自立の条件――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」7話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
孵化を迎える「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。7話ではスレッタとエアリアルに思わぬ危機が訪れ、ミオリネの覚悟が問われる。彼女の自立に必要だったものは、果たしてなんだろうか?
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第7話「シャル・ウィ・ガンダム?」

エランと連絡が取れないまま茫然と日々を過ごすスレッタのもとに、
ベネリットグループからインキュベーションパーティーの招待状が届く。
ミオリネは行く必要なしと冷たくあしらうが、スレッタはエランとの再会を期待して……。

公式サイトあらすじより)

 

1.身一つでは立てない

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ミオリネ「いつも上から目線で、説明もなしに勝手に決めて……」
 
この7話は事実上、ミオリネ・レンブランを主役とした話だ。アスティカシア高等専門学園経営戦略科2年、ベネリットグループ総裁デリングの娘、学園で行われる決闘の覇者・ホルダーの花嫁……そして大の父親嫌い。いつも高圧的に接しまた母の葬式にも来なかったデリングに彼女は大いに反発しており、今回開かれたインキュベーション・パーティ(ベネリットグループ内の新規事業立ち上げ支援イベント)でシン・セー開発公社CEOプロスペラに会った際も「父親だなんて絶対認めたくありません」とまで言っている。ミオリネは常々地球に行きたいと口にしているが、それは父の手を離れ自立したい思いが理由の一つにあるのだろう。だが、彼女の話を聞いたプロスペラが嘲笑混じりに指摘するように彼女の考えは甘い。
 

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プロスペラ「その素敵なドレスも今身につけているヒールもアクセサリーも、寮には入らず理事長室で生活しているのも、他者から受ける敬意も。その全てがベネリっとグループ総裁であるお父様の力のおかげなのに……って思ったら、なんだかおかしくなっちゃって」
 
プロスペラは指摘する。今彼女が豪華な服を着ているのも、他の生徒と異なり寮に入らず理事長室で生活しているのも、グループの人間から丁重な扱いを受けるのも全ては父デリング総裁の恩恵ではないか……と。ミオリネは父に反発し、2話ではプロスペラの娘にして現ホルダーのスレッタのMSエアリアルを救うための言質を引き出したりはしているが、結局のところ彼女が父の庇護下に置かれた存在なのは変わりない。それで自立などとちゃんちゃらおかしい、というプロスペラの指摘には確かに一理がある。
 

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ミオリネ「この話に価値があると思った方は、株式会社ガンダムの設立にどうか投資を!」
 
庇護下にある状態を自立とは言わない。そうたしなめられた時、たいていの場合人は庇護から抜け出すことをもって自立を証明しようとする。ミオリネの場合も同様で、彼女はスレッタとエアリアルがベネリットグループの有力企業御三家にハメられた今回、自らのプレゼンでその窮状を救おうとした。エアリアルに使われた禁忌の技術GUNDフォーマットを安全に管理運用する新会社「ガンダム」の設立をぶち上げ出資を募ったのだが、これはミオリネにとって自分が"身一つ"でやっていける自信の現れだったと言えよう。
 
実際、彼女のプレゼンは咄嗟の思いつきにしてはよくできていたし、説明には様々な配慮がなされていた。GUNDフォーマットが禁忌とされるのはパイロットの生命の問題を抱えているからだがスレッタはピンピンしているし、この技術を安全に発展させられればベネリットグループの業績を立て直す起爆剤になり得る。生命倫理の問題は新会社で引き受け投資は匿名契約とし、グループから切り離せばリスクの問題もない……一人でここまで考えられる人間はそうはいるものではない。ミオリネは4話でも異なる学科のテキストに即座に対応していたが、彼女が人並み外れて優秀なのは確かなのだろう。しかし、この新会社に投資する者は一人も現れなかった。
 

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ミオリネ「なんで……」
 
ミオリネのプレゼンに誰も乗らないのはなぜか? それは彼女が根本的な部分で勘違いをしているからだ。今回の舞台はインキュベーション・パーティ……自分や自社だけでは困難な資金集めを他人の力を借りて行う催しである。つまり"身一つ"ではできない事業を実現するための場所だ。にも関わらず自分の"身一つ"の優秀さのアピールで乗り切ろうとするのは矛盾しているし、むしろ自分の足りない部分をさらけ出す結果にすらなる。ミオリネの場合不足していたのは、父デリングが指摘するように信用の問題であった。経営戦略科の成績トップとはいえ実績を持たない彼女がいくら大言壮語を吐こうとも、皆それに投資する気にはなれなかったのである。
 

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デリング「どんな大言壮語を吐こうとも、それを裏付ける信用がお前にはない」
 
圧迫を嫌いその庇護下を脱すれば、今度は己の身一つの弱さを思い知ることになる。これは家父長制下の女性に限った話ではなく、大企業の責任ある立場を務めた人間でもよくあることだ。己の能力で尊敬されたり成果を上げていると思っていたが、実際は企業や立場の下駄を履いていたに過ぎなかったというのは脱サラや定年後の話としておなじみである。では、人はそういう時どうすればいいのだろう?
 
