっとうに聞こえるし、彼が補欠に落とされるきっかけとなった上官への暴力もけして単なる短気ではなかった。
実験体と監視役に過ぎないはずの二人が確かに心を通わせている点も含め、世の中には逆しまな正しさや美しさというのも確かに存在するのだろう。これはもちろんその逆の存在も、普段通りのようで普段通りでない逆しまの過ちや醜さもまたセットで証明する力を持つ。
 
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
気晴らしの翌日目を覚ましたイリナは前日のことを全く覚えておらず、無響低圧室での孤独訓練を受けるに当たっても「人間からしばらく離れられるなんて、せいせいするわ」と言い放つ。一見すると彼女は今までと全く変わらず、正常に動作しているように思える。
しかし既に見え始めているように、彼女のこの態度は生来のものではない。一人孤独に長時間過ごすこの訓練で彼女はおそらく、自分の人間嫌いの仮面が正常に動作しなくなり始めていることを悟るだろう。
冒頭で指摘される宇宙船の問題、正常動作しない恐れとははすなわち、搭乗者であるイリナがぶつかる課題でもあるのだ。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の4話レビューでした。1/3ほどで日程決定ということで、ゴールがどのあたりなのかちょっと分からなくなってきました。これからの3週間が結構長いのか、3週間じゃ済まないのか、それとも?
 
個人的に今回納得がいったのは、レフがひたすら好青年であり続ける部分。宇宙に戦いなんて持ち込むべきじゃないと言う彼ですが、これはきっと連合王国だけでなく宇宙飛行士候補生の間柄についても思っていることなんでしょう。だからローザと違ってイリナに対抗意識を燃やさず、純粋に彼女を応援してあげられる。そういう人間なんだと自分の中で説明がつくようになりました。だんだん近づいていくイリナとの距離を、見守っていきたいと思います。
 
 

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