逆流のG――「機動戦士ガンダム 水星の魔女 PROLOGUE」レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
ゼロへと至る「機動戦士ガンダム 水星の魔女 PROLOGUE」。本編の前日譚となるPROLOGUEでは、劇中世界における「ガンダム」の位置付けが語られる。今回はそこから本作の予想を――いや、想像をしてみたい。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 PROLOGUE

小惑星に建造されたフロント、フォールクヴァング。
ヴァナディース機関のラボでは、ガンダム・ルブリスの稼働実験が行われていた。

評議会から課された条件をクリア出来ないままのルブリスに、
焦燥感を募らせるテストパイロット、エルノラ・サマヤ。

――その日は、彼女の娘が4歳を迎える誕生日だった。

公式サイトあらすじより)

 

1.新世界のガンダム

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ニュースキャスター「プロント第3自治区20日、オックス・アース社製MSガンダム・タイプ購入予算案を可決」
 
1979年の放送開始以降、数え切れないほどの物語を生み出してきた「機動戦士ガンダム」シリーズ。新たな世界設定と共に綴られるこの「水星の魔女」では、ガンダムにもまた新たな由来が与えられている。本作におけるガンダムとは「GUND-ARM(ガンドアーム)」の略称……GUNDフォーマットと呼ばれる技術を軍事転用した機動兵器(MS、モビルスーツ)に与えられる呼称を指す。ここで興味深いのは、GUNDフォーマットが軍事転用されたことで発生したある種の"逆流"だ。
 

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エルノラ「この技術が無かったら、ママはもう生きてないのよ」
 
GUNDフォーマットはもともと、宇宙環境で生じる身体機能障害を補助するための医療機械技術だ。劇中でもルブリスと呼ばれるガンダムのテストパイロット、エルノラ・サマヤは右腕がGUNDフォーマットを用いた義肢になっており、この技術がなければ自分は生きていなかったと語っている。医療技術として見た時のGUNDフォーマットは人助けの技術そのものだが――それを軍事転用したガンダムに対する世間の声は必ずしも賛同や称賛ではない。十数メートルの機械の体と強引にリンクさせられた人間が受け取るデータはあまりに膨大で、操縦者を廃人同然にしてしまう危険を伴っていたからだ。身体機能障害を助けるための技術が逆に重篤なそれを誘発する危険を孕んでいるのは本末転倒な話であり、すなわち"逆流"である。そして、逆流しているのはガンダムから操縦者へ送られるデータに限った話ではない。
 
 

2.さかのぼる川上

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先に触れたように本作のガンダムとはGUNDフォーマットを軍事転用したものだが、その開発は必ずしも順調に進んでいない。エルノラはどうしても途中で止まってしまうルブリスの起動実験に業を煮やしてGUNDフォーマットでやりとりする情報量を増やす危険を冒そうとし、師であるカルド・ナボ博士から制止されるほどだ。
 

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ナディム「すまない、上が焦ってルブリスをロールアウトしなけりゃこんなこと……」
エルノラ「スポンサーは必要よ、ナディムのおかげ」

 

エルノラが危険を顧みず実験を進めようとするほど焦っているのは、ガンダム納入の期日が迫っていることに由来する。開発を進めているヴァナディース機関を買収したオックス・アース社が商機を逃すまいと強引に決めたスケジュールに振り回されているわけだが、スポンサーの必要性からエルノラ達はそれを受け入れざるを得なかった。実際の進行度を無視したスケジュールも、作りたいものの協力者のはずのスポンサーに支配されるのも本末転倒、逆流の一種と言える。
 

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また納入を表面上は決めつつもそれを快く思っていなかった「MS開発評議会」なる組織は突如ガンダムの開発凍結を発表、更には法律を盾に強制執行の宣言も行うが、事態は彼らの想像を超えてオックス・アース社やヴァナディース機関の人員殺害にまで至る。彼らに監査組織カテドラルを任された軍人上がりの男、デリング・レンブランが評議会の正式な承認を待つことなく彼らの抹殺を指示したためだ。
 

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デリング「我々MS開発評議会は決断するべきです。人類の安寧のために、魔女への鉄槌を」
 
開発凍結の会見前のやりとりからも明らかなように、デリングはMS開発評議会の面々よりも低い役職にある。しかし求められていないにも関わらず強硬手段を進言する彼の言葉には有無を言わせぬ迫力があり、事実彼はそれを実行してしまった。下位者の独断専行を上位者が追認せざるを得ない状況は、これも一種の逆流に数えられるだろう。
 
