私を捉え直す「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」。2期7話で披露される三船栞子の歌では時計が重要なモチーフになっており、その針が動き出すラストも強い印象を残す。今回はこの、時計が動くメカニズムに迫ってみたい。
ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会2期 第7話「夢の記憶」
(公式サイトあらすじより)
1.求められる答えは
「社会の歯車」という言い回しがある。時計を始めとした機械に社会を、そして機械を構成する歯車に人間を例えた、どちらかと言えば否定的に使われることの多い表現だ。そして今回の主人公である虹ヶ咲学園1年、三船栞子は自分が歯車であることに自覚的な人間である。
栞子「身の丈に合わないことに入れ込むより、向いていることだけに全力を尽くす。そうすれば皆さんの役に立てるし喜んでもらえます。それが間違っているとは思いません」
人間にはやりたいこととできることの2つがあるが、これまで描かれてきたように栞子は常に「できること(適性)」を重視してきた。前回の菜々=せつ菜の正体をいち早く知った時にとやかく言わなかったのもそれが相手にとって「できること」だったからだし、スクールアイドルのサポートをするのもそれが自分に向いているから。文化祭とスクールアイドルフェスティバルの合同開催の発案者であることからも分かるように、彼女は社会が歯車の組み合わせで動いているのをよく把握している。自分を歯車として見ることにためらいがないのもその理解の深さ故であろう。
栞子「お姉ちゃん……」
なぜ栞子は社会が歯車の組み合わせで動いているのをよく理解しているか? それはこの2期7話で明かされる。4話から虹ヶ咲学園の教育実習生として登場している彼女の姉・薫子は、幼い頃の栞子にとって憧れの的だった。格好良くて優しい姉がスクールアイドルとしてステージで歌う姿に栞子は魅了され、自分も高校生になったらスクールアイドルになるのだと夢見ていたのだ。だが栞子いわく「歌やダンスの実力も高く努力も惜しまない」薫子はスクールアイドルとして結果を出せたとは言い難く、全国大会であるラブライブ!でも予選落ちに終わってしまった。
栞子(もしもスクールアイドルの適性が無いと最初から分かっていれば、姉さんは不要な後悔をすることもなかった)
引退の挨拶で涙を流し言葉に詰まってしまった姉の姿を見て、栞子は痛感したのだ。どれほど才能に恵まれ努力を重ねようとも*1、そこに歯車としての適性がなければ社会には受け入れられないのだと。だから人はまず自分が歯車として社会構造の中に入れる場所を探すべきであり、そうすれば苦しまずに済むのだと彼女は考えるようになった。
栞子(わたしは同じ失敗をしない。いえ、誰だってそんな思いをするべきじゃないんです)
栞子のこうした考えは一見すると全体主義的だが、厳密にはそうではない。彼女の目線は歯車(個人)の奉仕によって動く機械(社会)ではなく、あくまで機械に組み込まれることで生きる場所を得られる歯車に向いている。全体主義的な構造を受け入れてはいるが、栞子が大切にしているのはあくまでそこにいる個人なのだ。
今回のようなテーマで描かれがちな「私達は社会の歯車じゃない」といった考えや、当初同好会が誘いに失敗するような「やりたいことをただやるべきだ」という意見は栞子への解答としてふさわしくない。ラストの歌に機械式時計が登場することから分かるように、彼女に必要なのは歯車を否定することなく時計の針を動かす答えなのである。
2.反転する奉仕関係
歯車に囚われた栞子を、歯車を否定することなく解放する。この難題を解くヒントは、今回の話のあちらこちらに提示されている。
璃奈「……一緒に、どうかな」
例えば同好会の璃奈達は短期留学生のミア・テイラーを文化祭とスクールアイドルフェスティバルの合同イベントに誘うが、ミアは興味を示さない。名門音楽一家の出身である彼女にとって、フェスはしょせんアマチュアの遊びに過ぎないからだ。そんなミアを会場の一つである紫苑女学院に向かわせたのは「アマチュアだってプロに負けない!」といった情熱的な説得ではなく、紫苑女学院には彼女の好物であるハンバーガーの限定品が売っているという理由付けであった。
せつ菜「フェスの様子を参加者として確かめるのも大切な仕事ですよ! さあ、行きましょう!」
またかつて栞子がスクールアイドルを目指していたと知り彼女を誘った同好会の面々は一度は断られてしまったが、もう一度誘うにあたってはまず一緒に合同イベントを回ることを誘う。運営の責任者なのだからと栞子が断ろうとすれば、フェスの様子を参加者として確かめるのも大切な仕事だと言いくるめる。
栞子「ちょっと……」
この2つの出来事に共通しているのは、相手の考えを否定しないが行動は翻らせていること、そしてそのために上下構造が反転していることだ。本丸であるフェスや学園祭は名目上ハンバーガーのおまけになっているし、運営責任者の座は遊ぶのを正当化するためのお題目になっている。なら栞子にまつわる「社会の歯車」の問題についても同様にしてやればいい。歯車の構造であるまま逆に、社会を個人に奉仕 させればいい。
