狭間のパワースポット――「ヤマノススメ Next Summit」8話レビュー&感想

©しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会
ご利益求めて「ヤマノススメ Next Summit」。8話では群馬に住む黒崎ほのかと一緒の2つの登山が描かれる。どちらの山登りからも見えてくるのは"パワースポット"の所在である。
 
 

ヤマノススメ Next Summit 第8話「パワースポットでバレンタイン?/スノーシューにチャレンジ!」

バレンタインデーが間近なある日、群馬のほのかを誘って奥多摩の御岳山へ。受験を控えたほのかは渋っていたが、ここなも参加すると聞いて一転、参加を決める。パワースポットをめぐる中で、ほのかは何故かここなが気になる様子なのだが……?
 

1.パワースポットはどこ?

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あおい「スノーシュー?」
小春「足に浮力を加えて、雪の上を楽に歩けるように作られたアイテムよ」

 

今回は2つの山に登る回だ。前半の御岳山は山頂に武蔵御嶽神社のある霊験あらたかな山であり、主人公のあおいはパワースポットのご利益を目的の一つにしている。が、今回一緒に登る群馬の友人・黒崎ほのかにとってはそれはあまり興味を引くポイントではない。2月で高校受験を控えておりどうするか迷った彼女が同行を決めた理由――それはかつて一緒にロックハート城を訪れ、とても気になる存在となっていた青羽ここなも同行すると聞いたためであった。その様子に目ざとく気付いたあおいの友人・ひなたが指摘するように、今回のほのかの登山の目当ては山そのものよりもここなにある。
また後半は群馬の赤城山に登る話であるが、こちらも登山の理由は普段と少し変わっている。発端は登山部の部長である小春が部室からスノーシュー(西洋版のかんじき)を見つけ使ってみたいと考えたことにあり、つまり山登りではなくスノーシューの使用自体が目的になっているのだ。
 

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ここな「ご利益があるといいですね」
ほのか「そうだね」

 

登山は基本的に山頂を目指すものである。だがそれはあくまで物理的な目標であって、登山者の目的がそれとは限らない。あおいにしても、かつて登山部入部の誘いを断ったのは登頂以上に道中の景色を噛み締めるのが自分の登山の目的だと気付いたからだった。
人は山に登る時、山頂に仮託したどこか別の"場所"にたどり着くことを目的にしている。そして場所とはスポット(spot)であり、目的地たるそこには当然何らかのパワーがあるものだ。そう、登山の目的地はみな"パワースポット"なのである。では、パワースポットは具体的にどんなところにあるものなのだろう?
 
 

2.山頂≠目的地

登山の目的地はみな"パワースポット"であり、人は山頂に仮託したそこへ登ろうとする。だがここには一つ問題がある。あくまで仮に託された目的地に過ぎない以上、山頂に登るだけでは私達は本来の目的地にたどり着けないのだ。この難しさは、後半の赤城山登山での描写によく現れている。
 

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あおい・ひなた・ほのか(思ってたのと違う……)
 
先に触れたように赤城山登山はスノーシューの使用を目的とした登山だ。雪が多くて傾斜が厳しくない近くの山というのがその理由だったが、あおい達は思わぬトラブルに見舞われる。降雪量が少なく暖かい日の続いた今年の赤城山は積雪量が少なく、地面はスノーシューの使用に適したコンディションになっていなかったのだ。雪が無いわけではないので履いてはみたものの、その履き心地はあおい達の期待からは程遠い味気なさであった。
 

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赤城山登山の目的は確かにスノーシューの使用にある。だが、スノーシューを履くだけなら別に山でなくとも可能だ。実際あおいは前日に室内で試し履きをしている。だがうっかりスノーシューのツメで階段を傷つけてしまって親から怒られたように、履くだけでは意味がない。雪の積もった地面を踏みしめるのでなければ本当にスノーシューを使用したとは言えず、それでは山頂に登っても目的地にたどり着けたとは言えないのだ。だが、そもそも目的地は山頂にしかないのだろうか?
 

