学生の本分――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」8話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
アイデンティティを探す「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。8話では株式会社ガンダムの方向性を巡る悶着が描かれる。今回は学生の起業などが言われる現代らしい題材であり、そして学生の本分を問うお話だ。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第8話「彼らの採択」

急遽始動した、株式会社ガンダム
社長となったミオリネは、地球寮のメンバーを社員として巻き込んでいく。
だが、突貫で作られたため、事業内容は決まっていなかった。
ミオリネはガンダムの呪いを解くきっかけを求めて、プロスぺラを訪ねる。

公式サイトあらすじより)

 

1.定款というアイデンティティ

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ミオリネ「会社を興した以上、やることは山積みよ!」
 
前回スレッタがベネリットグループ御三家の罠にかけられるも、ガンダムの安全な管理運用を目指す株式会社ガンダムの設立という荒技で彼女とガンダムエアリアルを守ったミオリネ。その場限りのハッタリで済む話ではないため、彼女はスレッタの住む地球寮の面々とどういう企業にするか打ち合わせようとするのだが――企業経営がそう簡単にいくはずはない。
 

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チュチュ「この会社が何すんのかって話だろ」
 
会社経営を一方的に決めたミオリネへの反発、禁忌の技術GUNDフォーマットを用いたガンダムへの恐怖などニカ達地球寮の面々の反応は一様ではなく、特に揉めたのは定款の決定であった。定款とは簡単に言えば自社が何をする企業であるかの明文化、定義づけであるが、MSガンダムを兵器として売るという自然と言えば自然な発想に彼女達はいい顔をしない。宇宙居住者スペーシアンと地球居住者アーシアンの貧富の差が問題となっているこの世界、アーシアンである地球寮の面々は多くが戦争で親兄弟を失った経験の持ち主だからだ。
 

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スレッタ「み、皆さん喧嘩だめです!」
 
ニカ達の感じる不満は言ってみれば感情の問題である。ガンダムを兵器として売ろうが売るまいが、世界の構造が変わるわけではない。だが地球寮の一人ヌーノのように割り切って賛成する人間ばかりの世の中ではないから、例えば彼の悪友のオジェロはこれに反発し喧嘩になってしまう。学園内での肩身の狭さから仲の良い地球寮にしてもけして全てが一致しているわけではなく、些細な行き違いで意見が割れる点ではこれも社会の縮図に過ぎないのだろう。ではこれに対し、学生企業である株式会社ガンダムの社長・ミオリネはどういう決定をすべきなのだろうか?
 
 

2.大人と子供、そして学生

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チュチュ「そうなった場合、出てくのお前だかんな」
 
定款の決定に際して社会の縮図となった地球寮の面々に対し、社長であるミオリネはいかにすべきか? 考えられる最初の方法はもちろん、企業らしく、大人のように割り切った判断をすることだろう。ミオリネ自身、当初は反対なら出ていってもらえばいいと権限を振るおうとしたのだ。が、これは上手くいかない。社長とは言うが事実上彼女は地球寮に会社スペースを間借りしている状態であり、強権が過ぎれば追い出されるのは自分の方だ。株式会社ガンダムを地球寮の面々と経営すると一方的に決めたことなど、ミオリネは嫌っているはずの父・ベネリットグループ総裁デリングのやり方を踏襲してしまっている部分があるが、デリングでない以上しょせん同じようにはできない。
 

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スレッタ「変なこと聞いてごめんなさい! これからはわたしもエアリアルのこと守るから、お母さんのために!」
 
大人のように振る舞うのが駄目なら、子供らしく純朴であればどうか?と言えばこれもまた待っているのは行き詰まりだ。地球寮の一人チュチュはガンダムアーシアンだけに売るなら賛成、などと言うがそうすればまた地球が戦場になるし、スレッタは母プロスペラが自分にエアリアルガンダムだと言わなかった理由を問い質すが見え透いた誤魔化しにあっさり懐柔されてしまう。またこの場面ではミオリネも同席しており彼女は疑問点をしっかり尋ねて(つまり大人のように振る舞って)いるのだが、プロスペラはこれにもデータを送るという形で対応し全てには答えない。学生である彼女達は大人のように振る舞うのにも、ただ子供らしく振る舞うのにも行き詰まってしまったのだ。
 

