誰彼問わぬ「プラネテス」。23話ではテロ組織・宇宙防衛戦線による連合への攻撃が敢行される。テロリスト自身も傷つくこの闘争にはしかし、それ自体に彼らが望んでやまなかった理想郷がある。
月ステーションで初めての連合評議会が開かれた。世界が注目するこの時、宇宙防衛戦線の活動がにわかに活発になって来る。その頃、フィーたちはToyBox2で宇宙に出ていた。テロ対策も兼ねて月ステーション周辺のデブリを回収するためだ。しばらくしてフィーは正体不明船を発見する。その時、フィーの後頭部に銃が突きつけられた。
(公式サイトあらすじより)
1.連合と宇宙防衛戦線
フィー「わざわざ月まで来なくたっていいのにさ。どうせ根回しも終わって議長案に決まるんだから、いちいち評議会なんか開くなっつーの!」
先進国が主導する連合にテロ組織・宇宙防衛戦線がテロを仕掛ける23話だが、両者の様子は実に対照的だ。連合は各国首脳が集う最高評議会の初の地球外開催を喧伝しているが、実態は根回しは既に済んでおりただのパフォーマンスに過ぎない。警備員を他の都市から月ステーションに引っ張ってくるなどいかにも非常時といった装いをしているが、会議自体は平時のものだと言える。
テロリスト「すいません、ちょっと新人がドジっちまって」
見た目だけがものものしい連合に対し、宇宙防衛戦線の活動は密やかだ。定期検査や電源工事といった日常的な行動の中に通信障害や占拠の手立てを仕込む手口は鮮やかで、それが異常だと気付いた時には既にみな彼らの術中に落ちている。宇宙防衛戦線は連合とは逆に、平時を装いながらそこに非常時を挿し込んでいるのだ。
テロリスト「静かにしろ! いいか、黙って従え。逆らう者は撃つ」
平時と非常時というのは性質が全く異なるようでいてその実、両者の切り替わりに明確なものなどない。境界線などは存在しない。この切り替わりのラグを活用できるからこそ、今回のような奇襲は成功すれば大きな成果を挙げることができる。
2.残酷な理想郷
軌道保安庁職員「実機は先頭の船のみです、他はダミーです! 行方不明の貨物船です、騙されました……!」
周到な準備を重ねた宇宙防衛戦線のテロは今回、連合の想定を常に上回りそれを逆手に取っている。最高評議会の警備のため手薄になった静かの海市で木星往還船フォン・ブラウン号のコントロールの鍵となるガリレオ開発を襲撃、デコイを利用して軌道保安庁の宇宙船を遠隔地へ誘導。テロ対策で設定されたフォン・ブラウン号の非常停止システムを逆利用して月面に落下させようとする……こと手並みに関しては鮮やかと評することすら可能だろう。ただ、これは彼らの完全無欠の勝利を約束しない。
例えばガリレオ開発に左遷されていたドルフは、腹部を撃たれる大怪我を負いながらも必死でフォン・ブラウン号のコントロールを明け渡すまいと抵抗する。宇宙防衛戦線はドルフに部下の命を盾に脅すことで言うことを聞かせたが、その前に重傷者が頑なにまぶたを閉じ、またこじ開けても眼球を動かしてまで網膜認証を拒絶するとは想定していなかった。
ハチマキ「悩んだよ。お前が行くのは機関室か、それともここか……」
また宇宙防衛戦線のハキム達はテクノーラ社の社員であるクレアを仲間に引き入れたことでデブリ回収船DS-12を占拠、フォン・ブラウン号に接舷し操縦を奪おうとしたが、木星まで往復するような巨大宇宙船の中ではガリレオ開発の時のように一人撃つだけで目標達成とはいかない。警備員はもちろんのこと乗組員候補生も作業用の機械で抵抗するため、ここでの戦いではテロリスト側も多数の犠牲者を出してしまう。つい先日まで民間人だったクレアが銃撃を受けたり、ハキムが彼を恨む主人公のハチマキから逆に"奇襲"される様子からは、けして彼らが有利とは言えない状況であることが分かる。ありていに言えば、ここでは誰もが平等 に命の危険にさらされているのだ。……だが、この血も涙もない地獄のような場所こそは宇宙防衛戦線が求めてやまなかったものでもある。
初動の見事さから忘れそうになるが、ただのテロ組織に過ぎない宇宙防衛戦線の戦力は本来連合より圧倒的に劣るものだ。奇襲戦法を採ったのも彼らに力が――クレアが18話で否定したように「正攻法」で挑む力が弱者の彼らには――無いからに過ぎない。エルタニカやマナンガといった貧困に悩まされる国の出身者を含む彼らにとってみれば、五分五分や平等の戦況すらこれまでは手の届かない遠くにあった。けして今回のテロに限った話ではなく、勉学や就職、金銭に権利といったありとあらゆる場面で彼らはこれ以下の立場に立たされてきた。
宇宙防衛戦線はテロ組織である。彼らの企みであるフォン・ブラウン号墜落による静かの海市の破壊は原子爆弾にも匹敵する被害を巻き起こす、非道としか言いようのない行為だ。しかし、そのために繰り広げられるこの戦いには彼らが喉から手が出るほど欲していた平等がある。フォン・ブラウン号を訪れていた連合議長の息子・コリンの近くをすら銃弾が飛び交う、誰もが境界線に守られることなく命の危険に晒される世界がある。
テロリストと候補生が殺し合う今、フォン・ブラウン号は地獄の中にある。しかし宇宙のように残酷なこの場所すら、持たざる者には今まで触れることも許されなかった理想郷なのだ。
感想
というわけでアニメ版プラネテスの23話レビューでした。「境界線の無い場所」というのは割とポンと浮かんだのですが、それをレビューとして設計できるよう分解するのにちょっと時間がかかりました。知っているキャラに死なないでほしいという思いと、しかし彼らが死ななくとも劇中ではもう沢山の人間が死んでいるのだという思いが交差してとても複雑な気分になります。宇宙防衛戦線にいきなり撃ち殺される人間がハチマキだったりしても、本来は全くおかしくないわけで。ここから更に3話もあるわけで、覚悟して見ないといけません……
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残酷な理想郷――「プラネテス」23話レビュー&感想https://t.co/r0NAB0YjFR
— 闇鍋はにわ (@livewire891) June 20, 2022
テロの中で起きる惨劇と、その残酷な平等すらこれまで得られなかったものだということを書きました。#プラネテス#planetes#アニメとおどろう