地続きのキス――「プラネテス」14話レビュー&感想

思い繋がる「プラネテス」。14話、新造宇宙船にはしゃぐハチマキは子供のよう。いや、そこに明確な線引などあるのだろうか?
 
 

プラネテス 第14話「ターニング・ポイント」

新型ToyBox2が配備されハチマキは子供のように喜ぶ。そんな中、デブリ課に社内恋愛禁止令が出される。テクノーラ社内で上司の娘を妊娠させた男のことが問題になったのだ。その会社のやり方に反発するハチマキとタナベ。そんな折、ToyBox2で宇宙に出たハチマキ達に、その噂の男から通信が入った。
 

1.時空を越えた地続き

ラビィ「社内恋愛は色々面倒なことになりがちなんですよ」
タナベ「だからって……」

 

ハチマキとタナベの恋愛と第3事業部のいざこざが絡み合う14話は、遠く離れたものとの地続きの関係を描いた話だ。例えば今回は課長補佐のラビィが社内恋愛禁止の指示を出すが、これは第3事業部で事業部長の娘と平社員の娘の恋愛が騒動になっているのを踏まえて揉め事を防止しようと決めたもの。宇宙ステーションISPV-7の第2事業部は月の第3事業部から遠く離れているが、同じ企業である以上そこには地続きの関係がある。
 
ハチマキ(やっぱりあそこまで行った以上、ちゃんとしないといかんよな……)
 
また前回いい雰囲気になったハチマキとタナベは九太郎のロケットによってキスには至らなかったが、だからといってそれはなかったことにはなっていない。遠い地球で未遂に終わったその出来事は彼らの中で地続きになっていて、二人はようやく自分の恋愛感情を認識できるようになっていた。
 
タナベ「わたし、いつから先輩を好きになっていたんだろう」
 
ハチマキとタナベがようやく思いを通わせようとした瞬間にちょうど社内恋愛が禁止される今回は戯画的だが、こうした思わぬ地続きはけしてフィクションの中に限らない。現実でもロシアのウクライナ侵攻は戦地だけでなく海産物価格や半導体の流通等にも影響を与えているし、作者逝去により未完に終わったみなもと太郎の「風雲児たち」は明治維新を理解するには江戸時代の始まりから描く必要がある(=地続きになっている)との視点に立っていた。もちろんここまで大きな話ではなくとも、自分の恋愛感情がいつからのものか分からないというタナベの言葉は少なからぬ人にとって体験から納得できるものだろう。時間や空間で隔てられようと、因果というのは地続きで繋がっているものなのだ。
 
 

2.地続きのキス

ハチマキ「成績はいいかもしんねーけど性格ブスばっかじゃん、テクノーラの女って!……げっ……」
 
時間や空間で隔てられようと因果は地続きにある。これはしばしば厄介なものだ。11話のテマラの宇宙服は国際規格をクリアする見事な出来だったが故国エルタニカへの連合の侵攻が理由で採用の機会を奪われたし、売り言葉に買い言葉であってもハチマキが「テクノーラの女社員は性格ブス」などと口にすればそれはタナベへの侮辱になってしまう。地続きで明確な境目もない以上、人はしばしば他者の踏み込んでほしくない領域に立ち入ってしまう。例えば恋愛禁止令の発端である第3事業部長の娘と平社員の恋愛は、事業部長にとって不可侵の領域への侵犯であった*1
 
ラビィ「お前はデブリ回収免許しかもってないだろう?小惑星デブリで自然物じゃないんだ!」
ハチマキ「そんなの関係あるか!」
ラビィ「あるんだよ!宇宙環境保存法ってのがあってな、連合法に違反すれば犯罪者だぞ!」

 

こうした侵犯に対応するため、人はしばしば見えないものに境界線を引こうとする。もっとも分かりやすいのはもちろん法律で、劇中でも宇宙環境保存法なる法律によって小惑星デブリと区別され手出しできないことが語られている。ぶつかれば対象を破壊するのは同じであるにも関わらず、だ。

 
ハチマキ「気にすんな、俺はやりたいからやってんだ。あんたもやりたいようにやれよ、親とかヒラとか関係なくさ」
 
人は知性あるが故に見えないものに境界線を引く力を持っており、その行為はけして間違いではない。代表例である法律がなければ私達の社会が崩壊してしまうのは言うまでもない。ただ注意が必要なのは、これは目に見える境界線でない以上正確なものとは限らないことだ。
 
古今東西悪法と呼ばれる法律はいくらでもあったし、法律に違反しなければ何をやってもいいなどということももちろんない。私達が引く目に見えない境界線はあくまで仮初のもので、絶対的な正しさを保証していはない。厄介だが、だから時にはそれを飛び越えたり見つめ直す中で新たな何かが生まれることもあるのだ*2。事業部長の娘と平社員の間にロマンスが生まれたり、第3事業部長へのハチマキの反発がタナベの怒りを解いたり恋愛禁止令への反発にも繋がるのはその好例と言えるだろう。成人したハチマキに未だ残る子供っぽさが時にはプラスに働くように、見えない境界線の向こうは果てなきフロンティアへと地続き・・・になっている。
 
騒動の後、ようやく交際を申し込んだハチマキにタナベは口づけする。それは地球で二人がしそうになったキスの続き――いや、あの時重なりかけた思いと地続きのものだ。地球と宇宙、時間と空間、好感と反発といった様々なものに隔てられたはずの二人の間に、それでも境界線などは存在していなかった。どれだけ離れようと、本当の意味で離れてはいなかった。
ハチマキとタナベのかわした口づけとは、見えない境界線を取り払う力を秘めた"地続きのキス"なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの14話レビューでした。昨日は疲労困憊なのに寝付きが悪く今回レビューが書けるかとても不安だったのですが、いつもよりずっと少ない視聴回数で見立てにたどり着くことができました。物語半ばにしてここまで進んだことにびっくりしつつ、それがドラマチックでロマンチックで必然性に満ちていることにびっくりしております。お仕事とか哲学とか恋愛といったジャンル的な境界線すら取り払ってるぞこれ。
これから更にテーマが深まるであろうこの底知れなさ、楽しみです。
 
 

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*1:同時に、これを理由に事業部長が平社員を島流し同然の目に遭わせるのは公私混同という名の侵犯だ

*2:ナマコのキャッチ結合組織が新しいコンセプトの装甲素材になる可能性を秘めているように