 

3.逆流のG

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カルド「ここにいるスタッフ皆の子供。今はお前のママが色々教えてやっているところだよ」
 
会見でカテドラル統括代表として紹介されたデリングは、軍人としての経験を基にガンダムを非難する。いわく兵器とは純粋に人を殺すためのものであるべきで、他人はおろか自分すら殺すガンダムは道具どころか呪いであると。皮肉なことにこの言葉はヴァナディース機関のほとんど全員に当てはまるもので、彼らはガンダムを開発していたばかりに命を落とすことになってしまった。
 

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ケナンジ「GUNDフォーマットのリンク制圧完了。これでガンダムも終わりだな」
 
デリングが言うように、逆流とはある種の呪いである。上から下へ流れるべき道理への反逆であり、喜ぶべきを裏返してしまう魔術である。ヴァナディース機関のルブリス量産試作モデルは襲撃者達のMSよりも高い性能を発揮するが、敵のエース機であるベギルベウの特殊武装によってGUNDフォーマットのリンクを制圧されると動くことすらままならなくなってしまう。ルブリスはGUNDフォーマットを用いた"ガンダム"だから強いのだが、逆流すればガンダムだからこそ弱くなってしまう。
 

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エリクト「ママ、この子起きたの?」
 
またこれまで何度実験を繰り返しても動かなかったルブリスはこの襲撃の最中ついに起動するが、それはエルノラがブレイクスルーに成功したとかではなく、自分の娘・エリクトのバイタルがルブリスと極めて相性が良いという理由によるものだった。まだ4歳の自分の娘の肩にあまりにも大きな運命がのしかかっていると知った時の彼女の驚きたるや、いかばかりのものだったろうか。
 

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エリクト「ママ、ママ。ろうそくみたいできれいだね」
 
襲撃者によってカルド・ナボ博士も殺され、絶望的な状況下で起動したルブリスは量産試作モデル以上の活躍を見せる。分離して遠隔操作砲台やライフルの強化部品にもなるシールドを駆使した戦いぶりは実に"格好いい"が、就学すらしていない児童がそれを駆って人殺しをしている有様は否応なく視聴者に冷水を浴びせる。破壊したMSの爆発の意味するところも分からず「ロウソクみたいできれい」と喜ぶ笑顔はあまりに無邪気で、ルブリスが激しいアクションを見せれば見せるほど私達は逆に暗澹たる気持ちになってしまう。これは彼女の父ナディムが自分の命を捨てて二人を逃し、GUNDフォーマットの副作用で朦朧とした意識の中歌う「Happy Birthday to You」をエリクトが喜ぶ場面にしても同様で、もはや彼女の笑顔は逆流のスイッチになってしまったかと思えるほどだ。エリクトはこのPROLOGUE中、悲劇の日に4歳の誕生日を迎えたが、それは魔女の誕生の日でもあった。
 

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逆流とはある種の呪いである。上から下へ流れるべき道理への反逆であり、喜ぶべきを裏返してしまう魔術である。だが、魔女とは呪いや魔術を使いこなすものだ。その力をうまく使えば、上から下に飲み込まれるものを救うことも、悲しむべきを裏返すこともけして不可能ではないだろう。事実、カルド・ナボ博士はGUNDフォーマットを医療や軍事の技術を超え、人類が宇宙に出るために必要な技術だと見据えていた。
 

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デリング「そして、我らカテドラルは全ての"ガンダム"を否定します」
 
前日譚たるこの物語は、全ての"ガンダム"を否定するというデリングの演説の終わりをもって幕を下ろす。エリクトは、おそらく次回からスレッタ・マーキュリーとして登場するのであろう少女は、この絶対的な宣言にいかに抗うのか。あるいは、いかにして彼の思惑を超えたところにたどり着くのか。私としては、"水星の魔女"がデリングの言葉をなんらか逆流させる未来を期待してこの物語に臨みたいと思う次第だ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女 プロローグのレビューでした。ちょっとまだ自分の中でロジックの通し方が不十分な気もするのですが、"逆流"がキーワードに使えそうな感はあるので現時点での捉え方として書いてみた次第です。1話を見たらまた印象変わるんでしょうか。どういう物語になっていくのか、本編を楽しみに待ちたいと思います。
 
 

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