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シャディク「その会社、俺が引き取ろうか?」
 
学生という、子供から大人になる狭間の段階。その状況を上手く乗り切っている人間はいることはいる。御三家の一つグラスレー社CEOの養子シャディク・ゼネリだ。学生ながら既にグループ内で多くの実績を上げており、養父からの信頼も厚い。元は孤児でありながらここまでのし上がった彼が優秀な人間なのは疑いようもなく、不平不満を訴える人間に彼を見習えと言いたくなる人は多いかもしれない。だが一方で彼は、努力の結果望むものから遠ざかってもいる。
 

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シャディク「(決闘を)避けてたのはお前になら任せられると思ったからだよ」
 
この8話では、シャディクは一部の人間に特別な感情を覗かせている。昔こっそり一緒に事業コンペに企画を出したミオリネへのパートナーになりたい思い。猪突猛進だがまっすぐな男、ジェターク社CEOの息子グエルへの好感。だが養子という不安定な立場に過ぎない彼が二人と一緒にいるためには、実の子以上に孝行息子らしく振る舞わなければならない。養父や周囲の信頼を勝ち取るために実利的に振る舞わなければならず、しかしそれはむしろ彼を二人が反発している父親に近い存在に変えてしまう。
 

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シャディク「俺は君となら父さん達よりもいい未来を描けると思ってるよ、ミオリネ」
 
シャディクは株式会社ガンダムの経営に苦慮するミオリネには企業的助力を持ちかけ、学費以外の援助を打ち切られたグエルには自分の寮に来るよう誘うがどちらからも受けるのは拒絶だ。彼は自分にも実利があると示す(win-winだと示す)のが対等の証になると考えているが、それが通じるのは割り切った大人の付き合いの世界だけに過ぎない。それが全てと思っている時点で、彼は既にミオリネやグエル達"学生"の世界からはみ出してしまっている。大人と子供の間を上手く乗りこなしているようでその実、大人の世界に取り込まれている。
 
学生は大人と子供の狭間であり、ならばそのどちらに振り切ってしまっても学生たり得ない。そしてミオリネが歩むべきはシャディクのモノマネでもない。決定すべきは大人ぶらず子供のわがままでもない、学生企業らしい定款なのだ。
 
 

3.学生の本分

大人ぶらずかといって子供のわがままでもない、学生企業らしい定款。それは言ってみれば理念の提唱であり、必要なのは本分に立ち返ることだろう。学生の本分とは何か? これは多くの人が耳にタコができるほど聞いたことがあるはずだ。そう、「学生の本分は勉強」である。
 

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ミオリネ「ガンダム……パイロットを殺すMS。GUNDフォーマット。もっと知らなきゃ」
 
前回プロスペラに言ったように、ミオリネはガンダムについて知らない。21年も前の話なのだから当然の話だ。だが今回彼女は、起業にあたってそれを知る必要を痛感する。"勉強"する必要に迫られているのだ。彼女はガンダム・ファラクトを開発したペイル社のベルメリア・ウィンストンに話を聞きに行っているが、これなどはフィールドワークの形での勉強、例えば戦争体験者への聞き取りと同様のものだと言えるだろう。
 

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ベルメリア「私はただGUNDの理想に魅入られて、あの人達の真似事をしているだけよ」
 
ベルメリアから話を聞き、ミオリネが学んだこと。それはGUNDフォーマットが最初から軍事技術だったわけではなく、医療技術としての発展を"本分"としていた事実だった。ガンダムを兵器として売るのが自然な発想だとばかり彼女は思っていたが、道はけしてそれだけではなかった。
 

