二人目の魔女は銀色――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」2話レビュー&感想

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対峙が未来を作る「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。2話ではミオリネが父デリングと言葉の決闘を行う。今回は彼女がもう一人の魔女になるための物語である。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第2話「呪いのモビルスーツ

グエルとの決闘に勝利したスレッタ。しかし彼女のモビルスーツエアリアルには、禁止された魔女の技術、GUNDフォーマットを使用している嫌疑がかけられる。一方ミオリネは、父デリングにより退学の危機に直面していた。
 

1.見せかけの平等

前回描かれたように、本作の舞台であるアスティカシア高等専門学園は決闘というルールを根幹に据えた社会だ。ものやプライドなど譲れないものがあれば二者がMSで決闘を行い、勝った方を是とする。前時代的にすら思える取り決めだが、そのための委員会まで用意して行うこの決闘は平等性の確保にも寄与している。
 

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1話で戦ったのは主人公スレッタとこの時点で最強(ホルダー)とされるグエルであったが、仮に腕力で競っていればスレッタがグエルに勝てる道理は無い。このルールは、田舎者の少女であろうと大企業の御曹司を上回れる逆転のチャンスを得られる平等な仕組み*1なのである。……だが実際のところ、この平等さは見せかけに過ぎない。
 

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フロント管理会社社員「総裁の定めたルールは全てに優先します」
ミオリネ「……あのクソ親父!」

 

決闘に勝利したスレッタを待っていたのは、新たなホルダーの誕生を祝う称賛ではなく禁止されたMS「ガンダム」を使用した嫌疑による拘束であった。彼女を捕えた人間達の仕事は本来は人工住居施設フロントの管理だが、彼らは総裁であるデリングの決めたルール下であれば通常の業務を逸脱して学校での決闘にも介入する。またグエルの父にしてベネリットグループ有力企業ジェターク社CEOであるヴィムは自分の野望もあってこの決闘に異議を唱え、スレッタの勝利を無効にしてしまった。
 

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チュチュ「この学校、推薦してくれた会社のランクで決まるもんねー」
マルタン「地球生まれは肩身が狭いよ」

 

持たざる者も這い上がれる手段のはずの決闘はその実、力ある者がおこぼれで下賜したものに過ぎずその機嫌次第でいかようにもひっくり返されてしまう。これは決闘に限らずアスティカシア高等専門学園自体が同様であり、学生達も学籍は同じでも入学を推薦した企業のランクで見えない「身分」を定められているのが実情だ。旧習に囚われない評価を標榜した結果持てる者が更に富み、持たざる者は持たざる故に更に貧しくなる新自由主義的な状態がここにはある。
 

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少女「食べ終わったんでしょ? 一緒に捨てといてよ」
 
こうした見かけ上の平等さに持たざる者ができることはあるか?と言えば難しい。家庭環境による文化資本の差が個人の努力でひっくり返せるようなものでないことは近年社会的にも認識されるところだし、見かけ上の平等さはむしろ持たざる者に牙を剥きすらする。劇中では社会的地位の低いアーシアン(地球居住者)出身の生徒であるニカ・ナナウラが裕福なスペーシアン(宇宙移民者)の学生に席をどかされた上にガムを食事に吐き捨てられるという侮辱を受けるが、彼女はそれを怒りもせず去ってしまう。仮に怒って喧嘩騒ぎでも起こせば「平等に」まずニカが暴力を振るったことが重要視され、周囲の理解も得られない(あるいは「理解を得られないぞ」という言葉で批判される)のは目に見えているからだ。
 

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ヴィム「今回の決闘は俺の方で無効にしてやる。これ以上恥をかかせるな!」
 

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ミオリネ「あいつはいつもそう。相談しない、説明しない。この学園に入ったのもピアノを辞めさせられたのも、友達さえも勝手に決めて……お母さんのお葬式だって!」
 
見かけ上は平等であっても実態としては上下関係があり、逆らうことは許されない。これはニカのような立場の者だけでなく、彼女と比して圧倒的に"持っている"人間も同様に味わう苦しみである。未来のエースパイロットを自負していたグエルは野望に燃える父に勝手に戦歴を尻拭いされる(余計なお世話をされる)屈辱に唇を噛むし、デリングの娘であるミオリネは父が繰り返す相談も説明もない命令にウンザリしている。上下や強弱の抑圧というのは内側で再生産される、恩恵を受けている人間すら苦しめるものなのだろう。
 

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ミオリネ「何の用だ、ミオリネ」
ミオリネ「あんたに一言言いたくてやってきたの。自分で決めたルールを後から勝手に変えるな、このダブスタクソ親父!」
 
ミオリネは前回脱走への協力を依頼していたフェン・ジュンという女性の助けを得て地球へ脱出しようとするも、スレッタが退学や相棒であるMSエアリアルを廃棄される危機にあるのを見捨てられず父デリングへの談判に向かう。逃げるのではなく進む道を選んだわけだが、そこで彼女が得るのはスレッタとの再会だけではない。
 
 

2.二人目の魔女は銀色

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ミオリネが向かった先では、エアリアルの開発元であるシン・セー開発公社のCEOプロスペラに対する審問会が開かれていた。エアリアルの正体がガンダムか、それを開発させたプロスペラがかつてガンダムを開発したヴァナディース機関の生き残りでないかを確認するためだ。
 

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プロスペラ「この腕も仮面の下の顔も、全て水星の磁場に持っていかれました」
 
