情けは人の為ならず――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」1話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
水の星より来たる「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。1話では主人公のスレッタが「進む」ことの意義を語る。では、進むため必要なものはなんだろう?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第1話「魔女と花嫁」

宇宙産業の大手ベネリットグループが経営する、アスティカシア高等専門学園。
水星からの編入生スレッタ・マーキュリーは、学園での新生活に胸を躍らせていた。
だが到着間近、彼女は宇宙を漂う一つの影を発見する。

公式サイトあらすじより)

 

1.「逃げる」と「進む」

惨劇を描いたプロローグから一転、学園を舞台に展開される「機動戦士ガンダム 水星の魔女」だが、1話で印象的なのは主人公スレッタ・マーキュリーのこの台詞であろう。
 

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「お母さんが言ってました。逃げたら一つ、進めば二つ手に入るって」
 
逃げることを否定はせず、しかし進むことを更に上に位置づけるこの言葉は前向きだ。それ自体が"進んで"いるとも言えるし、彼女が今回の戦いで学園最強の座と花嫁を手にする結果とも符号する。ただ、この言葉を体現しているのはスレッタだけではない。巨大企業グループ・ベネリット総裁の娘にして学園最強の人間と結婚するよう命じられた花嫁、ミオリネ・レンブランも同様だ。
 
 

2.逃げのミオリネ

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
グエル「お前はおとなしく俺のものになればいいんだよ」
 
先に触れたように、ミオリネが命じられている役目とは花嫁である。MS同士の決闘で正否を決めるアスティカシア高等専門学園でもっとも優れた戦績を持つホルダーと結婚することを命じられた花嫁――言うまでもないが、そこでは彼女の意思は考慮されない。「ただのトロフィー」「経営戦略科のお姫様」など周囲からの言われようも散々で、気の許せる友人がいるような描写すら見受けられない。ミオリネ自身も父親の言いつけや現状を受け入れる気はなく、スレッタとの初対面の際は学園を飛び出し宇宙をさまよいかけていたほどだ。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
フェルシー「責任取ってもらったらいいじゃないですか。逃げたいんですよね、地球に」
 
遭難と勘違いしたスレッタに救助され学園へ戻ったミオリネに対し、学生の一人がかける揶揄は的確である。そう、スレッタの言葉に当てはめるなら当初のミオリネは「逃げる」を選んでいる。しかし1話を見た人には明らかなようにこれは叶わなかった。学園から逃げようとした彼女が得たのはスレッタと知り合う機会であって、自由ではなかったからだ。手に入った"一つ"は望んだものではなかったのである。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「なんだって皆勝手に決めるの。これはわたしの喧嘩よ!」
 
逃げたら一つが手に入る。スレッタの言葉を証明するように、ミオリネが手にしたものは一つだけだった。しかし、彼女の選択が逃げのみかと言えばそれも間違いだ。本編後半ではミオリネは現時点での自分の婚約者にして乱暴者のグエルとの決闘に自ら臨んでおり、これは「逃げる」ではなく「進む」選択として解釈できる。実際、紆余曲折はあったがこの戦いで彼女はグエルからに限られるが一応の自由、そしてスレッタという新たな花婿の"二つ"を得ている。そして、ここで考えたいのはミオリネが「進む」を選べた理由だ。
 
 

3.情けは人の為ならず

ミオリネはなぜ「進む」を選べたのか? それを考えるに当たっては、彼女の社交性の低さをまず振り返る必要がある。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「もう少しで脱出できたのにあんたのせいで台無し! 責任! 取ってよね」
 
ミオリネはお世辞にはも愛嬌があるとは言えない少女だ。スレッタとの初対面では(彼女の認識からすれば)助けられたのに頭突きをくらわせた上に悪態までつくし、この1話にしても微笑みすら浮かべることはない。ほとんど不機嫌が顔に張り付いているようですらある。ただ実際のところは彼女の性格以上に、笑顔を向けるような相手が周囲にいなかったというのが実情ではないだろうか。
 

© 創通・サンライズMBS
チュチュ「経営戦略科のお姫様が勝てるわけないじゃん」
 
巨大企業のお嬢様にして学園最強のパイロットと結婚するよう定められた花嫁などという存在は、妬み嫉みを受けたり遠巻きにされることはあっても親しみを持たれる理由に乏しい。加えて父親との仲も険悪となれば、彼女が人を寄せ付けない雰囲気をまとうようになるのは無理もない。端的に言えばミオリネは孤独であった。そしてスレッタは、そんな彼女のところに不意に現れたイレギュラーだったのである。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
スレッタはミオリネの抱えた事情を何も知らず、しかしそれ故に彼女をトロフィーやお姫様として扱ったりしない。加えて水星からやってきたこの田舎者は緊張ですぐ呂律が回らなくなったり、脱出を邪魔された八つ当たりの悪態を真に受けて責任を取ろうとしたり、あまつさえ学園最強のパイロットとの決闘すら受けたりする。プロローグを見て彼女のパイロットとしての才能を知っている私達と違い、ミオリネにとってスレッタはひどく危なっかしい、放っておけない存在として映ったことは想像に難くない。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「帰り道分かんないんでしょ。学園マップ、入れてあげるからさっさと出てって」
 
態度こそつっけんどんではあるが、この1話、ミオリネは常にスレッタの世話を焼いている。彼女がグエルと他の生徒の決闘に巻き込まれそうになった時には手を引き*1、お腹を空かせていれば自分が育てたトマトをあげた上に食べ方を教え、さっさと出ていくようにと言いながら携帯端末に学園マップを入れてやる……パイロットでもないのにスレッタのMS・ガンダムエアリアルを勝手に動かし決闘に臨んだ無謀な行為も、この延長線上で見ればそれほど突飛なものではない。彼女はおそらく、自分を助けてグエルと決闘になったスレッタがペナルティで退学になる未来をどうにか避けたかったのだ。ミオリネはスレッタを助けるために"進む"道を選択したのである。
 
「逃げたら一つ、進めば二つ」……人は逃げようと思えば最悪、身"一つ"で逃げることができる。他の何を捨てても自分一人でならどうとだってできる。だが自分以外の誰かも救いたければ進むしかない。身一つでは自分と他人の"二つ"は得られない。誰かと歩もうとするなら、人の足は自然と逃げではなく前進に変わっていくものだ。
 

© 創通・サンライズMBS
ニカ「人助け、かな」
 
劇中、メカニック科2年のニカ・ナナウラは急ぐスレッタにIDとバイクを貸し出した理由を問われ、「人助け」だと答えている。人助けは気持ちのいいものであり、つまり相手と自分の"二つ"に何かを得させてくれる。誰かに対して一歩踏み込んだら、それは"進む"ことに他ならない。スレッタとミオリネもきっと、互いを助けることで、互いに踏み込むことで様々な"二つ"を得ていくのだろう。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「よろしくね、花婿さん」
 
人は誰かと一緒にいるためには進まなければならない。そして、誰かを助けたい気持ちこそ私達自身が"進む"ための原動力なのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の1話レビューでした。スレッタもミオリネも面白いキャラしてるなあ、と思います。内向的でコミュニケーション能力に乏しいという設定からよく想像するタイプとはだいぶ違った実像のスレッタ、内心が語られるようになるのが楽しみなミオリネ。二人がとても魅力的に感じられました。もちろん、今回はまだ顔出しに過ぎないキャラの今後も気になります。果たしてどんな展開になっていくんでしょうね。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>

*1:この場面、進むこととしか知らないスレッタと逃げることしかできなかったミオリネという風にも読める