デブリコンビは凸凹コンビ――「プラネテス」1話レビュー&感想

輝きが惑う「プラネテス」。1話では宇宙ステーションにやってきた新人・タナベと配属先の先輩・ハチマキのやりとりが中心に描かれる。二人の関係はいったい、どのようなものなのだろうか?
 
 

プラネテス 第1話「大気の外で」

国際宇宙ステーション内のテクノーラ社に、新入社員のタナベがやって来る。配属されたのは宇宙のゴミ(デブリ)を回収するデブリ課だ。そこで、タナベはハチマキ達と出会う。しかし、デブリ課は半課と呼ばれる、社内でも白眼視される部署だった。
新人指導を任されたハチマキは、いちいち青くさいことを言うタナベが気に入らない。タナベはタナベで、ハチマキのことをデリカシーのない最低男だと思っているのだが。

公式サイトあらすじより)

 

1.ウィッチ・イズ・デブリ

ハチマキ「あ?誰だお前?」
 
国際宇宙ステーションの中にあるテクノーラ社、そのデブリ課に配属となったタナベだが、彼女の目にするデブリ課の様子は惨憺たるものだ。
 
ハチマキ「お前な、逃げるなんて先輩をなんだと思ってるんだ?」
タナベ「でも、ちゃんと下履いてください……」

 

仕事しない課長と係長補佐、倉庫を転用した上に動物だらけの狭いオフィス、30年以上使われているオンボロ宇宙船、宇宙服の下のオムツ丸出しで初対面の女性の前に現れる船外活動員のハチマキ……課自体も成績が悪く社内では半課の蔑称で呼ばれるほど*1。宇宙服の寸法測定で他部署を訪れた際にタナベは寝転げているハチマキという"粗大ごみ"を引き取るよう言われるが、これは言い得て妙だろう。処理対象とどちらがゴミやデブリか分かったものじゃないというのがこのデブリ課の実情なのである。
 
 

2.定まらぬ足元

タナベ「もう最悪。リュシー達と違ってさ、こっちはタバコと動物とマジックショーとセクハラのオムツ男なんだよ?」
 
夢の宇宙勤務の配属先が「ハン」の字の持ち得る全ての悪い意味を煮詰めたような場所だったことにタナベは落胆する。だがそういう彼女も、けして大層な人間というわけではない。
 
1話で初登場から繰り返し描かれるのは、タナベの足元の定まらなさだ。デブリ課のつもりで管制課に行ってしまったり、赤信号に気づかず歩いてしまったり……同期のリュシー達からは「考える前に行動しちゃう」「あまり周りも見えてない」と心配されるありさま。一般入社でコネもなければ研修の成績が最下位といった点も含め、彼女は境遇においても性格においても定まらない状況にあると言える。そしてこの定まらなさが最高潮に達するのがデブリ回収の仕事中、すなわち足場なき宇宙空間でのハチマキとの口論の最中だ。
 
タナベ「ちょ、ちょっと!落ち……溺れる……!」
 
初めてのデブリ処理が紛争国マナンガの平和を祈念したプレートの回収ではなく焼却、しかもこのデブリと軌道が重なったのが監視と支配のための軍事衛星と知ってタナベは憤慨する。平和と戦争のどちらがデブリか逆転した状況やそれを受け入れるハチマキに我慢ならないわけだが、プレートにぶつかって軍事衛星もなくなってしまえばいいという発言はハチマキの逆鱗に触れずにおられない。それは軍事衛星がデブリと化すことであり、つまりデブリ課としての足元を見失った発言に他ならないからだ。怒ったハチマキに宇宙船から蹴り飛ばされたタナベが"溺れ"かけるのは当然の帰結と言えるだろう。しかも現地に着いてみればプレートの正体は連合が自らの正当性を主張する宣伝物に過ぎず、タナベはすっかり意気消沈してしまう。
 
ハチマキ「もういい、お前は座ってろ。You copy?」
タナベ「I copy……」

 

もういいから座っていろと言われてタナベが閉じるフェイスパネルは、彼女が自分を見失った表象だ。処理対象とどちらがデブリか分からないデブリ課に配属されたタナベだったが、彼ら、特にさんざん意見の衝突したハチマキと自分のどちらがデブリか分からなくなってしまったのだ。
 
 

