かけがえなさの誕生日――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」6話レビュー&感想

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君が生まれる「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。6話ではスレッタとエランの決闘が繰り広げられる。エランの結末が示すものは、いったいなんだろう?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第6話「鬱陶しい歌」

エランとの決闘を承諾したスレッタ。
エランの豹変した態度に、彼女は戸惑いを隠せない。
決闘の場所はフロント外宙域。
推進ユニットを持たないエアリアルは、機体の増強を余儀なくされる。

公式サイトあらすじより)

 

1.エランの持たないもの

ベネリットグループ御三家の一つペイル社が擁立するパイロット、エラン・ケレス。彼が禁忌の技術GUNDフォーマットに合わせて作られた「強化人士4号」であることが明かされたのが前回であったが、今回明かされるその詳細はより悲惨なものだ。
 

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エラン「久しぶりだねえ、俺?」
 
前回の台詞で示唆されていたことではあったが、エランの顔は彼の顔ではなかった。ペイル社の御曹司(?)としての「エラン・ケレス」は別におり、私達の知るエランは彼の身代わりとして整形手術を受けた「偽物」だったのである。加えて強化人士となった代償にその体は傷ついており、彼を担当する技術研究員ベルメリア・ウィンストンの見立てでは戦闘に耐えるのは後1回のみ。ただ、これらは実はエランにとってはさほど重要ではない。彼にはスレッタに勝ってホルダーになれば元の顔に戻れる上に市民ナンバーも得られるという報酬が用意されているが、エランはそれを聞いても喜ばない。
 

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エラン「僕はとっくに、呪われてるよ」
 
エランが本当に欲しているもの、それは自分を自分たらしめるアイデンティティ――いわば"かけがえないもの"だ。顔もIDも操作できる時代、戻されたり与えられたそれらに自分を自分たらしめる保証能力はない。私は私であると信じられるためにはもっと別の何か、例えば誰かが祝ってくれた誕生日等の方がずっと大きな意味を持っている。しかし前回スレッタに誕生日を聞かれて「そんなものはない」と答えたように、エランにはそうした記憶すらない。故に彼には"かけがえないもの"がない。
 

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エラン「君はなんでも持っている。友達も家族も過去も未来も、やりたいことリスト、希望だって!」
スレッタ「エラン、さん……」
エラン「だったら勝利くらい僕にくれよ! じゃなければ不公平過ぎる!」

 

決闘の最中、彼はスレッタがなんでも持っていると指摘し、勝利くらいはくれよと叫ぶ。なぜか? それは勝利が唯一見つけられた"かけがえないもの"だからだ。友達も家族も過去も未来も希望も持たざる者であるエランにとって、それらを全て持つ者に勝つ快挙は自分が世界に残した爪痕になる。"かけがえないもの"になる。そのためには命も惜しくないからこそ、彼は強化人士の体ですら許容量を超えるほどのGUNDフォーマットを使用し戦おうとするのである。だが、"かけがえないもの"とはそうした悲壮な形でしか手に入れられないものなのだろうか?
 
 

2.スレッタの見失ったもの

前節で私は、エランが欲するのが"かけがえないもの"なのだと書いた。エランを持たざる者、スレッタを持つ者に位置付けた。ただ、スレッタにしても常に何もかもを持っているわけではない。
 

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スレッタ「エランさんが新設にしてくれたのは作戦で。なのに私喜んじゃって、バカみたいで……」
 
スレッタは落ち込んでいた。無表情だが優しかったエランから「鬱陶しい」などと言われたのがショックだったからだ。どうしてそんなことを言われたのか分からない彼女は、決闘の宣誓でも自分が何を懸けるのか答えることができない。決闘で懸けるものが劇中「魂の代償」とも呼ばれているように、本来決闘とはお互いに譲れないものがあるからこそ行われるものだがスレッタにはそれが見つからない。すなわち彼女は"かけがえないもの"を見失っている。
 

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マルタン「まずいよ! ペイル寮のMSは機動力がウリなんだ。増して新型が相手じゃあ……」
 
