1/6の意味――「プラネテス」6話レビュー&感想

狭間にもがく「プラネテス」。6話冒頭、タナベは月の重力を楽しむ。今回は、地球とも宇宙とも違う1/6の重力から物語を読んでみたい。
 
 

プラネテス 第6話「月のムササビ」

久しぶりの休暇で月にやってきたハチマキ、タナベ、フィー。タナベは初めての月に大はしゃぎ。そこで、ハチマキはタナベの月のアパート探しに付き合うことになる。決まったアパートに着いてみると、そこには怪しげな建物と、とんでもない住人がいたのだった。
 

1.1でも0でもない半端者

ハチマキ「なあタナベ、あれ何に見える?」
タナベ「何って、ニンジャ以外の何に見えるんですか」

 

普段のデブリ課ではなく宇宙船でもなく、月という新たな舞台に降り立って繰り広げられる6話だが、今回の登場人物の毛色はこれまでと大きく異なる。休暇滞在のためにタナベが借りた部屋の隣室に住んでいたのはなんと、"ニンジャ"コスプレに身を包んだ男達。「お控えなすって」などと挨拶したりカンフーアクションと混同しているなど、彼らのコスプレはいかにもな間違いだらけでどう見ても本物ではない。
 
紅右近(本名マクロード)「忍法壁走り!」
タナベ「また変なのが出たぁ!」

 

ただ一方で、彼らが全くの偽物かと言えばそれもまた少し違う。月の重力下ではただの人間に過ぎない彼らでも高く跳んだりなど特撮のようなアクションができるし、内容は勘違いでも使っている手裏剣には本当に刃が付いていたりもする。ニンジャコスプレをした彼らは真贋のいずれに振り切っているわけでもなく、ならば半端者・・・と呼ぶのが相応しい。
 
頭領「お恥ずかしい話、我々は失業者なんですよ」
 
半端者として規定すると見えてくるのは、男達の半端さはニンジャに限らないことだ。「頭領」を始めとする彼らは本来は出稼ぎでやってきたはずが、口利きの業者が給料ごと雲隠れしてしまったため失業。用意されていたビザも就労ビザではなく観光ビザだったことが判明したため次のまともな働き口もなく、町の人達からも軽んじられている。確かにここにいるのに存在をきちんと認められない、頭領達はの立場はあらゆる意味で半端だ。
 
頭領「ニンジャの印のハチマキもしてるし……」
 
冒頭タナベが面白がったように、月は無重力でもなければ地球のような1G環境でもない。ここにある1/6Gの重力とはすなわち中途半端・・・・な重力であり、この6話が半端者の頭領達との出会いなのは必然と言えるだろう。だが、それは彼らが単に惨めな存在だというだけなのか? 違う。何せハチマキやタナベが所属しているのはハン課――半人前だとか反抗的だとか"半端者"だとか言われている課なのだ。姿形は大きく違えど、頭領達は月におけるハチマキ達の分身なのである。
 
 

2.1/6の意味

頭領「仕方ないですよ、惚れた女一人養えないんですから」
 
人から半端者扱いされたり、自分が半端者にしか思えない状況は辛いものだ。ハチマキやタナベは自分の停滞や新人扱いといった半端さに悩んだし、デブリ課は部署自体が半端な存在扱いされているのは既に描かれた通り。ニンジャ達も就職先は決まらずニンジャムービーのモノマネも中途半端で、頭領は貧しさで妻に出ていかれた自分を夫として失格(本物になれない)と諦めている。
ニンジャ達はどこからどう見ても中途半端で行き詰まっている。しかし、中途半端さがけして無意味ではないとも本作は示してきたのではなかったか。
 
 
物語は後半、意外な展開を見せる。課長に騙され見合いをすることになったハチマキだが会場のホテルで火災が発生、しかも見合いの相手は頭領の元妻だったのだ。逃げ遅れた彼女を助けるべく、頭領を始めとしたニンジャ達はまだ火のついたホテルへ突入していく。この救出・脱出劇で鍵を握るのもまた"半端さ"だ。
 
頭領「おメーン!」
チェン「胴胴々!」
幻之丞「小手小手小手小手!」

 

例えばまだ炎の消えていないホテルへ素人が入るのは本来危険極まりない。しかし1/6Gの月なら常人でも高く跳躍して道とは呼べない道を進むことができる。またハチマキは水に入れれば酸素の発生する植物の肥料を利用して煙に巻かれぬための簡素な装備を作り上げるが、これは簡素な、いや"半端"な宇宙服とも呼べるものだ。
 
どうにか再会したハチマキとニンジャ達はしかし、既に回った火のために元の出口からは出てこられなくなってしまう。半端者の限界を嘲笑うように、道は閉ざされてしまう。しかしそんな彼らを最後に救ったのはやはりまた、"半端さ"であった。
 
頭領「最終奥義!霞忍法、大宇宙ムササビ变化!」
 
追い詰められた彼らはなんと、ホテル最上階からの飛び降りを敢行する。いかに1/6Gであっても、高所から落下してただで済むわけはない。いわばそれだけでは半端だ。しかし更に半端さを加えれば状況は少し変わってくる。ニンジャムービーのモノマネ、布(シーツ?)を結び合わせて作り上げた"ムササビの術"は、中途半端だが落下傘として機能しハチマキ達を死なすことなく地上に送り届けてくれた。
 
「いやー着地って難しいんだね」
「地面に着いた途端一気に体重がかかるんだもんなあ」

 

月の重力は半端だ。そこにいる者を本物にしてくれるわけでも、偽物と切り捨てるわけでもない。助かったハチマキ達も重力を全ては無効化できず負傷は免れなかった。ここにあったのは結局半端なものでしかない。だが、その半端さすらも無ければ彼らは生き残れもしなかった。
 
ハチマキ「忍法は禁止だ、禁止ーーっ!」
 
人はしばしば自分が無意味なことをしているように感じて思い悩む。けれどそれは1ではないだけで、見えないようでもちゃんと存在しているものだ。1/6だけだとしても、意味の重力から逃れられるものなど存在しないのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの6話レビューでした。初見時は「なんぞこれ???」と目が点になったのですが、2回目と3回目と見ていく内に愉快な見立てが浮かんできました。そしてその見立てからすると、やっぱりこの話も今までと同じ作品以外の何物でもない。河岸の変え方が面白いなあと思います。ビザや就労の問題に留まらず、自分が半端だと感じる人全てがメッセージを受け取れるお話なんじゃないでしょうか。
 
タナベ「せめて小悪魔って言ってください。あ、天使でもいいですよ?」
 
2話あたりからタナベは既に僕の中で天使です。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>