優しき同居――「白い砂のアクアトープ」18話レビュー&感想

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©projectティンガーラ
きっかけが動き出す「白い砂のアクアトープ」。18話ではアルバイトの朱里にスポットが当たる。立場も好みもくくる達と異なる彼女の存在は、本作の水族館のありようを考える一つの鍵だ。
 
 

白い砂のアクアトープ 第18話「あかりの灯るとき」

朱里が発案した職員たちが海の生き物に関するコスプレをして接客する「コスプレイベント」の実施が決まった。しかし諏訪の判断で、アルバイトである朱里に代わりくくると夏凛が準備を任される。くくるは朱里にも水族館の生き物たちを好きになってもらおうとするが、朱里は今一つ興味を持てないでいた。そんな中、イベント開催前日の夜、配付予定の魚のシールが発注されていないことが判明して!?
 

1.本物になれない自分

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諏訪「前田君はアルバイトだ。そこまではさせられない」
 
今回は朱里が企画した水族館コスプレイベントがメインになるが、それにあたって強調されるのは彼女がアルバイトである点だ。全職員から募集した企画とは言っても実行はくくると夏凜に任されるし、事務所に業務が残っていても朱里の仕事は定時まで。過剰な責任を負わせるような企業も珍しくない昨今を考えれば良心的(というか当たり前)だが、一緒に働いているのであっても朱里の立場はくくる達とは明確に区別されている。彼女は「本物」ではないのだ。
 

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朱里「わたしは皆さんみたいに好きなこともないし、特にやりたい仕事もないんです」
 
立場に限らず自分が「本物」ではないことを、朱里はよく認識している。文化祭なども見ていただけだし、特に好きなこともやりたい仕事もない。根っからの海の生き物好きなくくるを始めとしたティンガーラの人々のような「本物」にはとてもなれないと、そう感じているのだ。だがこれまでも描いてきたように、本作や世界は本物だけでできてはいない。そもそも彼女が企画した魚のコスプレはすなわち、魚の偽物になろうという企画である。
 
 

2.優しき同居

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本物になれない朱里が企画した、本物の魚がいる水族館でわざわざその偽物になろうというコスプレ企画。こう考えてみると宿命的で同時に意味不明にも思えてくるが、この企画募集の発端は元々なんであったか?……そう、ティンガーラの生き物達のファンを増やすことだ。偽物であるコスプレになる企画は、きっかけを作る最良の企画としてこそ館長に絶賛されたものなのである。
 

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館長「Nice try デス!」
 
最初から「本物」であることなど極稀な例に過ぎない。風花の例に限らず、今回の話は偽物から入った事例や兆しをいくつも見せる。地球を守るため水族館を運営するという薫だってその原点は浦島太郎の童話にあったし、勤め先で採用された月美のメニューも元はと言えば前回海月風で出したもの。マーメイドになるのが夢だったという個人的理由丸出しのマリナの要望はコスプレ企画の幅を広げる結果になったし、ウミやんはたまたまやることになった乙姫役の女装に案外乗り気になったりする。そしてそもそもで言えば、くくるの祖父が入り口にしてほしいと語っていた水族館はどこまで行っても海の偽物に過ぎない。
 

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朱里「ヨスジリュウキュウスズメダイだ、かわいい……」
 
きっかけは偽物でいい。ごっこ遊びでなければ、それは本物と違っても嘘ではない。だから朱里も今回急に水族館のことが大好きになったりするのではなく、くくる達の仕事を手伝うのも約束が急遽キャンセルになった事情ありきで行われる。それでもシールを作る中で彼女は、ヨスジリュウキュウスズメダイをかわいいと感じるようになった。くくるとは少し違う形で、しかし確かに朱里は水族館の一員だ((だから「本物」の皆と一緒にコスプレに身を包む))。
 

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コスプレは本物と偽物をつなぐ。コスチュームに身を包むことで人は少し別物や偽物になり、時にはそれが新たな呼び水にもなる。来館者に海への興味を持たせるきっかけなのはもちろん、海賊のコスプレをした諏訪副館長がくくるに新エリアの責任者を命じるのも彼の新たな一面が見え始めた現れなのだろう。くくるにしても飼育の仕事をしたいと愚痴をこぼしてはいるが、朱里への熱弁から分かるようにけして企画広報の仕事にやりがいを感じていないわけではない。望まぬ偽の仕事はしかし、間違いなくくくるに新たな道のりのきっかけを与えている。
 
 

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本物と偽物を優しく同居させてくれる場所。行き来させてくれる場所。本作の水族館とはきっと、そういう場所なのだ。
 
 

感想

というわけで白い砂のアクアトープの18話レビューでした。ここ数話のレビューと比べるとあっさりめかしらん。特に好きなわけではなかった魚に朱里が興味を持つのはくくるが人間に興味を持つのと対になっているんだろうなとも思いますが、ちょっと今回のレビュー自体には落とし込めませんでした。さてさて、新エリアの責任者ともなれば「館長の偽物」とも言えそうですが、くくるはどうなるのでしょうね。
 

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かわいい(かわいい)。
 
 

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