キャスティングからはプロローグでガンダム・ルブリスのパイロットであったエルノラ・サマヤと推測されるプロスペラはしたたかな女性であり、審問会にも真っ向から挑んだりはしない。どういう手を使ったのかヴィムに協力するよう根回しをし、審問会でものらりくらりと追求をかわす。仮面を被った人間の信用を問われれば右の義手をさらして顔ともども水星の磁場に持っていかれたと言うが、これは彼女がまっとうな手段で対抗する術を奪われた暗示でもあるのだろう。
 

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デリング「いや、あれはガンダムだ」
プロスペラ「なぜでしょう?」

 

理屈の上では疑惑をかわしてのけたプロスペラに対し、デリングはそれでもエアリアルガンダムだと断定する。理由は「私がそう判断したから」……これはベネリットグループの頂点に立つ彼の強権の誇示であり、同時に本質の露呈でもある。
 

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デリング「私がそう判断したからだ。異論がある者はいるか」
 
デリングがガンダムだと言ってしまえば、そうルールを決めてしまえば他の人間は逆らえない。審問会に出席しているのはグループ内企業でも上位の限られた人間(つまり持つ者)であるが、そうした者もより力ある上位の存在に歯向かえないのは既に描かれてきた通り。デリングは審問会に現れたミオリネの抗議を歯牙にもかけず「力のない者は黙って従うのがこの世界のルール」と語るが、これはつまり彼の支配する世界のルールでありデリング自身の本質なのだ。
 

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デリング「力のない者は黙って従うのがこの世界のルールだ」
 
平等を謳うことではデリングのルールを破壊できない。見せかけの平等ではぐらかされ、力ある者に都合よく振り回されるだけだ。そんな世界にそれでも抗うなら、むしろルールを逆用することに活路がある。自分だけは助かるように立ち回るという意味ではなく、本作がプロローグで示唆したように「逆流」させればいい。
 
 

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ミオリネ「だったら、決闘よ!」
 
有無を言わせないデリングに対し、ミオリネは決闘を申し込む。自分とスレッタが勝てば彼女を自分の婚約者として認め、負けたら好きにすればいいと言い放つ。デリングが戸惑うようにこれは子供の戯言にも見えるが、彼女は単に学園のルールをこの場に持ち込んでいるわけではない。ミオリネは勝者が全てを得る決闘の性質を逆流させ、「力のない者は黙って従う」というルールを他者ではなくデリング自身が・・・・・・・遵守するよう求めているのである。
 

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ミオリネ「自分が決めたことくらい責任持って守りなさいよ! 大人なんでしょ!?」
 
デリングが支配するこの世界は、彼が決めたことが全てに優先される世界だ。あらゆる規則も個人の感情もデリングに優越することはなく、彼の考え次第で白も黒も入れ替わる。だがこれはデリングが「力のない者は黙って従う」というルールの頂点に立っているからでできることであり、彼はこのルールだけは守らなければならない。ミオリネの申し込んだ決闘――どちらが力なき者か決める神聖な勝負――を否定すれば「力のない者が黙って従う必要はない」と宣言したも同然になってしまう。それはデリングが自ら王冠を投げ捨て己の世界を破綻させる行為に等しく、故に彼には決闘の否定だけはできない。できようがない。
 

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デリングが陥ったのは、絶対権力者であるからこそ自分自身には逆らえない呪縛であった。見ようによっては、ミオリネが果たしたのは逆説的な平等の達成だとも言えるだろう。かくてスレッタの退学とエアリアルの廃棄処分は決闘が済むまで棚上げとなり、ミオリネはひとまず彼女達を救うことに成功した。
 

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ミオリネ「スレッタ!」
スレッタ「ミオリネさん!?」

 

ミオリネにとってスレッタは、父の理不尽なルール(世界)から逃げることもできずにいた自分に光明を見せてくれた存在だ。けれど助けられるばかりでは彼女は、ホルダーのトロフィー扱いされていた時から変われない。スレッタと二人、助けて助けられて、互いに自分がしてもらったことを逆流させ合って初めてミオリネは今までいた場所を抜け出すことができる。そして上から下へ流れるべきをひっくり返し、危機を好機に変える逆流の力とはすなわち魔女の力だ。
 

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ミオリネ「するよ、決闘!」
 
見せかけの平等の下で弱肉強食がはびこるこの世界で、ミオリネはそのルールを逆流させてみせた。スレッタがいたから彼女は進み、自分と彼女が学校に残れる二つの可能性を得られた。
ミオリネはこの2話で、スレッタと並ぶ魔女となる資格を手に入れたのである。
 

感想

というわけで水星の魔女の2話レビューでした。「ミオリネはいったい何を言ってるんだ???」というのが最初の、というか数回見ても変わらない感覚だったのですが、書いている内にようやく自分の中で整理がつきました。すごいなこの子、王様の喉元に切っ先を突きつけてたのか。プロローグのレビューはだいぶ迷いながら書いたのですが、こうやって思考が繋がっていくと嬉しいし自信も持てますね。スパスタ2期が終わったので来週からは1日2日早く書けるとは思いますが、はてさて。
 

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それにしても、Cパートで出てきた機体は次回どんな活躍を見せるんでしょう(ついプラモを予約してしまった)。副題通りのグエルの意地にも期待したいと思います。
 
 

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*1:ホルダーであれば性別を問わず理事長の娘の花婿となる点も挙げられるか