もう一つの選抜――「月とライカと吸血姫」9話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
選別の時が近づく「月とライカと吸血姫」。9話で宇宙飛行士候補は6人に絞られ、更に上位3人から最期の1人が選ばれんとする。だが、選ばれるのは宇宙飛行士だけではない。
 
 

月とライカと吸血姫 第9話「サングラードの白薔薇

レフは最終候補の6人に選抜され、ミハイル、ローザと共に宇宙飛行士第1号を争うことに。男女関係なく連日続く厳しい訓練。パラシュート降下訓練中、失神するローザを見たレフは危険を冒して彼女の救助に向かうが――
 

1.似た者同士の二人

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ローザ「ご立派だこと……フン!」
 
今回前半スポットが当たるのは宇宙飛行士候補生唯一の女性、ローザ・プレヴィツカヤだ。これまで彼女はレフにもイリナにも剣呑な姿勢を取り続けてきた。この9話でも共に頑張ろうとするレフの言葉に「舌の上では蜂蜜、心の中は氷じゃないの?」と返すなど容赦がない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会

ローザ「空軍に入りたての頃、私は女であるというだけで見下された。だからわたしは、誰にも負けない技術を身に着けた。バカにしてきた奴らは空中戦でズタズタにしてやった」

 

だが、明かされてみて分かるのはそれが緊張と不安の裏返しだったことだ。現実同様に共和国でも女性は女性であるだけでハンディが課せられ、それでも宇宙飛行士に選ばれようとすれば男性を圧倒する成績を残さねばならない人一倍のプレッシャー故に、彼女は頑なな態度をとっていた。だから訓練中に事故を起こしかけたところをレフに救われ、落選確実になったからこそ雪解けした彼女の口ぶりはむしろ柔らかなものだった。
 

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ローザ「レフ・レプス。これまでのこと謝罪するわ。嫌な態度をとってごめんなさい」
 
"雪解け"……そう、これは雪解けだ。なぜそこまで、と思えるほど辛辣なローザの口ぶりはある種の暗号であったし、また自分を守るために攻撃的な素振りを必要とするのは虐げられる側の共通事項であろう。顔を合わせる度にローザとイリナは衝突していたが、実は二人は似た者同士だったのである。
ただ、似ていることは仲良くできることと同義ではない。
 
 

2.もう一つの選抜

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ゲルギエフ「どうなっておる!このままでは連合王国の連中に先を越されるぞ!」
 
似ていることと仲良くできることは同義ではない。本作における最たる例は連合王国と共和国の2大勢力だ。両国は共に世界をリードする力を持ちながら、いやだからこそその仲は険悪で、宇宙開発も代理戦争の様相を呈している。似ているために争いが発生するのも世の一面だ。
そしてイリナとレフは、虐げられる側であり自分を守るために攻撃的な態度をとった点だけが似ているわけではない。レフに絆された・・・・・・・こともまた、彼女達の重要な類似点である。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ローザ「ねえ、どうしてわたしを助けたの?」
レフ「どうしてって、目の前で仲間が死ぬかもしれないって時にあれこれ考えてる余裕なんてないよ」

 

これまでもさんざん示された通り、レフは好青年という言葉を絵に描いたような男だ。誰に対しても差別的な目を向けず対等の存在として接し、誰かを助けるためなら血も夢も体も迷わず投げ出す優しさがある。だから両親を殺され人間を嫌っていたイリナも絆され――そして恋をした。なら、ローザもそうなるのではないかとイリナが考えたとしても当然だろう。いや、レフは誰に対しても変わらず優しいのだからローザ以外の人間がそうなる可能性も否定できない。宇宙飛行士に限らぬもう一つの選抜レースの可能性を、イリナは感じている。
 

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イリナ「わたし、この町を離れるわ」
 
そんな折、イリナは座学の成績と宇宙飛行の経験を買われ設計局で働くよう辞令を受けた。廃棄処分や暗殺から逃れられる可能性が高くなったわけでもあるが、サングラードへ異動となればイリナはレフと会うこともほとんどできなくなるだろう。レフにとって自分が、他の人間同様に優しくしている存在に過ぎないのか確かめられる時間はほとんど残されていない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
このブログでは、本作1話のテーマを「混同と峻別」ではないかと推測した。レフにとって吸血鬼イリナは人間と変わらぬ存在――混同される存在であり、それがイリナの心の扉を開いた。しかし今の彼女は、むしろレフから個人として峻別される存在でありたい気持ちを抱えている。この狭間で物語は、世界はどこへ向かうのか。氷の下の結末を僅かに覗かせて、本作は終盤へ突入するのである。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の9話レビューでした。久しぶりに全然迷わずに書けました、その分浅くなってないといいのですが。マイノリティの訴えを「なんでそんな攻撃的なの?それじゃ誰も話を聞いてくれないよ?」と諭してあげようとする人も多いですが、それは本当に寄り添ってるわけじゃないよなと個人的には感じます。
さて、次回の副題は「冷たい春」。やはり幸せなだけの30分では済まなそうですね。
 
 

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