不思議のコンパス、彼方と繋がる手――「プラネテス」10話レビュー&感想

距離を測る「プラネテス」。10話ではユーリの過去が明かされる。今回は彼の探しものを通して遥かな彼方と手を繋ぐお話だ。
 
 

プラネテス 第10話「屑星の空」

デブリ課員のユーリ・ミハイロコフは、5年間一度も有給休暇を使ったことがなく、ToyBoxにカーネーションを飾ったり、一人宇宙を眺めていることが多い。ある時ハチマキは、ユーリが毎週資料課でデブリのデータを調べていることを知る。彼には捜し続けているものがあったのだ。
 

1.疑似三角関係勃発!?

この10話では三角関係が一つの鍵になっている。ただ、それを構成するのはハチマキとタナベとチェンシン……ではない。ユーリだ。
 
タナベ「やった、10分切った!……10分切れるようになりました」
 
今回のタナベは元気がない。前回ギガルトが癌に冒されていることを一人知り、ハチマキには明かさないよう頼まれたことが彼女の肩に重くのしかかっている。嫌味を言われても上の空だったりフィッシュボーン(小型デブリ回収船)の操作を誤る不調ぶりはハチマキからも不審がられるが当然彼に話せるわけもなく、それはいっそう彼の不満を強めてしまう。
 

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© 幸村誠講談社/サンライズ・BV・NEP

 

また10話はユーリの過去が事態を動かす話でもあるが、その前に描かれているのは彼の不可解な行動の数々だ。ユーリはもう5年も有給休暇を(取れないわけでもないのに)取っておらず、また資料課に足繁く通い調べ物をしているが、それらの理由はハチマキ達には全く明かされない。
ユーリがデブリ課のスペースで大量に預かっている動物の世話にしろ調べ物にしろ、彼に頼まれて断るほどハン課の人間関係は悪くない。にも関わらずユーリが自分達を頼ってくれないことに、これまたハチマキは不満を抱く。
 
ハチマキ「手伝ってくれとかあってもいいだろ、仲間ならさあ!なんだよ、俺に隠れて色々とさ……」
 
ハチマキは今回タナベにもユーリにも不満を抱いているが、それは彼らが自分と悩みを共有してくれないことへの不満だ。チェンシンの前ではけなすばかりだが彼はタナベを相棒と認めてはいるし、ユーリとはもう3年も共に仕事をしている。信頼しているのだ。なら、自分を頼ってほしいと思うのは心理として自然なことだろう。けれどタナベとユーリは自分に事情を明かさず、あまつさえハチマキは彼らがこっそり語り合っていたらしいところを目撃してしまう。頼ってほしい自分を差し置いて、自分には明かしてくれない悩みを二人だけで共有している――そんな認識が相手との距離感や自尊心をひどく傷つけるのは言うまでもなく、だからハチマキは子供のように拗ねてしまう。
 

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© 幸村誠講談社/サンライズ・BV・NEP

 

ハチマキとタナベとユーリが形成する三角形は恋愛を核としてはいないが、こじれる感情だけ見れば全くの別物でもない。いわば近からず遠からずだ。そして実はこの"近からず遠からず"こそは、問題解決に大きな力となってくれるものでもあった。
 
 

2.タナベとユーリが抱えるのは距離の問題

先の段で書いたように、タナベは悩んでいた。余命の秘密などと重いものを抱えて悩まないわけはないが、彼女がらしくないほど悩んでしまうのはそれがハチマキに関係してもいるからだ。
 
タナベ「すっごく大切で尊敬してて、でもそんな人が突然いなくなっちゃったら……代わりの人なんていないんです、その人じゃなくちゃ駄目なんです。そういう人がいなくなるんです。きちんとお別れもできないまま……」
 
