高度に発達した恋愛と友情――「異世界美少女受肉おじさんと」1話レビュー&感想

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
目的がいびつな「異世界美少女受肉おじさんと」。1話では主人公である橘と神宮寺の関係と異世界で彼らに訪れる危機が描かれる。二人は幼馴染だが似た者同士ではないと言明されるが、本当にそうだろうか?
 
 

異世界美少女受肉おじさんと 第1話「ファ美肉おじさんとおじさん」

幼馴染で親友同士の橘日向(32)と神宮寺司(32)は普通のサラリーマンだったが、とある合コンの帰り道、女神を名乗る存在により異世界に飛ばされてしまう。
 
そこで神宮寺が目にしたのは、金髪碧眼美少女の姿になった橘だった。異性になったことで互いの魅力に戸惑う二人は、この関係を壊さないため魔王を倒し元の姿に戻ることを決意する。

公式サイトあらすじより)

 

1.似た者同士でないけどよく似た二人

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ナレーション「二人は小学生の頃からの幼馴染であるが、似た者同士ではなかった」
 
開始早々に説明されるように、本作の主人公である橘と神宮寺はおよそ共通点の見られない人間だ。ハンサム・高身長・文武両道と三拍子揃った神宮寺に対し、親友の橘はあらゆる要素が平均的。合コンに出れば女性からの人気は神宮寺に集中し橘は相手にもされない。見事に二人は似ておらず、進学先や就職先まで同じなのが不思議に思えるほど接点がない。……だがそれは、個別の要素を見た時の話に過ぎない。ずばり言えば、二人に唯一共通しているのは「絵に描いたような」人間である点だ。
 

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神宮寺のようなハイスペックな人間が滅多にいないのは言うまでもないが、実はこれは橘も変わらない。人間はどこかしら得手不得手の偏りがあるのが普通で、すべてが平均的な人間はこれはこれで探すのが難しいからだ。恋愛AVGの主人公のように前髪で隠れた目も平均からの逸脱を許さぬ要素の一環であり、これらによって橘は平凡/秀才の違いこそあれ神宮寺同様の「絵に描いたような」人間たり得ている。個別の要素でなくトータルで見た時、実はこの二人はよく似ているのである。
 

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神宮寺「そんな嫌なやつとこうして一緒にいてくれるなんて、お前ぐらいだ」
 
実際、神宮寺のような優秀な人間と一緒にいれば多くの人間が味わうのは挫折だ。数少ない得意なものや打ち込んだものでまでオールマイティな人間に負けてしまえば人間は打ちのめされるのがたいていで、それは往々にして友情の崩壊に繋がる。橘が神宮寺と一緒に居続けられたのはおそらく、あらゆる面で平均的な彼が神宮寺から味わう挫折は日常的・・・であっても決定的・・・ではなかったからなのだ。そんな橘を神宮寺が極めて大切に扱うのは、それが恋愛感情にすら似ているのは当然と言えるだろう。
 
 

2.高度に発達した恋愛と友情

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橘(もしかして俺のことが好きなんじゃないの……?)
 
先の段では橘と神宮寺が「絵に描いたような」点で似ていること、神宮寺の橘への友情が恋愛にも似ていることに触れた。そう、アーサー・C・クラークの「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」の名言にあるように、高位のものは全く違う分野であっても不思議な類似を見せることがある。これは私達が漫画やアニメ(時には現実まで含めた)の人間関係に見出す「尊さ」をしばしば勝手に恋愛感情に置換してしまうのと同じ構造だ。本編では恋愛感情とまでいかない関係をカップリング化するのは二次創作の定番だし*1、また実際に恋愛感情であっても嫉妬や憎悪に変わり得るのはツンデレやストーカーの例を見れば明らかであろう。
このように高位の別物が似ることを考えた時、橘と神宮寺の冒険の目的は非常にユニークに映る。なにせ、恋愛じみた友情関係が本当に恋愛になるのを防ぐことこそ二人の目的なのだから。
 

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橘「上にあるべきじゃないものがあって、下にあるべきものがない!なんで俺が俺のまままるで思い描いた理想の女の子に!?」
 
橘と神宮寺は半裸LEDに似た後光で輝く愛と美の女神に異世界転移させられたが、転移時に泥酔していて美少女になりたいとのたまっていた橘は望み通り美少女の姿を受肉してしまった。おまけに女神を激怒させ呪いをかけられてしまった二人は、互いが魅力的な異性に見える自分に気付いてしまう。
見た目だけなら確かに、今の橘と神宮寺は恋人になっても全くおかしくはない。かたやハンサムで高身長で文武両道、かたや現実にも滅多にいない*2美少女。おそらく今後二人を目にする誰もがお似合いのカップルと思うだろう。
 

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神宮寺(絶対に元の関係のまま男に戻してみせる!)
 
しかし橘と神宮寺にとっては違うのだ。どれだけ異性として惹かれ合ったとしても実際の二人は同性であり、異性愛が強まれば強まるほどそれは同性愛と変わらないものになってしまう。恋愛じみていても友情であることが二人にとっては、あるいはそうした関係を愛するタイプのファンにとっては大切なのであり、本当に恋愛になればその輝きはガラスのように脆く砕け散ってしまう。公式には公式の、同人には同人の良さがあるように、「極めて近く、限りなく遠い世界」は別物だから意味を持つのであり、一緒になってはいけないのだ*3

 

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橘と神宮寺はこれから、互いに強く惹かれ同時にだからこそ互いに恋をしないよう己を戒め続けるだろう。しかし同時に、二人が友情を大切にすればするほどその感情は恋愛と見紛うような輝きを放っていく。似た者同士ではないが故によく似た二人が、別物であるが故によく似た恋愛と友情の間でジタバタする姿こそ本作の肝なのである。
 
 

感想

というわけでファ美肉おじさんの1話レビューでした。気がないようなあるような素振りの繰り返しがバトルだよなー、などと考えながら視聴を繰り返してたらこんなん出ました。いやこれは面白い!「くっつきそうでくっつかない」ラブコメの面白さとも合致するし、コミカルなのにすごく独自性のある視点に立たせてくれる。やっぱり異世界転生ものはメタ要素を考えるのが楽しいなと思います。
 
PVでは他にも色々クセの強いキャラが登場するようですが、それらが二人の関係にどう影響するのか。期待して見守りたいと思います。
 
 

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*1:別にそういうものを批判しているわけではない。むしろ二次創作の華だ

*2:相変わらず「絵に描いたような」だ

*3:まあ同人から逆輸入されるパターンもままあるけれども