またスレッタのMSエアリアルはこれまでの戦いで高い性能を見せてきたが、宇宙空間が舞台となる今回の決闘では推進力の不足が指摘される。GUNDフォーマットの倫理的問題点を何らかの方法でクリアした未来的な機体と目されるこの機体も、全領域で必要とされるものを持っているわけではない。かけがえないものをどうしても得られない時、人は何を以てそれを埋め合わせるか?……言うまでもなく代替品、"替えが効くもの"である。
 
 

3."かけがえないもの"の在り処

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ニカ「じゃ、作ろっか!」
 
スレッタの住む地球寮は企業からの支援が手薄で、推進用のフライトユニットを買うだけのお金がない。宇宙居住者スペーシアンが住む他の寮からは見下されているから、そこから借りてくることもできない。地球寮のニカ達はなんと廃材からフライトユニットを自作して代えるという力技に出るが、こうまでするのはもちろんそれが勝利に"かけがえないもの"だと分かっているからだ。
 

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スレッタ「負けたら?」
ヌーノ&オジェロ「破産!」
スレッタ「頑張ります……」

 

また地球寮にとってはこの廃材購入すら大赤字の出費であり、ニカと同じメカニックのヌーノとオジェロは財産をスレッタとエランの決闘にベットしていることを打ち明ける。スレッタが勝てば廃材購入の費用が賄え、負ければ破産――代えがたいものをもって代えるほど腹をくくった二人の状況からもまた、"かけがえないもの"は見えてくる。
 
"かけがえないもの"は、日頃は案外見落とされているものだ。自分の中心にどっしり安置されているものだから、それが無い状況を想像するのがそもそも難しい。かけがえないものだったと気付くのは往々にしてそれを失った時、他の何かでそれを埋め合わせなければならなくなった時だ。そして、時にはそれは他者からの指摘によって気付かされることもある。
 
フライトユニットの製作は上手く行くも未だ気落ちしたままのスレッタは、ホルダーの"花嫁"たるミオリネから叱咤を受ける。エランが言った通りスレッタは鬱陶しい、と。だが実のところ、これは叱咤ではなく激励であった。
 

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ミオリネ「『進めば二つ』なんでしょ? そのアンタがなんで逃げてるの! こんなとこでウジウジ言ってないでさっさと進みなさいよ!」
 
ミオリネは言う。鬱陶しいくらいなのがスレッタなのだと。「進めば二つ」を信条に勝手に絡んで勝手に動くのがアンタであり、なのにどうして今は逃げているのかと。彼女はつまり、スレッタの"かけがえないもの"を彼女に代わって指摘したのだ。もちろん彼女がスレッタになれるわけはないが、替えになって埋め合わせたのだ。
 

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ミオリネの言葉で心の推進力を得たスレッタはエランのペイル寮を訪ね、答えようとしない彼に寮内放送を借りて訴えかける。つまり寮内放送を個人通信に代えているわけだが、そこまですることは彼女の切実さをいっそう強く私達に教えてくれる。"かけがえないもの"とは、代えがたいものをもって代える時にこそ浮かび上がってくるものなのだろう。結局スレッタはエランと上手く話すことはできなかったが、それによって決闘に懸けるものを見つけることができた。勝った時はエランのことを教えてほしいと、伝えることができた。
 
 

4.かけがえなさの誕生日

"かけがえないもの"は、代えがたいものをもって代える時にこそ浮かび上がってくる。この図式は、いよいよ行われる決闘でますます顕著である。
 

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先に触れたように、この決闘でのエランは感情的だ。らしくもなく感情をあらわにし、命の危険も顧みずGUNDフォーマットのスコア(レベル)を上げ……それだけこの戦いは彼にとってかけがえないものだが、そのことはむしろスレッタとエアリアルの特殊性を、"かけがえなさ"を際立たせる結果になる。
 