前回タナベは、ギガルトが自分の先生だと言うハチマキに対して自分の先生はハチマキだと置き換えてみせた。逆に言えば彼女にとって、ハチマキとギガルトとの別れの想像は自分とハチマキの別れの想像に置き換えることができる。もちろんそちらの悩みだけで頭がいっぱいになってしまうわけではないが、心理として全く影響を与えないと考えるのもそれはそれで無理がある。そしてこの悩みはどちらもハチマキに関するもので、だから打ち明けられるわけがない。
 

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© 幸村誠講談社/サンライズ・BV・NEP

タナベ「そんなんじゃありません、私は先輩が!……あ……」

 
意見の衝突は絶えないが、タナベはハチマキを慕っている。彼をとても近くに感じている。そしてそれ故、今抱えている問題をハチマキとは共有できない。"近づいているから近づけない"……タナベが置かれているのはそんな状況だ。そして三角形を形成するもう一人であるユーリは、実はタナベと全く逆の立場に置かれている。
 
ユーリ「おいおい、そんな顔するなって。どこにも行きゃしないさ」
 
ユーリにはかつて、事故で妻を失った過去があった。デブリと化したたった1本のねじが高高度旅客機の窓に激突、たまたま船尾にいたユーリは助かったものの、キャビンにいた妻は遺品一つ残さず宇宙へ消えてしまったのだ。
宇宙船を怖がって、ちょっと離席するだけの夫を見つめる不安そうな顔。それがユーリが見た妻の最後の姿だった。まともな挨拶も交わせず、二人は離れ離れになってしまった。
 
ユーリ「大切な人がいなくなるとね、悲しくも辛くもないんですよ。何にもないんです、気持ちが」
 
回想される妻との会話ではにこやかだったユーリは、しかし今はすっかり感情の起伏に乏しくなってしまっている。そして彼が資料課に通っているのは、他社が回収したデブリの中に妻の遺品のコンパスが無いか確認するためだった。数年が経っても、彼は事故を自分の中で清算することができていなかった。タナベとは逆に、亡き妻と"離れてしまったから離れられない"……それがユーリの置かれている状況だったのである。
 
タナベ「ユーリさん、大切な人がいなくなっちゃうってどんな気持ちなんでしょう」
 
タナベとユーリの抱えた悩みは共にたった一つのもので、他の誰とも完全に共有できはしない。悩みの中心にいる人にこそ話すわけにはいかなかったりもう話すことができず、二人は彼らの近くにいけない。
だが完全ではないとしても、いや、完全でなければ共有できないわけではないはずだ。タナベにとってユーリはハチマキではないからこそ部分的に悩みを打ち明けられたし、部分的な悩みだからこそそれはユーリにとって自分と照らし合わせて見られるものだった。彼らの悩みは互いが互いにとって"近からず遠からず"だったのだ。
 
"近づいているから近づけない"、"離れてしまったから離れられない"……距離に関するタナベとユーリの悩みは、対照的ながら確かに重なり合っている。なら、近づきたい時あるいは離れたい時に進むべき方向も一つだけとは限らない。
 
 

3.不思議のコンパス

ハチマキ「ユーリがやられた!救助する、情報をくれ!」
 
距離の問題に悩まされるハチマキ達の三角関係は、後半発生するトラブルによって大きな変化を迎える。デブリ回収中に襲来した小デブリ群を浴び、ユーリが気を失って大気圏に引っ張られてしまったのだ。
 
フィー「どうしたのユーリ、分かってるでしょ!?」
 
デブリ群の出現は突然のものではなく、デブリ回収船TOY BOXの船長フィーはハチマキ達に情報を送っていた。それでもユーリがデブリを浴びてしまったのは、妻の遺品のコンパスらしきデブリに目を奪われそれに手を伸ばしていたからだった。"離れてしまったから離れられない"妻との関係は、ついには命の危険が迫ってもそこから逃れられないほど強くユーリを縛り付けてしまっていた。
 
