鋼の心臓が止まる時――「プラネテス」21話レビュー&感想

再来の「プラネテス」。21話では副題通りタンデムミラーエンジンが重要な意味を持つ。このエンジンはけして、フォン・ブラウン号だけの心臓部ではない。
 
 

プラネテス 第21話「タンデム・ミラー」

ついにハチマキはフォン・ブラウン号にやって来る。これから半年間、乗組員第三次試験のため滞在するのだ。一方、タナベは月に向かう途中なんとかハチマキに連絡をとることができたが、冷たく突き放されてしまう。ショックを受けるタナベだが、偶然にもあるデブリを回収する。それは以前事故を起こしたタンデムミラーエンジンの残骸だった…
 

1.無限の中の有限、の逆

コリン「もちろん、親父のコネ」
 
この21話では、4話のゲストだった連合議長の息子コリン・クリフォードが再び登場する。権力とコネを駆使して自分の残したデブリを主人公のハチマキ達ハン課に拾わせ、更にその仕事を侮辱して同じくハン課のタナベに殴られたどら息子――再登場にあたっても心を入れ替えたそぶりはなく、立場を笠に着た態度は相変わらずだ。
 
タナベ「また何かやったんですか? いつまでもお父さんの……」
 
コリンの再登場に象徴されるように、今回はかつてあったのと同じようなことが多く見られる話だ。タナベの同期のリュシーは航宙課のチェンシンの時同様、彼女をコリンを巡る恋のライバルと見なすし、ハチマキは16話で幻視した己の本心と再び対峙している。ラストのタンデムミラー・エンジンの爆発もそれ自体は17話で既に起きている。全く同一ではなくとも、私達はこれらの描写に既視感、パターンを覚えずにはおられない。かつて16話で自分を見失ったハチマキが思い至った「過去の人間も自分と同じように悩んだのではないか」という考えはいわば無限の中に有限を見つける発想であるが、これらもその同類として並べることができるだろう。だが、無限と有限の関係はそんな一方的なものだろうか。逆に、有限から無限が見つかることだってあるのではないか。
 

2.有限は無限に溶ける

リュシー「月までの間に絶対きっかけ作ってみせるんだから!」
 
先に書いたように、今回の話は以前と同じような出来事が非常に多い。しかし一方で、それらがかつてと全く同じではないのも確かだ。例えばリュシーはチェンシンの時と違ってタナベにコリンとの恋愛の「宣戦布告」をするし、今のハン課にはハチマキはおらずかつて管制課所属だったクレアが新たに配属されている。またコリンにしても大学を卒業した彼がやってきたのは前回のような自分の不始末の処理のためではなく、連合の開発監査部の仕事としてだった。
 
世の中には本来全く同じことは2つとないが、私たちはそこにパターンを見つけることで対応をある程度平準化できる。マニュアルやFAQは一般的な方法や疑問に思われがちな部分を網羅するためにあるし、ゲーム攻略などにおいても必勝パターンは重宝されるもの。無限の中に有限を見つけるとはすなわち"疑いようのないもの"を見つけることだと言える。……だが本作はかつて、青年期にそれを探したハン課のユーリに「そんなものはない」と結論づけさせてはいなかったか。
 
 
 
タナベ「地味かもしれないけど、わたし達がデブリを拾うことって宇宙開発に繋がってるんですよね。そう思ったらなんだか嬉しいじゃないですか。宇宙開発が進めばエネルギー問題も解決するし、戦争とか難民のことだって……」
 
タナベはこれまで"愛"を自分の揺るぎない寄る辺としてきた。それで無茶をやりながらも信頼を勝ち取ってきたし、今回デブリ屋の誇りを語る姿には彼女が積み重ねた自信がにじみ出ている。発端がコリンの冷笑であったことを加味すれば、殴りこそしないがこれは彼が初登場した4話のような"必勝パターン"の繰り返しだとも言える。
 
