未来は交差の先――「月とライカと吸血姫」12話レビュー&感想

f:id:yhaniwa:20211220221817j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
新世界への扉を開く「月とライカと吸血姫」。史実をモデルにしつつ架空の吸血鬼を登場させてきた本作は頂点を迎える。最終回となる12話は、虚構が私達に未来を指し示す話だ。
 
 

月とライカと吸血姫 第12話(最終回)「新世界へ」

人類初の偉業を成し遂げ、レフは国民から盛大な歓迎を受けるが、そこにイリナの姿はない。首都で行われる記念式典と検閲済みのスピーチ。本当にこれがレフの望んでいた結果なのか。レフとイリナ、二人が描く未来とは。
 

1.遠心力からの脱出

f:id:yhaniwa:20211220221833j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ゲルギエフ「おめでとう!」
群衆「おめでとう!」

 

遂に迎えた凱旋式の日、レフは共和国中から歓待を受ける。人類史に名を残す英雄となったのだから当然だろう。……だがレフの表情は硬い。本来これは、自分が受けるべき称賛ではないからだ。人々は宇宙飛行士第2号に過ぎない自分を第1号と「混同」しているに過ぎない。だからレフはそれを解こうとする。演説の中、本当の宇宙飛行士第1号は自分ではなく吸血鬼の少女イリナだと明らかにし「峻別」する。
 

f:id:yhaniwa:20211220222001j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「初めて宇宙を飛んだのは17歳の少女です。彼女の名はイリナ・ルミネスク。人間ではなく、吸血鬼です!」
 
これまで本作は、混同と峻別が複雑に入れ代わる様を描いてきた。爆死した実験体の犬に自分を重ねるイリナしかり、きちんと実験体として扱ったからこそイリナと友人になったアーニャしかり……峻別したと思えば混同になり、あるいはその逆にもなり、世界はままならない。世界を変えようと思えば、混同と峻別の循環が生む遠心力から抜け出さねばならない。そのためにレフとイリナがとった行動は、いわば「交差」とでも呼ぶべきものだった。
 

f:id:yhaniwa:20211220222021j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフは宇宙飛行士第1号イリナの存在を明かすことで、自分と彼女に混同して向けられていた視線を峻別した。かつてミハイルが言ったように、第2号となったのなら彼はもう歴史に名を残すことはなくなっていたはずだ。
しかしレフはこの行為によって逆に、イリナに劣らぬ名声を後世に残す資格を手に入れる。当然だろう、公然と差別されてきた吸血鬼を対等の存在として皆に明かす者などこれまでいなかったのだから。彼はこの行為によって人類未踏の地を踏んだのであり、それは宇宙に行ったにも等しい偉業なのである。
 

f:id:yhaniwa:20211220222036j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
かつて人間を憎んでいた吸血鬼の少女は一人の人間によって宇宙飛行士となり、その人間は吸血鬼の少女を認めたことで宇宙の如き未踏の地へ踏み込んだ。二人は混同でも峻別でもなく、互いに交差することで革命的な"宇宙"へとたどり着いたのだ。
 
 

2.未来は交差の先

混同でも峻別でもなく、交差によって未来を切り開いたレフとイリナ。しかし、交差するのはけして彼らだけではない。
 

f:id:yhaniwa:20211220222131j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「どういうことですか。あの演説、まるで俺の暴露を予期していたようで……」
リュドミラ「予期してたよ」

 

レフにとって一大決心であったろうイリナの存在の暴露を、ゲルギエフとリュドミラはなんと既に予期していた。2種類の原稿を用意し暴露の場合は敵対勢力への攻撃に使えるよう準備していたのだ。レフとイリナの行動は革命的だったが同時にゲルギエフとイリナの掌の上であり、革命と傀儡は巧妙に交差するよう仕組まれていたのだった。
 

f:id:yhaniwa:20211220222147j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
一つの困難を解決すれば全ての問題がなくなるわけではなく、その先には新たな難題が姿を現す。人の世の悩みは、剥いても剥いても中身の尽きないマトリョーシカのようなものだ。しかしそれは、困難に挑むことがけして無意味だと言うわけではない。
 

f:id:yhaniwa:20211220222205j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「私の新しい夢は……レフと月へ行く!」
 
レフと共に月に行きたいというイリナの夢は、リュドミラすら本気か疑うような途方も無いものだ。しかし、だからこそその夢を見るイリナとレフは傀儡に貶められきってはいない。傀儡と交差できるだけの革命によって、二人は更に遠くへと飛翔していくことだろう。
そして、交差するのはこうした劇中の人やものだけではない。私達の現実をモデルにしたこの作品は、その出自によって現実とも交差する力を秘めている。
 

f:id:yhaniwa:20211220222223j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「やがて訪れる21世紀には、きっと多くの人が宇宙で暮らしてるはずだ。人種も種族も関係なくね」
 
物語の最後、レフは月よりも更に遠い未来を夢見る。多くの人が宇宙で暮らす21世紀。人種も種族も関係なく暮らす世界。あまりにも途方も無いその話は、しかし全くの夢物語とは言い切れない。本作の世界が現実をモデルにしている以上、月に行くイリナの夢は形はどうあれ半ば約束された未来だからだ。なら逆に、レフの夢見る未来を現実の私達が叶えたとしても何の不思議があろうか。
 

f:id:yhaniwa:20211220222239j:plain

© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ・イリナ「さあ行こう、私達の未来へ!」
 
人と吸血鬼、史実と虚構、過去と未来、夢と現実。私達の世界とイリナ達の世界は、それぞれが互いを高め合う可能性に満ちている。虚構の中でイリナとレフの目指した未来は、私達の現実と交差した先にこそ輝いているのだ。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫12話のレビューでした。ソ連と宇宙開発とライカ犬に吸血鬼を結びつけるという発想が興味深く、独創性の高い興味深い設定でした。
 
一方で善男善女が差別に立ち向かう構図に(少なくとも放送範囲では)限界も感じるところもあって。レフはイリナを自分たちと何も変わらないと言いますが、これが視聴者に説得力を持つのはイリナがヒロインでありまた人並み外れて善良な娘だからですよね。人間と何も変わらなければもっと醜い部分があるでしょうけど、そういうキャラクターにしたら、またヒロインでなかったら、彼女を受け入れられない視聴者もいたかもしれません。人並みと思われるためには人並み以上でなければならない、というのはそれ自体がハンディではないでしょうか。
特別意識されることなく、空気のように行われるものもまた差別なわけで、本作がそれをどの程度認識しているのかはちょっと分からないところではありました。ローザの攻撃的な態度の理由から片鱗は覗ける気がしますが……。
 
でも、なんとも"夢"のある作品だったと思います。あとロシア料理が食べてみたくもなりますね。スタッフの皆様、お疲れさまでした。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>