正直者こそ嘘をつく――「プラネテス」17話レビュー&感想

内なる魔を見る「プラネテス」。17話は知り合いが来ていないか尋ねられたギガルトが嘘をつく所から始まる。今回は正直者が嘘つきだと暴くお話だ。
 
 

プラネテス 第17話「それゆえの彼」

木星計画担当官ロックスミスデブリ課を訪れた。どうやらハチマキの父である星野ゴローを探しているらしい。理由を聞くと木星往還船『フォン・ブラウン号』のクルーにスカウトしたいとのこと。興味がなく隠れていたゴローに木星行きは人類の夢だとハチマキは力説するが、まったく相手にされない。そんな時、フォン・ブラウン号のエンジンが大事故を起こす。
 

1.悪魔のようでも確かに人間

ロックスミス「爆発した2号エンジンが残したデータには満足しています。次は失敗しません、ご期待ください」
 
ゴロー「はっ!」
 
今回は星野ゴロー、そしてウェルナー・ロックスミスの二人の男が登場する。ハチマキの父にして伝説的な機関長、常に飄々としたゴローも印象的だが、より強いインパクトを残すのはやはりロックスミスの方であろう。フォン・ブラウン号の設計者にしてタンデムミラーエンジンの開発者である彼は有能だが常人からかけ離れた価値観を持っており、自らのエンジンが起こした事故で研究施設が吹き飛び多数の人間が犠牲になっても顔色一つ変えない。責任を取るとは言うが役職を辞するわけではないし、また彼は自分が更迭されることはないと確信している。極めつけとして挙げられるのは、更迭されない理由を語る際に彼が見せる自己認識の凄まじさだ。
 
ロックスミス「大丈夫、研究施設の2つや3つふっ飛ばしたところで私が更迭されることはないよ。何故だと思う? それはね……」
 
ロックスミス「私が宇宙船以外何一つ愛せないという逸材だからさ」
 
自分にとっては宇宙船だけが愛の対象なのだとロックスミスは言う。それはつまり、他のあらゆるものが彼にとっては替えの効く存在に過ぎないということだ。金や権力はおろか、人の命すらロックスミスにとっては価値を持たない。事故による324人もの死者は――その中に6話のニンジャがいるのを知る私達は、これを単なる数字とは認識できない――彼からすればモルモットの死骸と大差ないのだ。
 
 
タナベ「なんて人!? 大勢死んでるんですよ、それなのに平気で実験を続けようなんて信じられません!」
 
記者会見でも罪悪感の欠片も見せないロックスミスの態度は、タナベが憤るように常人離れしている。ただ、彼が人間的な感情を持たない男だというのもこれまた誤りであろう。先に触れたように、ロックスミスは宇宙船だけは愛せるのだ。例えば手塩にかけた宇宙船を誰かに理不尽に壊されれば、彼は恋人を傷つけられたように敏感な反応を返すことだろう。
 
ゴロー「人間性はともかく自分のワガママを取り繕う素振りがまるでない。ああいう悪魔みたいな男はいい仕事するぞ」
 
ハチマキ「ワガママ……」
 
劇中でゴローが評するようにロックスミスは悪魔じみている。しかし悪魔そのものではない。彼はただ正直なだけだ。自分にとってもっともかけがえないものが何か自覚し、その気持ちに素直に動いているに過ぎない。これは一般的にワガママと言われるものだが、ワガママであることはロックスミスもまた間違いなく人間である証なのである。
 
 

2.正直者は嘘をつく

ゴロー「ワガママになるのが怖い奴に、宇宙は拓けねえのさ」
 
かけがえのないものに正直でいるのは素晴らしいことだ。前回のハチマキがそうであったように人間はともすると言い訳して自分の思いから目をそらしがちだし、全知全能でない以上は望むもの全てを手に入れられはしない。自分にとって何がもっとも大切なのか選ぶことで、人はまっすぐ前に向かって進める。……だがその時、選ばれなかったものはどうなってしまうのだろう?
 
