神を食らう温故知新――「異世界美少女受肉おじさんと」7話レビュー&感想

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
世界を塗り替える「異世界美少女受肉おじさんと」。生贄騒動の後編となる7話は、巨大イカが象徴する"旧き価値観"との争いのお話だ。
 
 

第7話 「ファ美肉おじさんとイカファイヤー」

巨大なイカを神と崇める奇妙な村で、生贄として誘拐された橘を探す神宮寺は、同じく生贄候補として捕らえられていたエルフの頭目ルーを発見する。
 
村の豊作のため美少女の生贄を要求する巨大イカを倒すため、ルーと協定を結んだ神宮寺はある大胆な作戦を提案する。

公式サイトあらすじより)

 

1.旧き価値観の支配者

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シェン「自分を殺すとまたイカが獲れなくなると言っているそうで」
神宮寺「知恵も回るとか果てしなくウザいな」

 

今回の舞台となる村はイカをやたらと推す奇妙な村であるが、7話ではその詳細が明かされる。かつて不漁が続き苦しんでいたところに突如巨大なイカが現れ、以来この村ではイカが大量に穫れるようになったため村人は巨大イカを神と崇めるようになっていたのだ。
ここまでならめでたしめでたしで終わりなのだが、問題は巨大イカが漁獲量と引き換えに生贄を求めるようになったこと、その生贄選びが次期村長の座を巡る権力争いにもなっていることである。
 

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巨大イカ「キリッとして少し生意気そう。胸は大きいよりは小さいよりで、パット見はチョロそうなんだけど屈服させる時は睨み付けてくるタイプの乙女を見つけてくるがいい」

 

巨大イカの要求する生贄はフェチ丸出し――彼(?)の価値観丸出しだ。そして生計を依存している以上、村人の生活や軽重の判断が巨大イカ中心になるのは自然なことだろう。外の人間を生贄に捧げる非道も疑問に思わないほど、村人の思考は巨大イカ支配下にある。宗教による戒律は法律や道徳の原型であるが、村人は神扱いする巨大イカにそうした価値観を縛られている、と言ってもいいだろう*1
 

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ルー「私と勝負しろ女!多数決だ、投票で決めるぞ!」
橘「またこれぇ?」
ミギー「ていうか、勝っちゃったら生贄だけどいいの?」
 
人を縛る価値観とは強力なもので、良くも悪くも損得から離れた判断を生み出す。生贄として死の危機に瀕していたエルフのルーが、自分より美しいという理由で橘が自分に代わる生贄になるのが許せないことなどはその一例だ。
 
 

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誰にでも譲りたくない一線はある。しかし1つの価値観に縛られている限り、人はその枠から飛び出せない。自分が好みのドンピシャな男がいれば、多数決なら……と再び橘に美しさの勝負を挑んだルーはまたも惨敗を喫する。彼女が橘を上回るには、美しさとは別の魅力を――価値観を見せねばならない。ルーが今回ぶつかる壁は、村人が囚われているのと同じものだ。
 
 

2.スーパーマン神宮寺の限界

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ルー「ばーか、死ね」
シェン「それだけ美味そうに食べてもらえればイカも本望でしょうね」

 

橘を探していた神宮寺とシェンに助けられたルーは、彼らと休戦協定を結び共にイカ殺しを謀る。橘と神宮寺への復讐が目的だった当初からすれば本来ありえないはずのこの協力関係は、すなわち彼女の抱えていた旧き価値観からの脱却とも言える(なので今回におけるその象徴、イカを食う)。
 

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ルー(この男、敵の時は厄介だが味方になるとこんなにも頼もしいのか。強く賢く、それていて冷静……そしてよく見たらイケメンだ)
 
旧き価値観から脱し、新しいそれで見れば新しい世界が見えてくる。これまでルーにとっては厄介な敵だった神宮寺は味方として見ればとても頼りがいがあって更にイケメンだし、彼女をエサにして「イカ釣り」を試みる神宮寺の発想はシェンが言うように普通の考えではない。一見、ここにあるのは新しいものばかりの組み合わせだ。……しかし人から見れば驚きの発想ではあるが、神宮寺自身は旧き価値観から抜け出せているのだろうか?
 

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神宮寺「いや、もう少し遠くまで投げるつもりだったんだが……」
 
神宮寺はルーをエサとして海に放り投げた際、常人離れしてはいるものの思ったほど遠くに飛ばせない自分の不調を訝しがった。今回の騒動を遠くから観察していた魔王軍のカームは橘と離れた状態の彼は「出力が落ちる」と指摘するが、これは言い得て妙だろう。人間離れした身体能力を持つ彼はしかし、旧き価値観から抜け出すのに十分な出力を一人では生み出せないのである。
 
 

3.愚者の啓示

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子供「バッカでえ!釣れるわけねえじゃん、イカは夜行性なんだぜ」
 
