正気の星――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」16話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
見定めの「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。16話では徐倫と看守ウエストウッドの死闘が繰り広げられる。なぜ、星を見ることが徐倫の勝利の理由になるのだろう?
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第16話「看守ウエストウッドの秘密」

厳正懲罰隔離房で『骨』を探す徐倫。しかしスポーツ・マックスが倒され、DISCを見られたことに感づいたプッチ神父から、スタンド使いが送り込まれる。スタンド『サバイバー』の能力で闘争心を上げられた看守と囚人により、懲罰房は『ファイトクラブ』と化し、各所で戦闘が始まる。看守・ウエストウッドに襲われる徐倫だが、戦闘中に相手もスタンド使いであることに気がつくも、謎の能力を相手に防戦一方に……
 

1.見えるから正気でいられない

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エストウッド「見えるぜFE40536。お前の長所が……糸のようなものがお前の腕の筋肉から出ているのが見える。美しい……」
 
徐倫の宿敵ホワイトスネイクの企みで、看守や囚人が殴り合うファイト・クラブと化した厳正懲罰隔離房。刺客の一人のスタンド「サバイバー」は直接的な攻撃力を持たず周囲の人間の怒りと闘争本能を刺激するだけの、この状況を作り出す舞台装置に過ぎないわけだが――かといってその役割が前回で終わっているわけではない。闘争本能の刺激は影響を受けた人間に相手の優れた筋肉が輝いて見える眼力を与えており、徐倫や彼女と戦う看守ウエストウッドはしばしばこれによって相手のコンディションを判断している。サバイバーは対象に「ドラゴンボール」で言うところのスカウターを与える能力を持っているとも言えるだろう。だが、相手の戦闘力が見えることは必ずしもプラスにばかり働かない。
 

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徐倫「この看守もスタンド使い! この懲罰房にいるスタンド使いは複数だ!」
 
徐倫は当初、自分の前にいるスタンド使いは一人だけだと考えていた。看守や囚人がスタンドによるものと思しき異常な興奮状態にあるのが目に見えていたが故に、そう仕向けている誰かだけでなく目の前の看守ウエストウッドもスタンド使いである可能性を見落としていた。
 

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徐倫(なんだ!? 今いったい、何をされたんだ……?)
 
またウエストウッドがスタンド使いであることに気付いた徐倫は、彼が悪さできないよう糸のスタンド「ストーン・フリー」で巧妙にその動きを封じる戦法を披露するが、その度に彼女は突如として腕や足をえぐられる大ダメージを受ける。ウエストウッド自身もそのスタンドも特に変わった動きはしていないのが見えているが、だがそれ故に徐倫は相手の攻撃の正体が見えずに困惑する。
 

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徐倫(な、なんなんだコイツのスタンドは! み、見えていない! いったい!?)
 
ドラゴンボールスカウターは相手の戦闘力を計測できる便利な道具であったが、それはしばしば着用者の判断ミスも招いていた。最初に計測された数値が低く侮っていたら相手は自在に戦闘力を変化させるタイプで思わぬ一撃を食らう、スカウターが計測に失敗すれば、敵が計測限界を超える戦闘力の持ち主なのを認められず単なる故障だと思ってしまう……これらを登場人物の愚かさに帰責するのは簡単だが、むしろ恐ろしいのはなまじ「見える」ことが「見えない」結果に繋がっている点だろう。広範な情報へ高速でアクセスできるネットがむしろデマと屁理屈の温床であるように、見えることは時に人の視力を奪う=正気を失わせるものなのだ。
 
 

2.理不尽な論理

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徐倫「紐の防御に力はいらない。直線的なパワーのパンチは、ほんの僅かにその方向を逸らすだけで軌道は大きく外れていく」
 
