嘘の架け橋――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」9話レビュー&感想

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
嘘を否定しない「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。9話ではプッチ神父の刺客・ミラションとの賭けの勝負が描かれる。ギャンブルにはイカサマ、嘘がつきものであり、今回は嘘の意義を問うお話だ。
 
 
死んだ女囚・エートロの姿を借り、徐倫たちと行動を共にすることになったF・F(フー・ファイターズ)。ある日、運動場で徐倫とF・F(フー・ファイターズ)がキャッチボールをしていると、女囚・ミラションが現れ、「100回まで続かない方に100ドル」と賭けを持ちかけてくる。徐倫たちは警戒しながらもその誘いに乗るが…
 

1.嘘の裁定者

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
ミラション「もう100回は続かない方に1,000ドル……」
 
徐倫達が今回戦う相手はプッチ神父にDISCを仕込まれたスタンド使い・ミラション。彼女が選ばれたのは懺悔の最中に十字架を盗む手癖と性根の悪さを見込まれたためだが、盗みというのは相手に悟られぬよう行う点で嘘を伴うものだ。
 

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
ミラション「神父様。私はここに収容されてかつての自分がいかに愚かだったか気が付きました。欲しいという気持ちを抑えられず、盗みを続けていた自分を本当に恥じています……」

 

実際、ミラションが十字架を盗んだのは窃盗の過去を懺悔し仮釈放を願ったその場でのことだった。DISCによってスタンド能力を得たことといい、ただのギャンブル狂を装って徐倫達に近づいたことといい、彼女の行動には常に嘘がつきまとっている。そして興味深いのは、この嘘つきミラションのスタンド『取り立て人マリリン・マンソン(以下『取り立て人』)』が何の因果か嘘に敏感なスタンドだという点だ。
 

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取り立て人マリリン・マンソン「私はエルメェスの心の影。お前らに私を攻撃することはできない」
 
スタンドと言えば本体の指示に従って動き敵を攻撃するものが主流であるが、『取り立て人』はそういった性質を持たない。ミラションとの賭けに応じた人間にルール違反があった場合に現れ、敗北者や違反者からチップを取り立てるのみ。また一切の攻撃を受け付けず金になるものなら相手の肝臓すら取り立てる点では無敵のスタンドではあるが、ルール違反の判定は違反者が内心でそれを自覚した時――つまり自分が嘘を付いたと感じた時だけだ。
 
『取り立て人』とは不正や不履行(賭けの失敗)といった嘘をキーに起動するスタンドであり、ミラションが能動的に動かせない点からも分かるようにその性質は"嘘の裁定者"とでも呼ぶべき公平なものだ。そして嘘をヒントにこの9話を読み解こうとする時、視界に収めるべきは徐倫やミラションだけではない。新たな仲間であるF・F(フー・ファイターズ)もまた、見逃してはならない存在だ。
 
 

2.嘘つきフー・ファイターズ

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
徐倫「あたしはF・Fを信用するし、ホワイトスネイクはF・Fが生きているということを知らないはず。一番安全よ」
 
徐倫との戦いに敗れた後、彼女を守りたいと行動を共にするようになったF・F。しかしプランクトンがそのままの姿で同行できるわけもなく、死んだ女囚エートロを装うことで彼女(?)は徐倫達と共にいることができている。出自やホワイトスネイクからは死んだと思われている点を含め、彼女の中にあるのは大量の水分だけではない。その存在は多量の嘘によっても組成されている。
 

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徐倫「あんたさぁ、ボール投げたことないでしょ」
 
実際、今回彼女が見せるのは人間を装うが故の嘘くささの数々だ。他人が嘔吐した水でも気にもしなければ、未経験だから投球フォームもメチャクチャ。見た目が人間になってもプランクトンとしての本性は変わっておらず、その姿はどこまでも嘘でしかない。
 

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F・F「フー・ファイターズ……声のする方によー、ぶち込んでやったぜテキトーによぉ!」
 
しかし一方でF・Fはプランクトンであるが故の、人間としては嘘であるが故の有用性も大いに発揮している。プランクトンとしての体を銃弾のように発射したり、隙間に侵入させることで閉じたエレベーターの扉をこじ開けるといった芸当は本物の人間にはけしてできない。そしてこれが生得のものである以上、F・Fは自分が嘘を付いているなどとは夢にも思わず『取り立て人』も現れない。人間としては間違いなく嘘の能力なのにも関わらず、だ。
 

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ミラション「あたしには証明できないが……エルメェス、彼女自身は分かっている。間違いないわ、彼女は今ルールを破った。なぜなら取り立て人マリリン・マンソンが現れたから」
 
