悪の発見――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」6話レビュー&感想

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
増殖が新展開を呼ぶ「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。6話ではスタンド能力に目覚めたエルメェスが奇妙な戦いを繰り広げる。彼女が戦っているのは目の前の相手だけではない。
 
 
謎のスタンド「ホワイトスネイク」の能力によって、承太郎は自身のスタンドと記憶を具現化した2枚の「DISC」を奪われ、仮死状態となってしまった。徐倫は父の命を救うため、刑務所内に戻りDISCを取り戻すことを決意する。一方そのころ、スタンド能力に目覚めたエルメェスコステロの前に、異常な男囚・マックイイーンが現れる。
 

1."増えた"スタンド使い

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マックイイーン「情けねえよう思い出せなくって……」
 
前回の騒動で懲罰房送りとなった徐倫に代わり、今回の主役はエルメェスコステロが務める。彼女にはスピードワゴン財団の関係者であるとかDIOの元部下であるとかいった「ジョジョ」の伝統に関わるような過去はない。徐倫が捕まった際に知り合っただけの、今は犯罪者だが元はどこにでもいるような経歴の持ち主でしかない。これは敵として立ちふさがる男囚サンダー・マックイイーンにしても同様で、彼に至っては収監の理由も飛び降り自殺を敢行した女性に暴発したショットガンが偶然命中して殺してしまったという単なる不運に過ぎない。前回までを正義と悪のエリート家系の戦いとして捉えるなら、この6話はそこから離れた一般人の戦いと考えることもできるだろう。
 

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
エルメェスとマックイイーンはスタンド能力も生得のものではなく、物語の舞台に上がるのがその二人でなければならない必然性はなかった。二人は徐倫のペンダントとホワイトスネイクのDISCが偶然、あるいは拡張的に生み出したスタンド使い――エルメェスのスタンド「キッス」はシールを貼った対象を2つに増やすが、彼女やマックイイーンはペンダントやDISCによって"増えた"スタンド使いだと言える。
 
 

2.立ち向かうべきは?

先の段で書いたが、エルメェスは正義のエリートではない。いや、犯罪歴からすれば正義とすら言えるか怪しい。本来、新たなジョジョとなった徐倫の代役を務めるのは荷が重い話だ。
 

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エルメェス「何をやってんだァァァーーッ!」
 
実際、エルメェスは本来巻き込まれただけの存在だ。徐倫ホワイトスネイクの戦いなど彼女は知らなかったし、自殺未遂の常習者だったマックイイーンが脅威になるのは彼が心配だからではなく不思議な力で自分まで強制心中させられてしまうから。彼を止めるのではなく自分の房へ戻ろうとするのは、そうすれば不思議な力に脅かされる危険のなかった世界へ戻れると考えたからだろう。
 

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エルメェス「まだあたしにつきまとって……馬鹿な、ここまで離れたのに!」
 
しかしエンポリオによってマックイイーンの能力が徐倫ホワイトスネイクの戦いの一貫であると教えられ、また距離をとったにも関わらずマックイイーンのスタンド「ハイウェイ・トゥ・ヘル」の強制心中に巻き込まれ、エルメェスは逃避がもはや不可能だと知る。
逃げられないならば立ち向かう以外に道はない。が、ここで一つ問題が発生する。エルメェスは一体何に立ち向かえばいいのだ?ホワイトスネイクは自分に直接攻撃してきているわけではないし、スタンド能力を自覚していないマックイイーンには当然自分への敵意もない。もちろんまず止めなければならないのはマックイイーンの自殺だが、立ち向かうべき敵を見つけられない限り彼女は巻き込まれた立場から抜け出せないのである。
 
 

3.自分に立ち向かった先

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巻き込まれた立場から抜け出すためには立ち向かわなければならない。しかし相手を見つけられなければ立ち向かうことはできず、意思も言葉も空虚なものになってしまう。食塩水を被って電流自殺しようとするマックイイーンのところへ駆け込んだエルメェスが直面するのはそういう問題である。
 

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マックイイーン「あんたは思いやりがあるフリをしてとりあえずこの場だけ取り繕ってるんだ。心なんかこもってないんだ。違うか?」
 
マックイイーンの自殺が自分を巻き込むことを説明し、人生は辛いことばかりじゃないと励ますエルメェスの言葉は彼の心に響かない。自分を心配して言っているのではなく、強制心中に巻き込まれたくないから適当なことを並べているだけだと見透かされているからだ。他人を心配しているようで自分のことしか考えていないと指摘されエルメェスが言葉に詰まってしまうのは、マックイイーンに立ち向かっているようでそれすらできていないのが自分でも分かってしまったからだ。なら、立ち向かうべきは別にある。
 

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エルメェス「確かにあたしは自分が助かりたいからお前と喋っている!しかし!いいかお前!お前はホワイトスネイクって奴に利用されているんだ、そういう心のところをよォーーー!お前が死ぬことを考えなけりゃだなあ、全ては何も起こらないんだ!てめーのことだけを考えてるのはよ、てめーの方だぞこの野郎!」
 
