特別さではできないこと――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」4話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
垣根を越える「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。4話冒頭、スレッタはグエルからのプロポーズを、彼の特別な人になることを断り逃げるように去る。今回は彼女が特別さから逃走するお話だ。
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第4話「みえない地雷」

グエルからスレッタへの、突然のプロポーズ。困惑したスレッタはパニックになり、その場から逃げ出してしまう。皆がグエルの行動に驚く中、地球寮の生徒の一人チュチュは冷ややかな視線を送っていた。
 

1.スレッタのぶつかった壁は

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「自覚持ちなさい。あんたは決闘のホルダーで、わたしの花婿なんだから」
 
前回決闘に勝利し、自身の退学やエアリアルの解体処分阻止に成功した主人公、スレッタ・マーキュリー。そんな彼女が4話で直面するのは、特別な存在として扱われることの息苦しさだ。本作の舞台であるアスティカシア高等専門学園では彼女のように水星出身の人間は稀(初めて?)だし、搭乗するMSエアリアルも有力メーカーの既製品ではないから嫌でも目を引く。加えて彼女は学園最強とされてきた少年グエル・ジェタークとの決闘に勝利して「ホルダー」の座を獲得した上、なんと彼から求婚(咄嗟に出た言葉だったらしく直後に撤回)までされてしまった。一躍時の人になるのは無理もない話だろう。ただ、これらは必ずしも彼女にとってプラスに働いていない。
 

© 創通・サンライズMBS
試験管「スレッタ・マーキュリー、不合格!」
 
決闘では華々しい活躍を披露したスレッタは今回、学園のMS操縦実技試験ではなんと数少ない追試対象になってしまう。理由は簡単で、限定された情報での地雷を避けた走行と兵装変更を求められるこのテストはパイロットの他にスポッター(観測手)とメカニックの用意が求められており、一人で試験を受けた彼女は門前払いされてしまったのだ。いくら彼女がパイロットとして優秀でも、これでは受かりようがない。引き受けてくれる相手を探そうにも、有力企業ジェターク社の御曹司であるグエルを負かした彼女はそのサポートメンバーになることで一部の人間から睨まれることになるのではと警戒されてしまっており、承諾してくれる人間を見つけることができない。今回スレッタが置かれているのは、特別であるが故に普通のことや平凡なことが特別難しいという逆説的な状況――ある種の不平等なのだと言える。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「実習のサポートくらい、マニュアルを暗記すればわけないわ」
 
『特別であるが故に普通のことや平凡なことが特別難しい』……この壁は特別さの強化では乗り越えられない。スポッターとメカニックについてはホルダーの"花嫁"にして事実上スレッタと共闘関係にあるミオリネが引き受けてくれたが、決闘を実現した2話と異なり彼女は今回事態を打開する決定打にはなってくれない。別に能力が足りないわけではなく、むしろ彼女は別学科でありながらテキストを読んだだけでそれらをこなせる"特別"な有能さを持っているのだが、所詮は即席だし一人でスポッターとメカニックの二役をこなすのは無理がある。特別な一人よりも、平凡な二人の方が今のスレッタには助けになるのだ。
 

2.特別扱いの限界

© 創通・サンライズMBS
ニカ「実習のスタッフがいなくて困ってるの。助けてやれない?」
 
特別な一人よりも平凡な二人。そういう助けを得る機会がスレッタになかったわけではない。当初から彼女に好意的だったメカニック科のニカ・ナナウラは自分達アーシアン(地球居住者)が住む地球寮にスレッタを連れていき、仲間の誰かに引き受けてもらえるよう彼女を紹介する。結果から見ればこれは失敗に終わったが、この時のニカの言葉は注目に値する。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
オジェロ「お前はいいのかよニカ?」
ヌーノ「そいつスペーシアンだろ」
ニカ「スレッタさんは他のスペーシアンとは違うよ。私達を下に見たりしない」

 