クレア「また愛? あなたの愛は薄っぺらいのよ!」
 
しかし今回の愛の言葉はかつてのような説得力を持ち得なかった。国と国でも人同士でも持つ者持たざる者の境界線が消せないことに挫折したクレアにとって、宇宙開発が進めば戦争や難民問題も解決するのではというタナベの言葉は持つ者(恵まれた者)の戯言にしか聞こえなかったのだ。"愛"によって見つけられたはずの有限のパターンは、一人の言葉であっけなく無効化してしまった――無限の中に溶けてしまったのだ。
 
 

3.鋼の心臓が止まる時

ハキム「先日のは事故。だが今度は……」
 
タナベと時を同じくして、ハチマキもまた己の"有限"を、"疑いないもの"を揺さぶられる。彼はこれまで、木星往還船フォン・ブラウン号の乗組員試験に臨む中で自分への自信を深めてきた。仕事を辞め恋人を置き去りにし、他人の命にも頓着しないエゴイストと言えるほど全てを懸けることで自分のような"持たざる者"だって夢を叶えられるのだと信じていた。同じ人物を師に持ち共に賢明に試験に挑むハキムという仲間を得た前回、それは確固たるものになったはずだった。けれどハキムの目的はフォン・ブラウン号の乗組員になることではなく、その心臓部であるタンデムミラーエンジンに近づき爆破することにあった。彼の正体はテロリストだったのだ。
 
ハキム「口先だけの決意なんて、振りかざさないでくれ」
 
1話にも登場した、貧困に喘ぐ国マナンガの出身であるハキムは言う。木星の開発で得られる資源もこれまで同様、先進国に独占されるさだめにあると。ハチマキは口先では自分を殺せると言うが、二次試験でためらった時同様にはそんなことできはしないと。お前は結局恵まれた者――持つ者に過ぎないと。
 
ハチマキはその全てに反論できない。以前チェンシンに啖呵を切ったようにハチマキは"持たざる者"として覚悟を決めたつもりでいたが、よりいっそう持たざる者であるハキムにとってはそんなものはおままごとに過ぎなかったのだ。ここにもまた、疑いないものなどはなかった。有限は無限の中に溶けてしまった。
 
 
マニュアルやFAQが全てに対応できるわけではないように、どんなに似通った出来事も全てが全く同じではなくそこに揺らぎや迷いの生じる余地はある。そして揺らぎや迷いが生まれれば人は立ち止まらざるを得ず、前に進むことができなくなってしまう。無限の中に有限を見つけることが進む力の発見なら、有限の中に無限を見つけることは推進力の喪失であると言えるだろう。ならばハキムが爆破したのがフォン・ブラウン号そのものではなくそのエンジンだったのは必然だ。
 
ハチマキ「くそったれ――っ!!」
 
この21話劇中、乱闘を止めたハチマキはまだ合格もしていないのに「俺の船がぶっ壊れちまうだろうが!」と吠えたが、これは大げさなことではない。タンデムミラーエンジンは彼に自分の夢を気付かせてくれ、またしゃにむに突っ走る力を与えてくれるものだった。体外のこの心臓あればこそハチマキは脇目もふらずに走り続けられたのであり、ならばその破壊の影響は単にフォン・ブラウン号の出航の遅れに留まらない。
ハキムが壊したのは木星往還船の、そしてハチマキの心臓だ。タンデムミラーエンジンが爆破されたこの瞬間、ハチマキもまた前に進む力を失ってしまったのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの21話レビューでした。前回は「巡る」をテーマにレビューを書いたので「巡るからといって同じ顔をしているとは限らない」あたりかなと思ったのですが、「無限の中の有限」に対する「有限の中の無限」になり、ちょっと観念的過ぎるな……とフラフラしている内にタンデムミラーエンジンという具象と結びつけることができました。鋼の心臓が止まってしまったのはタナベも同様ですね。ここから更に新展開が待っているというのがすごいなあ。
 
そういえば後番の放送が7/11からだそうで、残り5話ありますがこれだと1回足りない計算になります。前番の映像研同様に最終回は2話一挙放送になるんでしょうか。その場合は最終回のレビューは少し時間を空けることになってしまいます……先に謝っておきます、すみません。
 
 

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