エルメェスのこの言葉はマックイイーンと同時に自分にも向けたものだ。共に巻き込まれた身である自分達に向けた言葉だ。彼女にとっては、自分に立ち向かうことこそマックイイーンに立ち向かうことでもあった。
まず自分に立ち向かうことなしには、どんな力があろうと他の何に立ち向かうこともできない。故に彼女はいよいよその次に、本当に立ち向かうべきものをマックイイーンの中に発見する。
 
 

4.悪の発見

自分に立ち向かったエルメェスはついに、己が本当に立ち向かうべきものを見つけ出す。それはマックイイーン個人というより、彼が代表して背負っている"邪悪"だった。
 

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マックイイーン「俺は4年前掃除をしてただけなんだ。アパートに置いてあったショットガンの手入れ掃除を……」
 
既に書いたように、マックイイーンはごく平凡な男だ。人を出し抜く頭の良さがあるわけでも、人殺しを楽しむ嗜癖の持ち主でもない。自殺未遂の常習者になるほどのネガティブ思考の持ち主ではあるが、普通ならいわゆる敵役として現れるような悪人ではない。しかし、ホワイトスネイクはそんな彼をこそ真の邪悪だと言う。
 

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ホワイトスネイク「君には敵意もなければ悪意もないし、誰にも迷惑なんかかけてないと思っている。自分を被害者だと思っているし、他人に無関心の癖に誰かがいつか自分を助けてくれると望んでいる。だがそれこそ最悪と呼ばれるものだ。他人を不幸に巻き込んで道連れにする真の邪悪だ」
 
これはあくまでマックイイーンに向けられたものだ。彼のように「もうやらない」と言った数秒後に再び自殺を試みるような人間はそうはいない。だがそうであってもこの言葉は彼以外の人の胸にも突き刺さる。まるで自分について言われているようだと、これを読んでいるあなたも感じたのではないだろうか?
 
悪は非凡なところに生まれるとは限らない。例えば本作4部の吉良吉影は平凡さを装い穏やかな生活を送ることを至上の目的としており、しかしその願いを叶えるため他者を手にかけていくところに最大の邪悪さがあった。
 
私達は吉良のように本当は有能な人間というわけではないが、平凡な自分を願う気持ちは常にある。吉良同様、それが幸せを招くことを知っているからだ。
しかしそこで望む平凡さは実際のところ、私達の実像より遥かに上等なものだ。「難しいことは分からないけど大切なことは心で知っている善良な小市民」とでも表現したらいいだろうか。常識の範囲で行動するし人にも当たり前のことしか求めない、だから過激なことはやらない……私達は自分がそういう人間だと思っている。いや、思いたがっている・・・・・・・・。マックイイーンほどではなくとも自分の能力について謙遜しながら、その実ひどく傲慢な考えでいる。
 
 

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マックイイーン「ありがとうありがとう!アンタと一緒に逝けるなら、永遠に一緒になれるなら俺は本当に幸福だーーッ!」
 
 

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エルメェス「こ……コイツ邪悪だ!正真正銘の腐った邪悪の性根の持ち主!」
 
本当の私達は敵意や悪意に満ちているし、生きる以上は他者に負担(迷惑)をかけないことなどありえない。常識で考えているつもりでも容易に判断を間違え他者への加害を行うし、他人のことを考えようと言いながら自分が救われるやり方ばかり考えている。私達の実像は「難しいことは分からないけど大切なことは心で知っている善良な小市民」からは程遠い。この都合の良さは、エルメェスの必死の言葉を自分に都合よく解釈したマックイイーンと何ら変わらないものだ。
 

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
エルメェス「会わなくては。徐倫……空条徐倫に!」
 
ホワイトスネイクの言葉は、マックイイーンを通して私達の中の平凡にして真なる邪悪を言い当てている。ならばエルメェスが彼に見た「正真正銘の腐った邪悪の性根」とは、平凡でありふれた私達の欺瞞に潜む邪悪の具現化だ。マックイイーンを倒したからそれで終わるようなものではない。
立ち向かうべきこの傲慢な邪悪の発見こそ、今回のエルメェスの本当の戦いだったのである。
 
 

感想

というわけでジョジョ6部アニメ6話のレビューでした。いや、手間取った……最初は「エルメェスとマックイイーンは徐倫ホワイトスネイクから"増えた"存在である」を軸にしようと思っていたのですが話がごちゃつくし、途中で触れるつもりだったマックイイーンが代表する邪悪さを書いた後は筆が止まり。この邪悪さの発見こそが今回の肝なのでは?と思いつくまであれこれ書いたり文章を入れ替えたりと苦労する羽目になりました。いわゆるバトルとはちょっと違う展開なのがヒントだったんだな。
 
連載当時マックイイーンを見ていて感じた己への苦しさに、ようやく自分なりに答えが出せました。長い間ほったらかした宿題を片付けた気分です。さて、次の話も今見たらどんな風に捉えられるのかな。
 
 

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