本作の世界はスペーシアン(宇宙居住者)とアーシアンの間に貧富の差があり、ニカ達アーシアンは学園でもスペーシアンから差別を受けている。パイロット科のチュアチュリー・パンランチ(チュチュ)などはスレッタと同じ試験の際、使用するMSのカメラに遅効性遮蔽スプレーをかけられ追試を余儀なくされてしまったほどだ。上記のニカの台詞はスレッタがそういう人間ではないことを知っているから出たものだが、同時にこれは彼女達の間の壁が取り払われていないことも意味している。ニカは要するに「スペーシアンは自分達と違う存在だが、スレッタは例外だよ」と言っているのであり、彼女はスレッタに対して分け隔てなく接しているようでその実二重に特別扱いをしている・・・・・・・・・・・・に過ぎない。
 

© 創通・サンライズMBS
チュチュ「なんでここにスペーシアンがいんだよ!?」
 
ニカは優しい心の持ち主なのは間違いないが、特別に特別を乗算して生まれたものを平等と勘違いしている。故にスレッタをあくまでスペーシアンとして――特別な存在として――扱うチュチュが彼女の受け入れに反対すればそれを抑えきれない。ここでもスレッタに立ちふさがるのは"特別さ"であった。
 

© 創通・サンライズMBS
ヌーノ「あの遅効性塗料は簡単には落とせないよ。チュチュの時もそうだったろ?」
 
スレッタは確かに地球出身ではなく、アーシアンスペーシアンに大別すれば後者に分類される。しかし一方で彼女の出身である水星は学校もないほどの田舎であり、大半のスペーシアンからすればアーシアン同様の差別対象でしかない。チュチュのMSにスプレーをかけた生徒は今度はスレッタのMSにも同様の妨害をし、スレッタは視界を封じられたまま試験を受けることになってしまう。何度でもリトライできる追試ではあったが、何度も何度も繰り返される時間切れにとうとう彼女は心折れて泣き出してしまった。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「偉いねあんた」
 
スレッタは確かに"特別"な少女である。水星出身であることもガンダムを操れることも、ホルダーとして特別な制服の着用を求められることも、「逃げれば一つ、進めば二つ」の言葉で周囲の人間を感化していく姿も、メタ的に見れば主人公であることも含め特別なことばかりだ。しかし特別であることは常に素晴らしいわけではないし、世の中には特別さでは乗り越えられない壁もある。今回スレッタが見せたのは自分にのしかかった特別さに対する悲鳴であり、同時に子供としての極めて平凡な一面だったと言えるだろう。
 

© 創通・サンライズMBS
特別な一人ではなく、平凡な二人でなければ越えられない壁。スレッタは遂にその壁に屈し、平凡な少女に戻ってしまった。だがこれは光明でもある。スレッタが平凡になったのなら、もう一人平凡な人間がいれば道は開けてくる――そう、今回のもう一人の主役とも言える存在、チュチュの出番だ。
 
 

3.特別さではできないこと

© 創通・サンライズMBS
チュチュ「痴話喧嘩だったってわけ? スペーシアン様はお気楽なもんね」
 
チュチュことチュアチュリー・パンランチは人目を引く少女だ。爆発したように逆立てた二つ縛りの髪に厚ぼったい上着、全体にピンク色でまとめられた姿は灰色の制服を着用している他の生徒と一線を画している。だが実際のところ彼女は見た目と裏腹に、学園では平凡な存在に過ぎない。バックの企業次第で事実上の序列が決まるこの学園でアーシアンの彼女にろくな後ろ盾があるはずもなく、搭乗しているMSも旧世代型をレストア&カスタムしたものだ。
 
彼女にとって、特別扱いを受ける連中は憎むべき存在である。スレッタとグエルの決闘でも当初は前者を応援したが、彼女がグエルから求婚を受ける姿を見てチュチュの心は冷めてしまった。スレッタもグエルと同じ特別な存在であり、決闘は上流階級のお遊びに過ぎないと感じてしまったからだ。そんな印象を持った相手が地球寮にやってくるのを受け入れられなかったのは自然な心情であろう。しかし一方で彼女は今回、特別扱いをしているのは自分も同様であることに気付かされる。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「スペーシアンてだけでクソ呼ばわり? あなたもアーシアンを差別する連中と変わらないのね」
 