ギガルト「気にすんな。火星で一緒にソーセージ盗んだ仲だろう」
 
最初に書いたように今回冒頭、ハチマキの師であるギガルトはロックスミスにゴローの行方について尋ねられたが会っていないと嘘をついた。彼にとってはよく知らない男へつく嘘よりも、旧友のゴローをかくまうことの方がずっと大事だった。
 
クレア「一年生でもしないようなミスをしてるんだもの。仕方ないわ」
 
11話のテマラの一件をきっかけに思い悩むことの多くなった管制課のクレアは、優秀だったはずがいつの間にか新人でもしないミスを繰り返す劣等生に落ちこぼれていた。かつて全てをなげうって手に入れようとしていた"貴族(少し前の言葉で言うところの『勝ち組』か)"の座への思いは、自分がそういう他人を踏みにじる人間になれないという気付きの前では無価値になっていた。
 
ハルコ「ま、とにかく期待しないで待ってるわ。体に気をつけてね」
ゴロー「ああ、君もね。愛してる。また連絡するよ、じゃあ」

 

ハチマキの父ゴローは年に1度も家に帰らないほどの宇宙好きだったが、この17話の始まりの時点では宇宙に飽きて地球の妻ハルコのところに帰ろうとしていた。しかし記者会見でのロックスミスの態度に興味を惹かれた彼は舌の根も乾かぬ内に妻との約束を撤回し、フォン・ブラウン号への乗船を決めてしまう。直前の電話では世辞ではなく本心で「愛してる」と言っていた彼の心変わりを、ハルコはこう呼んで非難する――そう、「嘘つき」と。
 
ゴロー「そんな……嘘つきって言われたってその通りだけど……」
 
命も愛も、それ自体はどうやっても他に替えようのないものだ。タンデムミラーエンジンの事故で死んだ人間は千金を積んでも返ってくることはないし、ゴローも別によそで女を囲っていたりするわけでもない。だがそれ以上に大切なものがあると感じた時、人は選ばれなかった方をかなぐり捨ててしまう。もっともかけがえのないもののために、他の全てを替えの効くもののように扱ってしまう――かけがえないはずのそれを『嘘』にしてしまう。
 
ハチマキ「大勢の命を奪うそのロケットが完成した時、フォン・ブラウンの仲間の一人がこう言ったんだ。『今日は宇宙船が誕生した日だ』……それから20数年経って、フォン・ブラウンはサターンロケットで初めて人間を月に送ったよ」
 
人は残酷な生き物だ。殺し合いとなれば自分が生き残るために他人に目を覆うような酷いことをやってのけるし、宇宙への夢のためならば偉人達はワガママを人類全体の問題にすり替えたり人殺しのロケット兵器を作ってみせたりもする。主人公のハチマキも今回自覚するように例外ではなく、ようやく愛しさに素直になれたタナベを置き去りにして木星へ7年間も旅立とうと考え始めている。
 
ハチマキ「たぶん、俺もそういう奴なんだよ」
 
人は正直になった時こそ嘘をつく。自分にまっすぐな正直者こそは、全てをねじ曲げる悪魔のような嘘つきなのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版のプラネテス17話レビューでした。すみませんすっかり遅くなりました、さすがにとっかかりを見つけるのが大変で……数日寝かせてどうにか自分なりに筋の通ったテーマを見つけることができてホッとしました。
 
ロックスミスの記者会見の原作の一コマは以前別の場所で見たことがあったのですが(紹介した人は確か彼を理想の存在のように扱っていた)、原作とアニメで違うとは言えこんな場面だったのですね。後年の「ヴィンランド・サガ」における愛と差別の違いを連想せずにはおられません。声を聞く機会のめっきり減った飯塚昭三さんのゴロー、もはや新たに声を聞くことの叶わぬ石塚運昇さんのロックスミスという配役もなんともまた。残り9話、ハチマキがどんな選択をすることになるのか。今までにも増して重い話になってきました。
 
 

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