3.デブリコンビは凸凹コンビ

自分が何をしたかったのか、なぜ宇宙に来たのか。フェイスパネルに隠した顔の下で、タナベは思い悩む。しかし物語は彼女をただ惑わせはしない――デブリにはしない。注目したいのは、本作の宇宙飛行士は宇宙船と命綱(テザー)で結ばれている点だ。
 
タナベ「このために15分以上待ってくれたんですか……?」
 
ハチマキに蹴り飛ばされたタナベは"溺れ"かけたが、実際、宇宙空間では掴まるものがなければあらゆるものは漂う状態に陥る。デブリと変わらない状態になる。タナベがそうならなかったのは小型宇宙船と命綱で結ばれていたおかげだ。何かと結ばれているなら人はそれを起点に上下や前後左右を定めることができる。デブリにならずに済む。漂うかのごとき思考に陥ったタナベに命綱を結んでくれたのは、意外にも先程まで喧嘩ばかりした、理想と逆にがさつでデリカシーもなければ志も持たないように見えたハチマキであった。
 
フィー「作った人の思惑はどうあれ、例え一瞬でもマナンガの子供達が幸せになれるのならあんなデブリにも価値があったと思わない?」
 
焼却のため地球に落ちるプレートの美しさに驚いたタナベは、予定時間から大幅に遅れて処理されたそれがマナンガの空を流星となって飛ぶ軌道であることを知る。未だ紛争の続くその地の子供達の目にも、きっと美しく映るであろうことを知る。
今更表に出せない連合の宣伝物という正真正銘のデブリだったはずのプレートを、ハチマキは自らと結ぶことで物理的にも概念的にもデブリではなくしてしまった。「希望っていう名の流れ星」を見たのはマナンガの子供達だけでなくタナベもであり、だから彼女はそこに命綱を結んで自分の足元を定めることができるのである。
 
作業終了後、予定時間の超過によって手当がつくこととそれが目的だというハチマキにタナベは再び激怒し、物語は二人の口論で終わる。「オムツ女!」「オムツ男!」「この先輩!」「なんだとこの新入りが!」……なんともやかましいこのやりとりはしかし同レベルであり、すなわち二人が互いに相手に自分の命綱を結んだ証だ。対照的だからこそハチマキとタナベは互いの命綱を結ぶ対象たり得るし、己がデブリに見えてしまった時にこそそれは力を発揮するだろう*2
デブリ同士がぶつかるかのようなこの凸凹コンビはしかしきっと、だからこそ最良の組み合わせなのである。
 
 

感想

というわけで原作・アニメ未読未視聴者のプラネテス1話レビューでした。いや、20年近く前の作品はやはり見る時の勝手が違うな。実はアマプラで1話の無料レンタルを利用して、たっぷり数日かけて視聴を繰り返してこのレビューを書きました。ファーストコンタクトの時はどうしても勝手が分からず苦戦必至なので……実際、「正反対に見えるものが実は似ている」レベルの見立てから脱却するのに相当手間取りました。まあ新作ではないだけにどうしても見聞きしてしまった情報はありますし、逆にこのレビューが全話既に見ている人からしたら飯を噴き出すような内容になってない保証はどこにもないのですが。デブリ課の蔑称表記はあらすじに従って「半課」としましたが媒体によっては「ハン課」の場合もあって、ファンの間ではどっちが一般的なんでしょう?
 
それにしても、近未来という舞台やJAXAへの取材もあってか描写の数々にリアリティが感じられて素敵ですね。デブリという主題すら含めて当時の宇宙開発や未来への希望(あるいはそう信じようとしたもの*3)も感じられるし。あと雪野五月(現・ゆきのさつき)はフルメタのかなめといい、男性的権威に物怖じしない女性の役がすごくハマるなと思いました。
 
2話以降は当然1話みたいに時間かけてられないし、かといって本作の濃密さだと月曜にレビューできるのかはなはだ怪しいものですが、名作の評判に違わず見応えがあるのは間違いなさそう。楽しみです。
 
 

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*1:初登場時のハチマキが宇宙服を"半分"しか着ていないのが実に半課らしい

*2:今回はタナベが自分がデブリに見える側だったようだが、ハチマキがタナベに宇宙に来た理由を尋ねる場面はあるいは?

*3:酒井ミキオが歌うEDテーマ「Wonderful Life」は結果に左右されない勇気をくれる素晴らしい歌だが、就職氷河期晩期のこの頃「素晴らしい人生だから」と歯を食いしばった人々に社会はこの20年報いたのか?