追試の際、再び顔を合わせたスレッタへ「クソスペーシアン」と悪態をついたチュチュはミオリネから反論を受ける。スペーシアンだからというだけでクソ呼ばわりするなら、それはアーシアンを差別するスペーシアンと変わらない、と。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「学校作るんでしょ、期待されてるんでしょ! 水星の皆が送り出してくれて、お守りもらったって! ここで諦めていいの!?」
 
また視界不良で追試をこなせず泣き出してしまったスレッタに対するミオリネの叱咤に、チュチュは彼女の境遇が自分にも似ていることを知る。宇宙居住者と言っても水星は学校もないほど貧しい星であり、スレッタは地元の期待を一身に背負って学園へやってきていた。それは故郷の多くの人々から援助を受けて進学したチュチュも同様であり(クレジットに父親の配役がないところを見ると、彼女は誰か一人ではなく地元の皆の子供のようなものなのかもしれない)、ミオリネのスレッタへの言葉はまるで自分に言われているかのように響く。スプレーをかけて妨害したスペーシアンの少女二人のスレッタに対する嘲笑もまた、同様に。この時、スレッタとチュチュの悩みや苦境はありふれた平凡なものになっていて、故に"平等"である。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
チュチュ「誰の思いも背負ってないやつが、邪魔してんじゃねえ!」
 
追試の順番を待っていたはずのチュチュはMSを降り、嘲笑っていた少女に拳を見舞う。誰のためにかと言えばスレッタのためだが、同時にだからこそそれはチュチュ自身のための拳だ。嘲笑われていたのはスレッタであってスレッタでなく、チュチュでもあってチュチュだけですらなく、「誰かの思いを背負っている人間」全てなのだから。それに怒りを示したこの時、チュチュは自分の中にあった"特別扱い"を捨てることができた。身一つではなく、自分と誰かの二つを助けるために進むことができた*1。だから彼女はもう、スレッタに地球寮住まいを提案するニカに反対したりはしないのだ。
 

© 創通・サンライズMBS
ミオリネ「で、結果は?」
スレッタ「えーっと……」
チュチュ「再試験。ったく、なんであーしまで……」

 

人はヒーローに憧れるものだし、その特別な戦いが世界を変えてくれることを期待してしまう。けれど本当に大切なのはその先、平凡な私達が繰り広げる平凡な戦いだ。特別な戦いが変えられるのは理念やモットーのレベルに過ぎず、平凡な私達が一人ひとりの心の中に落とし込んでいかなければ本当には世界は変わらない。それはきっと多くの場合は失敗するし嘲笑われもするが、そういう平凡な戦いは特別な人にはできないものだ。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「よ、よろしくお願いします。チュチュ先輩……」
チュチュ「……声が小さい」

 

スレッタが今回示した弱さは、特別から平凡への架け橋である。特別さではできないことがあるというのは、人を孤独から解放する、ある意味でとても平等なことなのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の4話レビューでした。直前で3話を見返したりもしましたが、「人は平等ではなく、だから逆に人と人が一緒になることで平等を作れる」……そういうのがこの1クール目の話なのかな、と思います。これまでの話だとスレッタが完璧超人(呂律が回らなくなるなども愛嬌という形で「完璧」)になりかねないところもあったので、そのへんを崩す意味でも彼女が泣き出してしまうのはとても良かった。こういう弱さが、いずれ男の子でも描けるようになっていくといいな。
 
さて、副題からすると次回はエランとの決闘に進んでいくのかしらん。色々と謎の多いキャラなので、彼の事情が明かされるのを期待して待ちたいと思います。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>

*1:チュチュが起こした喧嘩によって試験は再試験となり、スレッタは救われたのだ