 

2.自立の条件

誰かの庇護下にあることはしばしば束縛であり、しかし"身一つ"の人は弱い。ではどうすればいいのか? ヒントは今回、陣営を問わずあちこちで示されている。
 

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スレッタ「これからも勉強、頑張ります!」
 
例えば"身一つ"では弱い一番の例として挙げられるのはミオリネの花婿、スレッタだろう。貧しい水星出身の上にあまり人と話すことにも慣れていない彼女は、パーティで着るような服は持っていないし緊張ですぐに呂律が回らなくなってしまう。だが今回のインキュベーション・パーティで彼女はドレスに身を包んだし、ホルダーとして登壇した際も緊張は明らかながら堂々とした話しぶりを見せた。ドレスはミオリネのものを着させてもらい、登壇の際はこれまたミオリネの「背筋を伸ばす!」という助言を思い出したからだ。身一つではパーティに出られるような状態ではなかった彼女は、ミオリネの力を借りることでそれを果たせたと言える。
 

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ゴルネリ「風向き、変わりそうね」
ニューゲン「ええ」

 

また、今回はいつも以上にグループ内の企みが活発な回だ。ベネリットグループ御三家は共謀してスレッタを罠にかけエアリアルガンダムだと暴いたが、その目的は必ずしも一致していない。グラスレー社CEOのサリウス・ゼネリの狙いはデリングの出方を見ることにあったし、密かにGUNDフォーマット関連の開発をしていたペイル社の4人のCEOはガンダムに対する世の風向きが変わることを期待している節が見受けられる。今回の策謀では誰か一人が分かりやすく糸を引いているのではなく、それぞれがそれぞれの思惑を実現するために手を組んでいる。御三家も先に挙げたスレッタも、"身一つ"ではできないことを他者の力を借りて実現しているのだ。
 

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エラン「ったく。なんで俺が強化人士の尻拭いなのさ」
 
世の中では「自分一人で行きていけるようになるのが大事」などと言われることも多いが、実際のところ人一人でできることには限りがあって"身一つ"で生きていくのは難しい。豊富な有価証券と高いビジネススキルを備えた人も服から食事から全て自分だけで用意できるわけではないし、ロビンソン・クルーソーのような自給自足できる人間にとっても孤独は耐え難い渇きとなる。
 
人が生きていくためには他者の存在が必要で、そこには当然貸し借りの関係が発生する。そして上下関係で上に立てば貸すだけの立場になれるかと言えばそんなこともなく、例えばペイル社の擁立するパイロットであるエラン・ケレスは自分そっくりに整形した強化人士を使い捨てているが、この7話では前回廃棄処分した「エラン・ケレス」がスレッタと交流があったことの帳尻を合わせる必要に迫られたりしている。優秀だろうが裕福だろうが結局人は一人では生きられないし、一人にはなれないのだろう。ならばそこで貸し借りが発生するのは自然なことだし、それは本来不平等を生むものではない。
 

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ミオリネ「あなたの言う通り、今のままじゃわたしの提案に乗る人なんていません。ですから、ベネリットグループの総裁であるあなたの信用をお借りしたいんです。お願いします!」
 
パーティ会場を去ろうとするデリングに、ミオリネはヒールもドレスの装飾も捨てて追いすがり新会社への投資を願う。ベネリットグループ総裁である彼の信用を「貸して」ほしいと頼む。それは彼女が"身一つ"でなければ自立ではないという傲慢な勘違いを捨てた証だ。同時にこれは彼女が身の程をわきまえて膝を屈したなどという話でもなく、むしろ彼ら父娘の平等な関係の始まりでもある。ミオリネは父から庇護を受けている=借りていることに無自覚な状態を脱し、己に足りないものを自覚的に借りる段階に達した。ある意味で極めてビジネスライクに取引できるようになったのであり、それはとても平等なことだ。実際、これを受けてデリングが新会社への投資を決めたことについてサリウスは何らかの思惑があるのを感じ取っている。デリングが信用を貸したのはけして、娘へのお情けから(だけ)ではないのだ。
 

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ミオリネは今回、自分の不足に対して進むことで"身一つ"の呪縛から脱した。デリングの投資が呼び水となって設立に成功した新会社、株式会社ガンダムは彼女にとって家出よりも確かなひとり立ちの機会になるだろう。もちろん、彼女と行動を共にするスレッタにとっても。
人は自分ひとりでは立てないが、自分の不足を知った時にこそ人は自立できる。そして、不足を補う貸し借りは人の自立と平等のためにあるものなのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の7話レビューでした。「対等じゃないと認めた時に対等になれる」みたいなことを最初に考えたのですがどうも全体を拾えていない気がして、煮詰めていくとこんな感じになりました。自立というと助けを借りないことだと捉えられがちですが、何が足りないのか把握して助けを求めるのも自立ですよね。まあ、だから逆に自分の不足を過剰認識させて他者を支配しようとする人がいたりするわけなんですが。話がこれからまた大きく動いていそうで楽しみになり、そしてスレッタがエランとの再会を喜ぶ姿を見る度に胸の痛む回でした。
 
 

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