見えるからこそ人は惑い、正気でいられなくなってしまう。ではどうすればいいのか? おそらく一般的な解はこうだろう。「一つの情報を鵜呑みにせず、論理的・客観的に判断する」……ウエストウッドに苦戦を強いられる徐倫の対処も概ねそのように解釈できる。相手がスタンド使いであることが分かればその体を拘束して動きを封じ、スタンド攻撃の正体が分かればそれを弾き返してダメージを与えられないか考える彼女の思考は明瞭に論理的だ。だが、これらはいずれも失敗するか致命傷を避ける程度の結果にしかならない。
 

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エストウッドのスタンドは「プラネット・ウェイブス」。徐倫が受けていた謎の攻撃とはなんと、このスタンドが自分に向かって磁石のように引き付けていた隕石という意想外のもの。しかもこの隕石はウエストウッド自身に当たる前に燃え尽きるから、彼自身が隕石のダメージを受けることはない……遠距離から攻撃できる能力を持たないスタンド使いにとって、ほとんど理不尽とすら言える特性がウエストウッドのスタンド攻撃の正体であった。
 

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『理不尽』……そう、プラネット・ウェイブスは非常に理不尽なスタンドだ。隕石などというのは通常は大地に落ちる前に燃え尽きるものだし、その燃え尽きるタイミングを都合よく合わせるなど隕石自体を操れようが普通はできない。だが最適な突入角度と速度であれば燃え尽きることなく地表に達するのも確かであり、そこには明確な論理がある。理不尽だがプラネット・ウェイブスはそういう論理とルールの使い手なのだし、論理やルール自体が理不尽であることは実際は珍しくない。
 

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徐倫(か、かわすのがギリギリだった! しかも。そのまま隕石を奴に叩きつけようとしたのに、さっきと同じだ! 隕石は奴の体には一発も激突しない!)
 
論理を重視すると唱える者は、自分以上に論理を上手く使う者(悪用する者)には逆らえない。どこで習ったのか徐倫が格闘術に長けていようが看守として毎日囚人を押さえつけているウエストウッドに組技では勝てないし、「隕石はウエストウッドに当たる前に燃え尽きる」のがルールである以上は必死の思いで隕石を殴り返そうとそれが彼へのダメージに繋がることはない。体のあちこちを隕石でえぐられた徐倫はサバイバーの眼力で見ても満身創痍であり、客観的には全く詰みの状態に陥ってしまった。常識的な論理による抵抗は虚しく潰えてしまったのだ。
 

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エストウッド「ウソだね、それってよォォ~~ッ」
 
徐倫はかろうじて立ち上がりファイティング・ポーズを取るが、それがハッタリに過ぎないことは明らかだった。壁を背にして隕石の直撃を防ごうとしても破片によるダメージは避けられないし、徐倫はもはやウエストウッドの蹴りをガードすることすらできない。飛びかけた意識の中で、それでも彼女が見たもの――それが「星」である。
 
 

3.正気の星

エストウッドの蹴りを防ぐこともできず直撃を受けた徐倫。薄れかけた意識の中、彼女はこんな言葉を口にする。
 

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徐倫「ひとりの囚人は壁を見ていた。もうひとりの囚人は、鉄格子から覗く星を見ていた。あたしはどっちだ?」
 

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徐倫「もちろんあたしは星を見るわ」
 
徐倫の台詞が原作1巻(6部)で引用されていた名言の再利用なのは有名だが、注目したいのはこれが実利を全く伴わないことだ。当然だろう、見ているのが壁でも星でも収監されている事実は変わらないし、それで刑期が短くなるわけでもない。星を見れば希望や誇りが持てるというのは、徐倫が父の記憶DISCを奪還する決意を取り戻せるのはお気持ち・・・・の問題に過ぎない。だが、だからこそできる行為というのも世の中には存在する。
 

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徐倫「隕石は燃え尽きる、絶対にアンタには命中しない……ただし隕石だけは、ね」
 