『取り立て人』はあくまで嘘の裁定者――嘘の理非や善悪を裁く存在であり、全ての嘘を否定するわけではない。取り立ての対象となるのは、相手が自分の嘘に対して罪の意識や敗北感を抱いた時だけだ。そしてこの判断基準は意外にも、今回冒頭のプッチ神父の言葉を振り返ることでより深い意味を持って立ち現れてくる。
 
 

3.嘘の架け橋

冒頭、プッチ神父はミラションを刺客に仕立てる際、彼女の頭を机に叩きつけて気絶させた。罪を悔い仮釈放を乞いながら巧みに十字架を盗んだりしたのだから腹も立つだろうが、彼はこうも言っている。
 

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プッチ神父「性悪な本性は治らない。だがこの才能を否定してはいけない」
 
プッチ神父はミラションを罵りながらも認めているのだ。才能と呼んでいる点からも分かるように、その嘘に可能性があると言っているのである。
もちろん彼が期待したのは刺客としての可能性に過ぎないが、嘘で可能性を切り開いたのはミラションだけではない。先に記したように、今回のF・Fの活躍は彼女が人間としては嘘だからこそできたものだった。ならばミラションの奸計に対する徐倫の逆転劇もまた、そうした嘘に基づいたものと解釈してみるべきだろう。
 

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看守「これでよォー、いいんだろう?ミラション」
 
「自分が千球キャッチボールできるかどうか」を賭けの条件に挑みF・Fとボールを投げあいながらミラションを追っていた徐倫の投球は、ミラションに買収されていた看守の妨害によってあっけなく潰えた、ように見えた。直後に閉じるエレベーターの扉は、ミラションの買収という嘘に徐倫が閉じ込められた状況ともリンクする。しかし徐倫は閉じ込められながらもスタンドの糸で看守のポケットからボールを解体して盗み、自らの手元でボールの革を結び直した。徐倫はこの時、いわばルールの牢獄を抜け出し自分で結び直すためにスタンド=嘘の能力を行使したのである。そしてそんなのはルール違反ではと困惑するミラションに、徐倫は悪びれもせずこう言ってのける。
 

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徐倫「いや、あたしはキャッチボールの相手は指定しなかった。看守でもいいもの」
 
自分はキャッチボールの相手を指定していない、だから看守が掴んだボールを取り返せばキャッチボールは続いている……これはほとんど屁理屈であろう。嘘であろう。しかし看守について嘘をついていたのは他ならぬミラションだ。その看守を利用することは、プッチ神父がミラションの才能・・自体は否定しなかったのと同じことなのである。
 
「嘘つきは泥棒の始まり」という言葉もあるように、嘘には性悪な本性がある。今は多くの人が自分こそ真実を知っているとうぬぼれながら流言飛語に踊らされる時代だし、人はどうあっても他人の言葉を真実そのままではなく自分に都合のよい嘘として盗んで(解釈して)しまう生き物だ。
しかし一方で、嘘とは今その場では不可能なものへ想像の手を伸ばすためのものでもあるはずだ。元はと言えば徐倫がミラションの賭けに乗ったのも、今は実行はおろか計画すら立てられない父のスタンドDISC返却の手立てを得るためだった。
 

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徐倫「DISCは必ず父さんに戻す。ホワイトスネイクが持っているもう一枚も必ず……!」
 
ミラションを撃破し、徐倫は奪われた2枚のDISCを必ず父の元に戻すと宣言する。それがけして簡単ではないことは、たかがキャッチボールで死にかけた今回の戦いからも明らかだ。しかしまだ見当もつかない嘘のような状況であっても、そこから始めなければ望む結果にたどり着けるわけもない。
 
空想と現実の架け橋を示すこと。それこそは性悪な本性を持つはずの嘘の、それでも否定すべきでない才能なのである。
 
 

感想

というわけでジョジョ6部アニメ9話のレビューでした。プッチ神父の言う人と動物の違いは神を信じるかどうかではないかとなんとなく思うのですが、そこに嘘(虚構)を代入できる内容だったように思います。あと嘘を取り扱い続ける「プリンセス・プリンシパル」のTV最終話が「究極の夢は嘘である」と読めるような内容だったのを個人的に思い出したりも。
 
 
原作から結構改変のあった回ですが、このへんは読み比べてみるとテーマで違いも感じられるのかしらん。F・Fのアシストを噛み締め直す感じにもなって面白い視聴時間でした。
 

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©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
本当にミラションの髪型はどうなってるんだろう。そしてこの場面すごくセクシー。
 
 

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