(公式サイトあらすじより)
1."本日の主役"のタスキ
ハチマキ達の居場所であったデブリ課に解散が言い渡される18話は上から下まで大騒ぎになる回だが、最初に注目したいのは管制課のクレアの一言だ。繰り返す失敗と前事業部長のドルフに目をかけられていた過去から窓際へ追いやられた彼女は今回、こんな言葉を口にしている。
クレア「下が上に勝とうと思ったら、正攻法じゃだめってこと」
挫折した彼女が実感を持って言うように、この18話では下の立場の者による正攻法はことごとく失敗している。新事業部長のノーマンへ直訴しようとしたタナベは門前払いされるし、連合が設置していた今回のデブリは特殊で普段のようにフィッシュボーンで接近することができない。自分の会社を吸収された後、テクノーラ社で実績を上げて次は常務とまで言われていたドルフが第2事業部長を解任され、他社への出向に回されたのも同様の例に挙げられるだろう。
役員「ガリレオ開発……3つの企業を経由していますので、法的には完全に別会社です」
テクノーラ社を「内部から変え」ようとしたドルフが失脚したように、下の立場の者が正攻法で上に勝つのは難しい。権力も財力もコネもある彼らにとって、どんな方法も正面を取り繕うのは造作もない事だからだ。事実、前回のような事故の再発で補償と悪評を背負うのを恐れたテクノーラ社は法的には別企業の扱いになる会社を設立、巧妙に木星往還船の開発から距離を置いている。また連合はデブリに見せかけ、近くを通った船の航行システムを焼く悪質なデータ機雷の敷設すらしていた。
正攻法で勝てないならどうすればいいか? 無論、答えは邪道だとか搦め手だとかいったものになる。そしてこれまで搦め手をもっとも駆使してきた男こそ今回の事実上の主人公、デブリ課の宴会部長ことアルヴィンド・ラビィであった。
2.へつらいの理由
ラビィはここまでの17話、ほとんど全くいいところの無かった男だ。ろくに仕事をせずに課長とワイワイやっている様子は「エーデルの方が役に立ってる」だの「デブリコンビ」だの散々な言われようだし、やることと言えば社内での生き残りに特化した媚びへつらいと宴会芸ばかり。社員としておよそ正攻法のあり方とは言い難いものだ*1。しかし彼がこうまでして会社にしがみつくのには理由があった。
ラビィ「私はもう父親としてそばにいてやれないから、お金を稼ぐぐらいしかできることが……頼むよ、頼むよ皆!私はクビになるわけにはいかないんだ!」
ラビィに大勢の子供がいることはこれまでも語られていたが、今回の話では実は妻とは離婚していたことが語られる*2。台詞からすれば親権は母親の方にあるのだろう。法律上、彼はもう父親として子供のそばにいてやれない――正攻法 では子供のそばにいてやれない。私達視聴者の笑いものになってきたラビィの阿諛追従ぶりは実のところ、父親であるため必死に続けた搦め手であった。
宇宙船舶操縦のライセンスを持ってはいるがほとんどペーパー同然、けして仕事のできる人間ではないラビィは必死で搦め手を続けてきた。しかし手法というのは、どんなに奇抜でも使い続ければいつしか当たり前になってしまう。それがその人の正攻法になってしまう。事実私達は今回まで、媚びへつらうのがラビィの平常運転だと信じて疑わなかったのだ。ならば下の者は、弱き者は時に自分の正攻法と搦め手をひっくり返さねばならない。"らしくないこと"をしなければならない。そして今回"らしくない"筆頭は誰かと言えば、今回主人公らしからぬハチマキであろう。
3.らしさとらしくなさ
ハチマキ「そうだな、とりあえず飯食いに行く。腹減った」タナベ「は?」
18話のハチマキは自己主張に乏しい。新事業部長であるノーマンが第3事業部長として登場した14話では彼の横暴に反発していたが、今回デブリ課の解散を命じられて彼がしたのはまず食事に向かうことであった。おまけに解散を食い止めようという恋人のタナベの話にもほとんど興味を示さず、今更EVA(船外活動)の教本を読み返す始末。"らしくない"とタナベが訝るのも無理はない。
ハチマキ「EVAはここじゃなくてもできるだろ」
今回のハチマキはいつもの彼とは似ても似つかないが、これを疑問に思う視聴者はいないだろう。彼の中には木星往還船フォン・ブラウン号の乗組員になりたいという思いが強く渦巻いており、そのためにはタナベを始め全てをなげうって構わないと考え始めている。木星への7年もの旅に出るならデブリ課からも離れることになるのだから、ハチマキが解散騒動に興味を持てないのは当然だ。ハチマキは変わらずハチマキであるからこそ今回、ハチマキらしくない。
