大海に溺れるプランクトン――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」17話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
ワザマエ光る「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。17話で徐倫はブクブクと膨れた異様な死体を目にする。刺客であるケンゾーが"溺れさせる"のは肉体だけではない。
 
 

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第17話「燃えよ龍の夢(ドラゴンズ・ドリーム)」

エストウッドに辛くも勝利した徐倫。周りを見渡すと既に他の囚人同士の戦闘も終わっていた。異様な形で倒れている囚人と、勝ち残っていた数名の囚人。そのうちの一人『ケンゾー』は、ホワイトスネイクに送りこまれたスタンド使いだと自ら明かす。徐倫が戦闘態勢に入ったその時、忍び寄っていたF・F(フー・ファイターズ)がケンゾーに奇襲をかける。
 

1."溺れる"の嘘

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徐倫「な、なんだ!? これはいったい!」
 
隕石を引き寄せる驚異のスタンド使いと死闘を繰り広げ、辛くも勝利を収めた主人公・空条徐倫。負傷した体に鞭打って厳正懲罰隔離房内の『骨』を探そうとした彼女が目にしたのは、命がけの格闘に興じていた筈の他の囚人がみな水死体のように膨れ死んでいるという異様な後景であった。徐倫の前に姿を現した新たな刺客・ケンゾーはこれは自分が「溺れさせた」のだと語るが――後に分かるようにこれはある種のハッタリである。
 

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ケンゾー「もし両肺の中の空気を全て吐き出させた状況下でなら、人は数滴の水で即死状態で溺れ死ぬ!」
 
齢78でありながら俊敏な動きを見せるこの老人は太極拳をベースにした格闘術の使い手であった。死体の異常も急所攻撃によって相手を擬似的な溺死(窒息死)に陥れる技(特定の部位を攻撃することで相手の肺の空気を吐き出させると共に、強制的に分泌させた体液を流し込んで呼吸を封じる技)を心得ていたからに過ぎず、別に水を操るスタンド使いなどといったわけではなかったのだ。水死体の膨張は体内の腐敗ガス滞留が原因なのを考えれば、徐倫が見た光景は漫画的な嘘だとすら言えるだろう。だが、これは読者の意表を突くための無意味な演出というわけではない。それを考えるために、次節では徐倫の救援に現れた仲間であるF・Fの戦いぶりを見てみたい。
 
 

2.封じられた持ち味

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ケンゾー「お前の体内を血液以外の何かが流れているのがよく分かる。それがお前のスタンドか、それとも別の生き物か?」
 
徐倫に惚れ込んだ男囚アナスイを伴い、彼女の救援に現れた仲間F・F(フー・ファイターズ)。彼女(?)がシリーズの中でも特異な存在であることに異論を挟むファンはいないだろう。なにせ人間のように見える体は死亡した囚人のものを借りているに過ぎず、その正体はプランクトンが知性を持ったことで生まれた新生物だからだ。プランクトンの集合体である彼女はその能力を活かし、徐倫達の窮地を幾度も救ってきた。プランクトンを詰めて負傷を軽減したり、体の一部を変化させてプランクトンを銃弾代わりにしたり……F・Fの強みとは、人間でないために人間離れした動きができる点にあると言えるだろう。だが彼女は今回のケンゾー戦、自分の強みを発揮できているとは言い難い。
 

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F・F「あたしが今いるのは普通の人間、エートロの中! まずい、体がもたない!」
 
プランクトンであるF・Fは水が大好物であり、本来溺死とは縁のない存在だ。故にケンゾーに「溺れてみるか?」と言われても動揺することはなかったが、先に挙げた疑似水死攻撃の前には危うく戦闘不能になりかけてしまう。操っている囚人エートロの身体自体は普通の人間と変わらず、それを溺れさせられれば結局は動けないからだ。また彼女はプランクトンを弾丸のように発射して攻撃する技を度々披露しているが、『偶然』それらはケンゾーに当たることはなく有効打たり得ない。得意技を活用できない彼女がケンゾーと繰り広げるのはもっぱら単なる肉弾戦*1であり、持ち味を封じられたF・Fは人間と変わらない存在になってしまっているのである。
 

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ケンゾー「たったの数滴だが、気分は大海原に飲み込まれていく苦しみじゃろう」
 
目くそと鼻くそはできる場所が違うから区別されるが、もっぱら分泌物である点において違いはない。牛と豚は全く別の生き物だが、鶏肉と違い赤肉に分類される点では変わりない。細かな差異というものはあまりにも巨大な分類の前ではしばしば意味を失いがちであり、つまりそれは差異は分類の大海原に溺れる・・・ものだと形容することもできる。F・Fに対するケンゾーの戦いぶりはいわばそういうものだ。彼はF・Fの戦いぶりなどから相手が人間ではないと見抜く一方、倒し方は人間と変わらないことを指摘する。急所の位置も体の構造も流れる血液も人間と変わりはしない――ならば自分の敵ではないと。そして彼のスタンド「ドラゴンズ・ドリーム」は実際、それに恥じない力を持った代物であった。
 