起死回生のため徐倫が採った方法、それはなんと「奪ったブーツにレンガの破片を詰めて隕石をガードし、吹き飛んだそれをウエストウッドに当てる」というものだった。この方法は、論理的か否かと言えば確かに論理的なものだ。ウエストウッドに届かないのはあくまで隕石であって、それによって燃えたものは彼に当たる前に燃え尽きたりはしない。……だが、これを実践できる人間が果たしてどれほどいるものだろうか? ブーツによって半減はするが隕石が当たっているのには違いなく、実際徐倫は首を焼かれえぐられている。こんな反撃はまともな神経でできるものではなく*1、同時に完全な狂人にできる計算でもない。「星を見る」ことを決めた彼女はあくまでも正気で、だからこんなことをしでかせる。論理的ではあるが、それは常識的な論理を超えている。
 

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エストウッド(な、なんなんだよこいつ……全然懲りねえよ、全然諦めねえ……)
 
「鹿が通れるなら馬も通れる」で知られる源義経鵯越の逆落としの逸話に見られるように、突き詰められた論理的正しさは本来恐怖すら感じられるものだ。私達常人の言う論理的正しさなどはたいてい己の怠惰や酷薄さの正当化に過ぎず、そこには無意識に様々なブレーキがかけられている。だから徐倫のような行動をするには、論理だけでなくそのブレーキを外す意識が必要になってくる。どこまでも冷徹に物事を判断する、それ故に正気とは思えない正気――そう、狂気のような正気が。
 

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正気を保つことは、時に狂気よりも狂気的である。ただ生きるだけなら、余人の言う論理だとか客観だとか中立だとか、自分以外の誰かが保証してくれたもっともらしさに身を委ねれば私達は安楽に日々を過ごすことができる。サバイバーのような見えない狂気に支配されたとしても、それに気づいて葛藤を抱えることすらないだろう。わざわざ反旗を翻しても一文の得にもならないのにそんなことをするのは馬鹿げている。だが同時に、それでは私達は誰かの規定したもっともらしさの壁を越えることができない。人が本当に正気であるためには、自分であるためには、もっともらしさから"脱獄"するためには、誰に頼ることもなく自分自身で決断しなければならないのだ。他の何に正しさを保証してもらえるわけでもない以上、他人から見たそれが狂気の沙汰になるのは自然の成り行きというものだろう。こうして徐倫は、尽きぬ闘志と計算という相反して見えるものを乗りこなすことでウエストウッドを再起不能にしたのであった。そして、彼女が勝ったのは彼にだけではない。
 
今回徐倫が拳を交えたのは看守ウエストウッド一人であり、サバイバーの方は単なる舞台装置に過ぎないようにも思える。だが見えない狂気で支配するスタンドの影響下で逆に狂気じみた正気を見せた徐倫の戦いぶりは、むしろサバイバーに対してこそカウンターになっている。スタンドという『精神』エネルギーの激突が描かれる本作においてそれは、しょせん操り人形に過ぎないウエストウッドへの物理的勝利より遥かに価値のあるものとは言えまいか。今回彼女はウエストウッドだけでなく、彼や自分を操る見えない糸ともまた戦っていたのだ。
 

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徐倫「決着ゥゥ―――ッッ!!」
 
この戦いは正気と狂気の戦いであり、徐倫は星を見ることで「プラネット・ウェイブス」だけでなく「サバイバー」にも勝利した。ともすれば正気と狂気の区別がつかなくなるこの世界に囚われた私達は、星を見ることで正気を取り戻せるのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版ストーンオーシャンの16話レビューでした。「サバイバーって結局何だったのか?」みたいな疑問があったのですが、こうやってレビューを書いてみるとこれできちんと決着がついていたのだと自分の中で納得できます。プラネット・ウェイブスがサバイバーで見える筋肉のようなデザインになっているのも、そのあたりを仮託されている面があるのかもしれませんね。徐倫のようなことを私達がやろうとすると逆に災害時の自警団の過剰防衛みたいな「正気じみた狂気」になってしまうので注意が必要になりますが、面白い話だったと思います。
 
なお来週ですが午前中所用があり、更新は場合によっては翌日などになるかもしれません。すみませんがお待ち下さい。
 
 

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*1:『本当にやれやれって感じだわ』