ハチマキ(Sクラスのミッション……これくらいやれないと)
ハチマキはいつもとずいぶん様子が違う一方、実に彼らしいことをやってもみせる。今回のデブリ、データ機雷は通信情報環境の変化を認識する厄介な代物であり、気付かれず接近するためには電子的なシステムをオフにした上に命綱もなしで移動しなければならない。SクラスのEVAと劇中でも言われるように極めて難易度の高い、ほとんど無謀とも言えるミッションだ。しかしハチマキは、フォン・ブラウン号のEVA要員に自分が相応しいか見極めるためこのミッションに赴く。オリンピックに出るより難しいフォン・ブラウン号のEVA要員らしく あるべく挑戦する。いつものようなデブリ屋としての意地で臨むわけではない彼はしかし、無茶なことをするという点で実に彼らしくあった。
4.逃れられない"私"
世界は不条理で理不尽で、人にいつまでも同じような"らしさ"を維持することを許さない。赤字のお荷物部門と言われながらもずっと続くかに思えたデブリ課での日々は今回、思惑と恨みのドミノであっけなく終わりを命じられている。そういう"上"に勝とうというなら、らしくあろうというなら、そういう時こそ搦め手を使うことだ。"らしくない"振る舞いをすることだ。自分らしさは玉ねぎ のようなもので、どれだけ剥かれてもその下に新たな皮が顔を出す。今ある"らしさ"を剥かれても、これまでのそれを裏切るようであっても、結局その下にはやはり自分がある。
課長「あんたの事業部には必要なくても、人類には必要なんだ!」
データ機雷回収を妨害しデブリ課の遭難すら厭わぬノーマンに、ふだんのんびり屋のデブリ課課長は必死に抵抗する。いつものような無能さで妨害を遅滞させ、事業部長に掴みかかってもいつも通り役に立たず、けれどそれが同行していたエーデルの心も動かす。
子供達「デブリ屋の方がかっこいいよ!」
ラビィは接待の成果で約束された総務課係長のポストをかなぐり捨て、自らマニュピレータを操作してデータ機雷のシステムを破壊する。別に急にデブリ屋としての使命に目覚めただとか、勇敢になったわけではない。正攻法と化したへつらいに行き詰まった彼にとって、子供達が自分に抱いた"宇宙を守るデブリ屋"の幻想を守ることが父親らしくあるための搦め手だったからだ。デブリ課を解散させ彼らから"らしさ"を奪ってしまおうというノーマンの企みは、むしろデブリ課のデブリ課らしさをいっそう際立たせる結果となった。
ハチマキ「……デブリ屋は、もう終わりだ」
事件が終わり、タナベからの称賛に自分の実力を確認したハチマキはテクノーラ社からの退職を決意する。デブリ屋をやめることを宣言する。1話時点でデブリ屋だった彼がそれを辞めたところを私達は想像できないが、さりとてこのまま他の部署に異動したり他社でデブリ屋を続けるのがもはや彼らしくないのも確かだろう。
ラビィ「なあハチマキ、俺たちってサラリーマンだよな?」ハチマキ「なにを今更……」
強いとか弱いとか、賢いだとか愚かだとか、一貫性(らしさ)があるとかないとか、何者であるかだとか……人は誰かや何か、時には自分にも境界線を引いて二分する。けれどそんなものは本当は、私達が自分の了見で一方的に決めた線引きに過ぎない。
どんな行動をとっても、どこに飛び出してもそれは"私"だ。生きている限り、"私が私であること"に変わりなどないのだ。
感想
というわけでアニメ版プラネテス18話のレビューでした。予告で繰り返し宴会芸やってた人が事実上の主役な回とは思わなんだ。ラビィが子供一人一人への愛情を語る場面で既に眼がうるうるしてしまいました。そうか、お父さんなんだなあ彼は……
1話に登場した国・マナンガのハキムの祖国としての再浮上といい、色々な要素がくっついては離れていっているのを感じます。これでまだ3/1残ってるわけで、あとはどんなお話になるんでしょう。
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逃れられない"私"――「プラネテス」18話レビュー&感想https://t.co/dIganWHSXD
— 闇鍋はにわ (@livewire891) May 16, 2022
ハチマキやラビィ、課長の姿から、"強さ"だとか"らしさ"ってなんだろう?というのを考えました。#プラネテス#planetes#アニメとおどろう