心の荷物整理――「ヤマノススメ Next Summit」11話レビュー&感想

©しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会
支度を整える「ヤマノススメ Next Summit」。11話ではあおい達が再び富士山に向かう。この登山に一番必要な準備は、いったい何だろう?
 
 

ヤマノススメ Next Summit 第11話「また会えたね!富士山」

2年生になったあおい。雲取山でのトレーニングや新しいザック購入などの準備を着々と進め、そして迎えた夏。ついに富士山に再チャレンジする日がやって来た。
今回あおい達が選んだのは森の中からスタートする須走ルート。予報サイトによるとどうも天気が怪しいようだが‥‥‥。

公式サイトあらすじより)

 

1.準備は1ステップ目

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楓「全員無事登頂できますように」
 
これまでも様々な山に登ってきた「ヤマノススメ」だが、今回登る山は富士山だ。言わずとしれた日本の最高峰、象徴的な名山――そして主人公のあおいにとっては、昨年は高山病で登頂を断念せざるを得なかった悔しい思い出の残る山。11話はいざ登山を始めるまでに30分が費やされているが、高さと因縁からすれば当然のことだろう。そして、今回の話が面白いのはその準備が実に多岐に渡っている点だ。
 

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あおい「夏休みなんだけど、行こうと思うんだ。富士山。ひなたとここなちゃんは2回めだけど……一緒に行ってくれるかな」
 
あおいが最初にした富士山登山の準備。それは、富士山に登ろうとひなた達山仲間を誘うことだった。あおいが富士山に再挑戦したがっているのは皆知っていたし、彼女にしてもきっと皆一緒に登ってくれるとは思っていたろう。だが、思っていることと口にすることは違う。口にして初めて、それは目に見えるものになる。
 

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続いて大切な準備となるのは登山ルートの選定。富士山の登り方は一つしか無いわけではなく、昨年の吉田ルートの他にも距離の短い富士宮ルートや森を行く須走ルートなどがありどれにも一長一短がある。ルートによっては登山病にかかりやすいなどといったリスクもあるから、どれでも大丈夫というわけにはいかない。
 

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小春「より万全を期すなら、ラフに背負うデイパックじゃなくてウェストベルトの付いた本格的なザックをおすすめするね」
 
そしてもう一つ大きな準備となるのが登山道具の確認。登山部の小春にザックについて相談したあおいは、そのアドバイスをもとにウェストベルト付きの本格的なザックを購入している。安い買い物ではないが、アウトドア用品店の店長にも言われたように富士山クラスの山では道具による負荷は無視できない。
 
山に登る。一言で言えばそれだけだが必要な準備は多い。バイト先との日程調整であるとか、群馬に住むほのかが富士山登山の前日はあおいの家に泊まることなども準備の一つであり、この11話であおいは本当にひたすら準備をしていると言える。だがこうした準備は実際のところ、準備の1ステップ目に過ぎない。
 
 

2.心の荷物整理

あおいがこなす多岐に渡る準備、その2ステップ目とは何か。これを考えるにあたって重要なのは、あおいが準備の際に度々悩んでいることだ。
 

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あおい(富士宮ルートは高山病が怖い上に歩く距離が短いから達成感もいまいち。逆に御殿場ルートはたっぷり歩けるけど体力がもつかなあ……)
 
例えばルート選定の際、あおいは前回の吉田ルート以外の3ルートのどれを選ぶか悩んでいる。富士宮ルートは登山距離が短いもののその分満足度は低く、高所から登るから高山病の危険も高い。一方の御殿場ルートは登山距離が長くたくさん歩けるがその分体力に不安が出る。ならばひなたの進める須走ルートがいいのかも……と、今回の登山の主役として決定権を持ったあおいは3つのルートのいずれを登るかすぐには決められない。
 

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あおい「こ、こんなに!? 一つに絞るなんて無理……」
 
またザック選びにしても、訪れたアウトド用品店は豊富な品ぞろえを誇っていたがあおいは逆に圧倒されてしまう。モニタ越しの私達の視点でも、壁一面に所狭しと並べられたザックの数は圧巻だ。一つに絞るなんて無理、とあおいが涙目になってしまうのも無理はない。
 

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豊富な選択肢やいつでもアクセスできる情報は私達に自由を与えてくれるが、同時に悩みのタネにもなるものだ。どれを選ぶのが一番いいだろう、失敗してしまったらどうしよう……私達はそれらについ思いを馳せ、気がつけば頭を抱えてしまう。悩みはしばしば自分ではどうにもならないことにまで及んでしまい、そうなればもう私達は動けない。動くためには、1ステップ目の準備で集めたものや情報を取捨選択することが必要になってくる。そう、準備の2ステップ目とは「荷物整理」である。
 