歩夢「あなたがわたし達にしてくれたように、わたし達もあなたに何かしたい!」璃奈「それは、当たり前のこと」
かつて姉のライブを見た思い出のステージに栞子を連れ出し、同好会の面々は言う。あなたが「できること」を大切にしてくれたおかげで合同イベントは素晴らしいものになったから、今度は自分達に同じように栞子を応援させてほしいと言う。この時歩夢達同好会の皆が背負っているのはメンバーひとりひとりの個人ではなく、合同イベントという"社会"そのものだ。社会が自分を構成してくれる個人という歯車を認識し、返礼として個人への奉仕を申し出ているのがこの場面なのである。
3.社会は私の歯車
エマ「みんなの夢を叶える日だよね」彼方「こんなに頑張ってくれた栞子ちゃんの夢も叶わなきゃ、スクールアイドルフェスティバルは成功とは言えないよね」
世界は一方的な奉仕でできてはいない。誰かの温かさが誰かの心を温かくしそれがまた他の誰かの心を温めるような、ぐるぐると回る環のような関係によってこそ世界は成り立っている。
成功とは言えない過去であっても薫子がスクールアイドル時代を後悔していないように、この環にはどれだけ有能であるとか稼ぎが大きいだとかいったことは関係がない。私達は存在する時点で既に歯車であり社会に奉仕しており、ならば社会もまた私達に奉仕の返礼をせねば環は維持できない。社会の目的ができるだけ個々人を幸福にするものである以上、個々人の不幸せの上に成り立つ社会はその時点で成功とは言えないのだ。そう、皆の夢を叶える場所であるが故に栞子の夢も叶えるスクールアイドルフェスティバルとは、社会と個人の理想的関係の体現でもあった。
栞子「姉はわたしに、たくさんの胸の高鳴る思い出をくれました。そんなもの現実の前には無意味だと思っていました。そのはずなのに……わたしが皆さんを応援しようとしたのは、スクールアイドルから離れたくなかっただけかもしれません」
社会と個人は対照的な関係にありしばしば対立するが、本質的には二択を強いるのではなく鏡写しにあるものだ。ならば社会に支えられ奉仕されることでより良い生を送れる私達と社会の関係もまた、一方的なものとは言えないだろう。先例にならって反転させるなら、社会こそが個人の歯車である とも言える。
できることではなく、スクールアイドルという"やりたいこと"のためステージに上がった栞子は歌の中で時計のねじを巻き、歌の終わりとともに時計は動き出す。この時、時計は栞子という個人であると同時に彼女の見る社会でもある。私達が認識する"世界"は個人と社会の狭間にあり、この時計が時を刻むのは両者ががっちりと噛み合った時だけだ。
姉が言うように、スクールアイドルとしての栞子はまだまだ未熟だ。けれど無謀でもやりたいことをできることに、未熟でもできることをやりたいことに変換して彼女は前進していくだろう。彼女の時計は、ステージに立ったあの瞬間からもう止まることはない。
個人と社会、そしてやりたいこととできることは両輪の歯車である。どちらが欠けても、ひとりひとりの世界は本当の意味で時を前に進めることはできないのだ。
感想
というわけでニジガク、アニガサキ2期7話のレビューでした。視聴を重ねて「輪を重ねる」みたいなボンヤリしたイメージが湧きはしたのですがそのままでは文章化するのに出力が足りず、更に視聴を重ねた結果時計というモチーフの力を借りることになりました。一歩間違えると「納税額が多い奴が偉い」みたいな方向になりかねないのでちょっと注意が要りますね。栞子のスクールアイドル薫子贔屓目評価説、彼女の姉大好きぶりが加速するので個人的には好きな妄想です。
さて、劇中のスクールアイドルフェスティバルはいよいよ最終日を残すのみ。取り残されていく感じの嵐珠が心配ですがはてさて。
しかし今回、栞子が長身なことや生徒会室と違って座ってないことから菜々(せつ菜)の背の小ささが際立って見えますね。あざとい。
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社会は私の歯車――「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期7話レビュー&感想https://t.co/qYlyXEdvTQ
— 闇鍋はにわ (@livewire891) May 15, 2022
栞子の歌の中で動き出す時計。そのメカニズムについて考えました。#lovelive #虹ヶ咲#ラブライブ #虹ヶ咲2期 #ニジガク#虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会#アニメとおどろう
*1:もっとも、自分達の代はパッとしなかったという薫子の言葉や引退ライブの観客数からすれば、栞子による高評価は贔屓目も大きいのかもしれない