 

3.大海に溺れるプランクトン

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ドラゴンズ・ドリーム「オレには手出しする権利はない。あくまでもジジイなんだ、敵はジジイだぜ……」
 
ケンゾーの掌の上、あるいは相手のすぐ近くに現れるスタンド「ドラゴンズ・ドリーム」。龍の彫り物のような姿で自ら喋るこのスタンドはどこか愛嬌すら感じさせるが、その性質はかなり特殊なものだ。ドラゴンズ・ドリームは一切の攻撃を受け付けないが同時に攻撃力もまったくなく、できることはなんと風水に基づき本体や相手の吉凶の方角を指し示すだけ。しかし見た目の地味さと裏腹に、この方角の吉凶は戦いの行方を大きく左右する力を持つ。
 

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アナスイ「『凶の方角』だ。わかりかけてきた……あれは風水だ」
 
劇中、ケンゾーがドラゴンズ・ドリームの示す吉凶の方角で戦っていることを見抜いたアナスイは風水が単なる占いではないことを解説する。東洋人が言うには世界には山や谷から発生する風や水のエネルギーがあり、その方角を知れば進むべき道を知ることができる。健康や財産を調べるのはもちろん、戦乱の時代には相手の城の凶の方角から攻め込んだり、逆に城側はその方角に神社を建てるなどしてエネルギーを鎮めることで守りを堅固にするといったことが行われていた……と。そしてケンゾーの戦い方はなんと、こうした吉凶の方角を個人レベルの戦闘技術に昇華させた「暗殺風水」だったのである。
 

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ドラゴンズ・ドリームの示した方角に従い、自分の吉となる方角を維持し相手の凶の方角から攻め込む限りケンゾーは敗北することがない。防御については銃弾で奇襲されようがたまたま死体が転がって防いでくれるし、攻撃の際は風が吹けば桶屋が儲かるような経緯で相手が勝手にダメージを受けてくれる。
 

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F・Fは『ネズミが自動ドアのスイッチを押したことで扉が閉まり、挟まれた男の顔にかかっていた眼鏡が割れて飛んで顔に刺さる』『先の戦いで穴の空いていた天窓から飛来した鳥が同じく先の戦いで破損していたファンに吸い込まれ、落下した部品がブーメランのように飛んで頭をパックリ』といったホラー映画の呪い死にさがならの偶然で負傷を重ねていくが、こんなダメージはどんな優れた知性の持ち主であっても回避のしようがない。人間と同じ肉体故の弱点をケンゾーが突いてくる点もそうだが、F・Fは今回戦士としての自分の強みを全く封じられている――"溺れ"させられている。そう、ケンゾーの疑似溺死攻撃がヒットしたのは序盤だけだが、F・Fは実はこの30分ずっと溺れさせられているのだ。
 

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InstagramtiktokSNSである点は変わらないように、ガンダムシリーズジェガン○型が大半の人には区別がつかないように*2、あまりにも大きな分類の前では個々の差異は"溺れて"沈んでしまう。ケンゾーがF・Fに仕掛けた攻撃とはそういうものであり、であれば彼が他の囚人をことごとく溺死させたのはハッタリや嘘であっても全くの間違いではない。ネット環境の発達で個々人が己の個性を追求できるはずが、むしろ再生回数1回やいいね1つに換算されて終わる今ともさほど変わるものではないだろう。
ケンゾーに対抗するためには必要なのはおそらく、溺れた差異の掘り起こしである。F・Fが受けたダメージにしても、頭部切断は人間であれば即死だがプランクトン彼女にとってはそうではないのだ。次回、反撃はいかにしてなされるのだろうか?
 
 

感想

というわけでアニメ版ストーンオーシャンの17話レビューでした。所用が無事終わり、レビューも日をまたがずに済んだことにホッとしています。今回は「人間みたいだけど人間じゃないF・F」「人間だけど人間離れしてるケンゾー」みたいな図式が最初に浮かび、それを詰めていったところこんなレビューになりました。このあたり、F・Fが最後にたどり着くものと意味合いを重ねられる部分もあるかもしれませんね。決着が楽しみです。あと公式サイトのキャラ紹介ではドラゴンズ・ドリームの配役までは分からないので、チョーさんの声が響いてきた時は笑いました。聞いてみれば確かに合ってる!
 
 

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*1:格闘の中でも体の構造を無視した柔軟な動きを見せたりはしているが、それは程度の差こそあれケンゾーが指を逆方向に曲げられるほどの柔軟性を持っているのと大差ない

*2:私も無理