これまでも描かれてきた通り、神宮寺は優秀な男だ。容姿端麗品行方正にして成績優秀、あらゆることができて当たり前――つまりどんな無理難題をこなそうとそこには一切の意外性がない。枠からはみ出ることがない。分かりきった旧い価値観から抜け出すことがない。
けれど実際は世界はそんなに狭いものではなく、幼子でも知っているようなことを神宮寺だって知らない場合はある。全く釣れないのを不審に思っていた彼がイカが夜行性なのを知らないのかと子供に馬鹿にされる場面には、優秀なようでも全てを分かっているわけではない神宮寺の未熟さがよく現れている。そして彼に世界の広さをもっとも教えてくれるのはもちろん、ずっと彼と共にあった橘日向その人に他ならない。
 

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橘「なーにが生贄だ、美人に作った土偶でも与えとけ!」
シェン「メチャクチャなこと言ってますね……」
神宮寺「ああ、正直者なんだ」

 

橘はハッキリ言って馬鹿な人間だ。金を用意しても使う機会がなければ意味がないのにバイトに勤しんで赤点補習の危機に陥ったり、自分で頼んで勉強に付き合ってくれる神宮寺の教え方に文句を言ったり……その行状は愚かだとか身勝手だとか自業自得(自己責任)だとか形容するに相応しく、およそ正しいとは言えない。生贄から逃げ出そうとして村人につく悪態もおよそメチャクチャだ。しかし漫画のキャラクターのように理詰めで動ける方が本来は異常なのであり、神宮寺が言うようにその点で橘は人間の本質ひいては世界の広さを現す「正直者」でもある。
 

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神宮寺「そいっ!!」
 
そういう橘と共にあって初めて、神宮寺は旧き価値観を壊すに十分な出力を得られるのだ。引っ張り上げて巨大イカを村人の作った像に突き刺すなど、ただ普通に釣り上げるつもりだった神宮寺一人ではけしてできなかったろう。旧き価値観は、それを生み出した戒律は、その根源たる神はこうして殺されたのである。
 
 

4.神殺しの温故知新

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シェン「大丈夫なんですか?中にあのエルフの人がいるんじゃ……」

 
かくて旧き価値観は破壊されるが、人は全くの価値観無しで生きることはできない。そして、そこで生まれる新しい価値観は多くの場合旧き価値観のエッセンスとでも呼ぶべきものを取り込んでいるものだ。
 

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橘「かっ……カッコいいーーっ!」
 
像に突き刺されてもなお生きていた巨大イカは橘を食べようとし、またエサとしてその口中に収められていたルーも橘を道連れにしようとするが、神宮寺が投げ渡した刃物でルーは見事に巨大イカを切断する。注目したいのは、ここで使われた刃物が「ダマスカス包丁」という点である。
 

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橘「やっぱメッチャ切れ味いいんだなダマスカス包丁!」
 
ダマスカスはファンタジーではお馴染みの高品質な金属であり、巨大イカを切断するのにもってこいの代物ではある。だがいかにもファンタジーらしい装備をほとんど持っていない神宮寺達が本来用意できるものではない。彼が咄嗟に用意できたのはこれが包丁だったから――料理のための日用品だったからだ。もともと持っていたものを使うという点でここには旧い価値観が残っているし、しかしそれを別の用途に用いる点では新しい価値観でもある。そしてトドメを刺したルーが巨大イカを焼いて食べたことからも分かるように、これは戦闘であると同時に料理でもあった・・・・・・・・・・・・・・・・。全く別の使い方をした筈なのに、結局は本来の使い方に戻ってきたのだ。
 

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ルー「こんな美味しい神がいるかーい!こんなもんただのデカいイカイカ!」
 
新しい何かを生み出したはずが、旧い何かの要素を引き継いでいる。これはルーが巨大イカを神と認めない理由がイカはあくまでイカだからという理由だったり、巨大イカ信仰をやめようと皆に説く村人ヒダリーが演説の中で「イカがなものか」「このままではイカん」「新しい風が必要ではなイカ」とクドいくらいイカを繰り返したり、美しさではなく格好良さを見せたルーが望まぬ村長の座に選ばれるのが「満場一致」な部分では生贄の決定と変わらない点(橘を寄せ付けない点では望みどおりですらある)からも言えるだろう。そして異世界で新たな生活を送っているはずの橘と神宮寺にも、神宮寺の祖母の存在は今も何やら重しになっていることがこの7話では語られている。
 

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カーム「離れ離れになると出力が落ちる、か……ふふ、いいこと思いついちゃいました」

 
とにもかくにも騒動は終わりを告げ、しかし物語はこの一件を監視していたカームが「橘から離れると神宮寺の出力が落ちる」特性を利用しようと画策するところで幕を閉じる。騒動の終わりが全ての終わりではないのだ。
 

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科学が進んだ現代でも神秘を信じたい心は残っているように、人は旧き価値観を全て捨て去ることはできない。それを分解・消化し組み直すこと――神を食らう温故知新にこそ未来の可能性は秘められているのである。
 
 

感想

というわけでファ美肉おじさんの7話レビューでした。毎度の高度に発達したうんたらかんたらに当てはめるなら今回のそれは「新旧」になるでしょうか。かなりボンヤリした感覚で書き始めた割にはさほど迷わず、かつ想定してなかった内容に……終わってみるとルーが七面六臂の活躍でしたね。
 

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このイカ、歯のところはさすがに食用外ですよね???
 
 

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*1:クトゥルフ神話に詳しい人なら、神扱いされるのが二本足もある巨大イカなところに深く意味を見出だせるのかも?