ユーリは結局ハチマキ達の奮闘で命を拾うが、彼とコンパスの軌道はこの10話を見る上で極めて物語的・・・だ。当初彼は右手を伸ばしコンパスまであと少しと迫っていたが、故に小デブリ群の影響を受け大気圏に落とされそうになる。ユーリはこの時"近づいているから近づけず"コンパスから離れてしまった。しかし誰かに手を掴まれた気がして目を覚ました彼の左手……そう、伸ばしていなかったはずの手にはいつの間にかコンパスが握られていた。
 
『Please save Yuri(ユーリを守って).』
 
ようやく手にしたコンパスの蓋の中には、妻がお守りに刻んだ言葉があった。「ユーリを守って」……夫婦の間にも秘密は必要だからと見せてはくれなかった言葉があった。"近づいているから近づけなかった"ユーリとコンパスは、いや妻の思いは"離れてしまったから離れられなかった"のだ。その思いこそは小デブリ群の接近を忘れ、大地に燃え落ちそうになるほど自分の進む道を見失っていたユーリに方角を教えてくれる、文字通りのコンパスであった。
 
 

4.彼方と繋がる手

人と人の関係は常にジレンマに満ちていて、だからいつの世も私達は似たような悩みを抱えている。"近づいているから近づけない"、"離れてしまったから離れられない"……そんな経験は多くの人に覚えがあるだろう。しかしそれは同時に、どんなに類例の無い悩みも所詮同じようなものに過ぎないとも言える。
 
ハチマキ「俺さ、ユーリのこと水臭いと思ってたんだ……けど」
タナベ「けど?」
ハチマキ「ユーリは仲間だけど、仲間だから知らせたくないこともあるんじゃないかなって」

 

人が物語を見て勇気づけられることがあるのは、一つにはそれが自分と"近からず遠からず"に思えるからだ。自分と異なる誰かの、その人物だけの悩みと知っていて、だから自分と重ね合わせつつも少し距離を置いて見ることができる。そしてその距離があればこそ、私達は自分の臓腑を見るよりも正確に己の内心に気付くことができたりもする。時には"近づいたから離れられる"ことも、"離れたから近づける"こともある。近いだけでも、遠いだけでも駄目なのだ。
今回の一件でハチマキやタナベは全てを話すだけが相手の想い方ではないことを学んだが、これは二人が直接近づいて話すのではなくそれを離れてユーリを通して見たからこそ得られたものだろう。そしてもちろん、この恩恵を受けるのは彼らだけではない。擬似的な三角関係の中にいたのはハチマキとタナベだけではないのだから。
 
フィー「今まで散々デブリを拾ってきたんだ。ま、造花の1本ぐらい大目に見てくれてもいいだろ」
 
事件が終わった後、ユーリは弔いの花を捧げる。愛した妻に贈れる花はわずか造花1本だけ――デブリ屋がデブリを増やすわけにはいかない。しかしこれまでデブリ回収に心魂を傾けてきた彼でなければ、その1本を捧げる資格はなかったろう。デブリ屋としての自分と夫としての自分の双方から"近からず遠からず"だからこそ、ユーリはようやく妻を送ることを許された。
 

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© 幸村誠講談社/サンライズ・BV・NEP

 

「私の愛は生きている」……ユーリの捧げた白いカーネーションは、宇宙に消えた妻から数年越しに送られたメッセージへの返歌となって彼方へ消えていく。"近からず遠からず"の果て、時間や生死や次元といったあらゆる距離を越えて私達の手は繋がっているのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの10話レビューでした。これはなんというか、舐め尽くすように見られるお話ですね。"近からず遠からず"という見立ては割とポンと出たのですがそれだけだと上手くスイッチが入らず、枕に擬似三角関係を持ってきたりコンパスについて整理する中で具体的になっていった感じです。
8話でも「双方向」と書いていますが、月から戻っての第2シーズンとでも呼ぶべき物語の輪郭が見えてきたように感じられた回でした。次回も楽しみです。
 
 

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