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カルド・ナボ「どうか私達の願いに、人類の未来に、共に手を携える未来があらんことを」
 
地球寮へと戻ってきたミオリネは、GUNDフォーマット理論の提唱者である故カルド・ナボ博士の映像を見せ、ガンダムのもう一つの売り方を提案する。GUNDを使った医療技術を完成させ世に出す――「命を救うためにガンダムを使う」ことを。ガンダムに込められた本当の理念を継ぐことを。
 

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ミオリネ「これがもう一つの道。ガンダムに込められた本当の理念……GUNDを使った医療技術を完成させて世に出すこと」
 
現代はライフハックが盛んな時代である。何事も攻略法が重視され、目に見える結果を出すことが求められ、そのためにメタ的な認知能力が重宝される。簡単に言えば、知識を身につけるよりも100点を取る方法がもてはやされるような時代。だがそれはしばしばメタ的な部分だけの、上っ面を弄ぶ思考を誘引しがちだ。例えば認知しなければいじめの発生件数は0件だし、どっちもどっちと言い立てれば異議申し立てからは正当性を奪える。けれどそういう「実学」は応用範囲も狭ければ陳腐化も早く、流行の波に飲まれてあっという間に無価値になってしまう。勉強とは、そういうものだけではないはずだ。
 

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リリッケ「それって……」
ティル「命を救うためにガンダムを使うってこと?」

 

学生時代に学ぶことが直接社会の役に立つことは少ない。だが学んだことの奥にある理念だとか思考の枠組みに触れた経験は、様々な形で私達の生き方に影響を及ぼす。文系理系や体育会系などと呼ばれるように学生時代の経験は価値観を分化させるし、その時のやり方は往々にして社会人になっても引き継がれるものだ。そういう理念的なものは、メタ的な部分をすくう「だけ」ではけして身につかない。ミオリネは今回GUNDフォーマット理論の「本分」を学んだわけだが、それは彼女が今回の起業を通して学生の「本分」を果たした結果であろう。だから、それこそは株式会社ガンダムの定款たり得る。
 

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スレッタ「乗って安心、動いて安全! 飛べる、踊れる、エアリアルーーー!!」
 
微力と言えど戦争に加担するのではなく、命を救うという善も悪もない行為を目的とすることに賛同し、ニカ達はどうにか起業の体裁を整える。彼女達が突貫作業で仕上げた会社PVは素人が作ったのが丸分かりの、見た人間が吹き出さずにいられないものだ。けれど、最初の一歩を踏み出した人間のすることなんて大抵こんなものだろう。そして学生とは、学校とは、そういう一歩がたくさん踏み出せるものではなかったか。
 

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スレッタ「わたし、実はちょっと楽しいです。やりたいことリスト、『部活』みたいで」
 
今回の起業が部活みたいで楽しい、というスレッタの言葉は至言だ。本作は学生としての描写そのものに比重が置かれているわけではないが、彼女もミオリネも学生の内に学んでおきたいことに多々触れている。学生の本分を果たしているなら、それだけでスレッタ達が学園にいる意味は十分にあるのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の8話レビューでした。「大人と子供」みたいなので書こうかとも思ったのですが、PVを一つのゴールにするとそれではちょっと物足りないな……と考えていく内に「大人と子供と学生」にまとめたレビューになった次第です。まあこの「本分」が定量化できるものじゃないから教育って大変だし、大人になってからですら陰謀論やら「ファスト」なものにのめり込んだり、本を読んでも賢くなるとは限らなかったりするわけですが。他にもやることが増えるだけの話で、人間一生勉強が必要。
 
MSの見せ方にも色々あるんだなとか、ベギルペンデが複数登場でどういう決闘(?)になるんだろうとか、面白さや今後の期待も高まる回でした。シャディクの人となりも見えてきましたし、彼が更に好きになれそうな来週も楽しみです。
 
 

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