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あおい「ふかふか~っ!」
 
強風に耐えながら山頂までたどり着き、下山を始めたあおい達はあることに気がつく。行きと別ルートのこの道では雪が比較的残っており凍ってもおらず、つまりスノーシューの使用に適した地面が出来上がっていたのだ。踏みしめたその感触は小春の言う通り雲を踏むかのようなふかふかさ加減で、あおい達は行きと打って変わってスノーシューの履き心地に夢中になった。探していた"パワースポット"はここにあったのだ。
 
 

3.狭間のパワースポット

山頂があくまで仮託された目標でしかない以上、そこに登っても目的が果たされるとは限らない。"パワースポット"にたどり着けるとは限らない。しかし逆に言えば山頂以外でそれが叶うこともあれば、時には目的そのものが変わったり、思わぬ掘り出し物が見つかることだってある。8話のあおい達の登山は、そういう出来事の連続だ。
 

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ひなた「気が利いてるじゃん、あおい!」
あおい「ありがと」

 

例えばあおいの御岳山登山は本で紹介されるような意味でのパワースポットのご利益、縁結びが目的だったが、登山の中で縁結びの御利益はほのかとここなが仲良くなることへの願いに変わっていた。彼女自身にしても、手作りを持参したオレンジピールに対するひなたの感謝は彼女との友情を更に深める(縁を結ぶ)結果に繋がっている。加えて言えばスノーシューを活かせなかった赤城山登山の登りにしても、山頂で目にした地蔵岳にかつての登山を思い出したひなたの表情はこれはこれで満足げだ。これらはどれも当初の目的とは別の形で起きた出来事であり、しかしあおい達は皆それに満足している。自分がたどり着いた思わぬ場所に、しかしそこに"パワースポット"を見ているのである。
 

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あおい(天気や気候は人の力ではどうしようもない。でも、そんな中でも色んな楽しみ方があるものです。春が来るのは待つしかないけど、春は必ず来るんです)
 
スノーシューを堪能して赤城山を下山したあおいは、付近のレストランでわかさぎ定食に舌鼓を打ちながら思う。天気や気候は人の力ではどうしようもないが、そんな中でも色々な楽しみ方がある。春が来るのは待つしかないが、春は必ず来るのだ……と。工夫すればどんなことでも乗り越えられるというほど人は万能ではないけれど、一方で私達は自分と自分ではどうにもならないものの間に春を見つけることがある。他人だとか自然だとかと自分が噛み合う、不思議な瞬間を味わえることがある。自分と自分の思うがままにならない相手との間という場所に、”スポット”に、奇跡のようなパワーを見つけているのだ。あおい達と全く同じ経験はしていなくとも、その感覚自体は多くの人が共感できるのではないだろうか。
 

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ほのか「こういうことかな、パワースポットを信じる気持ちって」
 
この8話、あおい達が訪れたパワースポットはけして御岳山の神社だけではない。ほのかとここな、あおいとひなた、スノーシューと雪面、予定通りにいかない登山とそれがもたらす驚き。その狭間をこそ、今回あおい達は訪れた。自分と自分以外の狭間にこそ、本当のパワースポットは潜んでいるのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版ヤマノススメの4期8話レビューでした。「時と場所」「パワースポットとパワーパーソン」「適材適所」とか色々考えたのですがしっくり来ず、最終的にスポットはどこなのかというテーマでのレビューに落ち着きました。先日「すずめの戸締まり」を見た際に、真理というのはすぐ見えなくなってしまうのではなく、もともと一瞬だけ見えるようなものなのではないか……という気付きがあったのですが、それをなぞるような結論になった次第です。本来なら無い方が楽なはずの雪を求める、というのも示唆として面白い話だなと思いました。
 
 

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かっこいいほどかわいい、かわいいほどかっこいい。小春部長のパワースポットも狭間にある。
 
 

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