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エラン「動かない!? 何をした!」
 
エランのMSファラクトはペイル社製らしく機動力に優れ更にGUNDフォーマットまで搭載した機体だが、だからといってエアリアルを、"ガンダム"を圧倒できるわけではない。ガンビットの操作ができても制御では一段劣るし、命の危険を冒してGUNDフォーマットのスコアを上げた加速にもフライトユニットとビットオンフォーム(ガンビットを分散装備して能力を上げた状態)の合せ技でついてこられてしまう。それでもエランは意地でガンビットをヒットさせ、その特殊効果でエアリアルの一部機能を停止させることに成功するが――待っていたのは電磁ビームをヒットさせた相手どころか周囲全体を麻痺させてしまう、ファラクトには搭載されていない未知の機能を受けての敗北であった。代替品としてのエランとファラクトは、むしろスレッタとエアリアルがいかに特別かを示す結果に終わったのだ。
 

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エラン「いたんだ、昔。誕生日祝ってくれる人。僕にはなにもないと思っていた。けどそうじゃなかった、そうじゃなかったんだ」
 
自分と同じと思っていたがそうでなかったスレッタに失望した彼は結局、エアリアルと同じでもなかった。代わりにはなれなかった。だが、それは"かけがえないもの"をエランが手に入れられないことを意味しない。
コックピットの中、焼け溶けるそれのオレンジ色はエランの記憶を呼び覚ます。ろうそくの炎に代わって、かつて祝われた誕生日を思い出させる。そういう記憶が自分にも存在したのだと語るエランの言葉をしかし、スレッタは否定する。
 

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スレッタ「誕生日を祝ってくれる人、います! 私もいます……エランさんになにもないなんてこと、絶対にないです!」
 
スレッタはなぜエランの言葉を否定するのか? それは彼の誕生日を祝うのは自分も同じだからだ。記憶の中の誰かの代わりではなく、彼女がエランの誕生日を祝うからだ。そしてそんな彼女の姿はむしろ、記憶の中の祝ってくれた誰かとオーバーラップしてエランの瞳に映る。"代わりになって"いる。同時に彼はそれによって"かけがえないもの"を得ている。逆説的だが、"かけがえないものは他のかけがえないものの代わりになる"のである*1
 

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私達は欲しい物を全て手に入れることはできないし、幼い頃得られなかったものの代償を大人になってから求めることも少なくない。けれど全く同じものを再現しようとしても肝心の私達自身がその時と同じではない以上、全く同じものはむしろ代替品になり得ない。そうした渇きから救ってくれるのはむしろ、もの自体よりもむしろその背景に隠されていたものにこそある。エランの場合、自分を自分たらしめる"かけがえないもの"として必要だったのは誕生日そのものより、それを祝ってくれる人の存在であった。勝利よりずっと得難いものを、彼は遂に手に入れることができたのだ。
 

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ホルダーになる目的を果たせなかった強化人士4号は、ペイル社にとって価値のない存在に過ぎない。戻った彼の身に待っていたのは、スレッタとの再会の約束を果たすこともできず廃棄処分される運命であった。だが、スレッタへの敗北が彼の運命を歪めたというのは間違いだろう。診断されていたように彼の体は既にボロボロだったし、勝利し提示された通りの報酬を受けたとしてもその後は虚しいものだったはずだ。だが本当の名でなかったとしても今回、スレッタがそう呼んでくれることで少年は「エラン・ケレス」になれた。同じ顔の人間がいくらいようと彼女が、そして私達が知る「エラン・ケレス」は彼一人だけだ。そこにかけがえなどあろうはずがない。その重みだけは、どんな残酷な運命も覆すことができない。
 

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「ハッピーバースデートゥ……」の歌と共に生涯を終えた一人の人間の姿はあまりに悲しく、しかし悲しいだけではない。少年が死にエラン・ケレスが生まれたこの日は、悲しくとも間違いなく彼の誕生日なのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の6話レビューでした。いや、退場しそうなキャラだとは思ってましたが。思ってましたが。それはもうちょっと先の時期だとばかり……再来週以降出てくるかもしれない5人目をどう見たらいいのだ、元が普通の人間なら綾波レイともまた違うし。
 
「かけがえのなさ」を共通点に設定するとして、それをどう見たらいいのか? とウンウン悩んだ結果こういうレビューになりました。2週間後のスレッタもどうなるか気になりますが、安らかに眠ってほしい……
 
 

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*1:二人の"浮気"を見ているミオリネも、自分こそがスレッタの花嫁だという確信によってそれに目をつぶってやることができる