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あおい「みんなの意見とわたしの体力を総合して判断すると……」
 
あおいは3つのルートのどれにするか悩んだ結果、同行するひなた、楓、そしてここなの意見を統合しルートを選定する。すなわち、行きはひなたが推す様々な景色の見られる須走ルートを登り、帰りは楓が楽しいという御殿場ルートで砂走り、かつここなが興味を持っている富士山の側火山たる宝永山に寄り道。単純にどのルートがいいかだけでは決められなかったあおいは、3人がどこを希望しているかや自分の体力を区切りに取捨選択することで自然と最適解を導き出すことができた。
 

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あおい「あ! これなんてシンプルでいいかも」
 
その後のザック選びの際も、あおいがどのザックを使うか決めた理由の一つはポケットの少ないシンプルさ=取捨選択のされた作りが気に入ったからだった。一見するとポケットの少なさは不便にも思えるが、店長は左右の幅が狭い分険しい登山道でも動きやすいことを指摘している。これはアニメとしては寓意的な選択と言えるだろう。つまりあおいは放っておくとあれこれ悩んでしまう質であるから、下手にポケットを増やさずシンプルにした方が行動しやすいのだ*1
 

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ほのか「思い通りにならなくても、それも普段と違う表情。面白いと思う」

 

物も思考も、たくさんのものを用意することで人は不測の事態に備える。しかし一方でそれを全て持っていける場合は少なく、あるいは持っていこうとすること自体が新たな負荷になってしまうこともある。あおいの場合、一度富士山登山に失敗してしまっているのだから尚更だろう。だが「悲観的に準備し、楽観的に対処せよ」という言葉もあるように、たくさんの準備をした後は割り切ってどれかを選ばなければ私達の足はなかなか前に進まない。この点、今回の登山にほのかが同行してくれていることはあおいにとって非常に幸運であった。あおいが天気が気になって眠れない時、実際空模様が悪く落ち込んでいた時、ほのかの言葉はあおいに不安を割り切る勇気を与えてくれたからだ。
 

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あおい(不安はあるけど、ここまで来たんだ。後悔だけはしないように……)
 
最初に述べたように、あおいにとって富士山は特別な山だ。頭に浮かべるだけで様々な思いが去来する山だ。思いというのは一面では荷物であり、抱えれば抱えた分だけ足取りは重くなる。けれどあおいはこの1年、それでももう一度登るべく準備を続けてきた。体力づくりをし、色々な山に行き、道具を揃え……準備も登山というのなら、彼女は決心してからずっと登り続けてきたと言ってもいい。今回の冒頭で彼女が登っていたのは霧藻ヶ峰であるが、そこで頭に浮かぶ「なぜ歩いているのか、なぜ登っているのか」といった迷いや悩みはこの1年ずっと彼女の頭に浮かび続けているものでもあるのだ。けれどそれならば、富士山を登りきった時にそうした悩みが全て吹き飛ぶのもまた霧藻ヶ峰と同じはずである。いや、1年かけて登り続けたその頂の景色はきっと、これまでのどんなそれより美しい。それまでの全ての重荷が吹き飛ぶくらいに、美しい。
 

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あおい(そうだ。わたしはこんな景色が見たくて山に登るんだ)
 
山登りに必要なのは、そして山登りがもたらしてくれるのは心の荷物整理だ。あおいが山登りで見る景色とは自然の美であると同時に、そこに反射する己の澄んだ心の実感なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版ヤマノススメ4期11話のレビューでした。「荷物整理」というワードが浮かんだあとはおおよそ迷わず書けたのですが、アバンの意味づけにちょっと悩んで最後に付け足す感じになりました。山に登るには心の荷物整理をする必要があって、登頂によって心の荷物整理は完成する。だからまた次の山に登れる……というのが「Next Summit」なのかなと思います。まあこのあたりは来週の最終回まで待って考えた方がいいかな。あおいの2度目の富士山登山、うまく行きますように。
 
 

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*1:これを寓意とするなら当然、友人のひなたがポケットの多いザックを気に入るのは彼女の気遣いの上手さのメタファーになる。実際彼女はいざという時はあおいの荷物を持つため、自分の荷物は極力減らそうと登山前日苦心している