人魔の帳尻――「虚構推理 Season2」18話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
釣り合いを探す「虚構推理 Season2」。18話では不思議な人形の騒動が描かれる。今回は多恵の言葉から見える物語の「帳尻」について考えてみたい。
 
 

虚構推理 Season2 第18話「電撃のピノッキオ」

港町で化け猫と暮らす嶋井多恵。漁港に立ち寄るとそこには大量の魚の死骸が打ち上げられており、町民たちは「善太の祟り」と恐れていた。亡くなった孫の姿を木の人形に模して死んだ戸平善太。夜中に歩き回るようになった木の人形。まるでピノッキオの童話が連想されるような異変が起きていて……
 

1.多恵と町長の帳尻

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短編を繋いで描かれている「虚構推理 Season2」だが、今回は新章の導入編と言える回だ。港町で魚が大量死する事件が発生し、町民から頼られる老女・嶋井多恵が騒動の原因は戸平善太という男の作った人形であることを目撃する。その中で注目したいのは、大量死による釣り客や観光客の減少を心配する漁師達に多恵が当初語った言葉である。
 

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多恵「世の中たいてい、帳尻が合うようにできてるよ。幸と不幸の量は最終的にそう変わりないってね」
 
舞台となる港町は、TVドラマに出た影響で昨年は好況に沸いていた。だからこの大量死はその帳尻合わせで海の神様による戒めなのだと多恵は言う。既に述べたように大量死の原因は人形にあり、また本作は妖怪や幽霊が実在する作品だがそこに海の神様は登場しない。要するにこれは虚構だったわけだが、考え方として示唆するところは大きい。この18話では帳尻によって物事が動く場面が多々見られるのである。
 

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町長「多恵さん、実のところどうなんです?」
多恵「実ってなんだい? あんたもあれが祟りだなんて非科学的なこと考えているのかい?」
 
例えば、最初に引用した台詞から分かるように多恵というのは落ち着きのある人間だ。別に町で何かの役職に就いているわけでもないようだがいるだけで場が引き締まる存在感があり、町を引っ張るはずの町長すら彼女に頭が上がらず頼りにしている。そんな彼女は当初からこの大量死には善太が関わっているのではないかと考えていたが、それを自分から口にすることはなかった。当然だろう、この善太という男は既に死んでいる。「死人の祟りで魚が死ぬ」などというのは落ち着きとは程遠い扇動者の言動であり、多恵は性格からも立場からもこの疑念を自ら口にすることはできないのだ。だが自分からは言えずとも、他人の問いに答える形であれば多恵は祟りについて言及することができる。人は良さそうだがいささか頼りない町長から聞かれれば、その可能性を吟味できる。

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多恵と町長の問答はジョギングする多恵とそれを追いかける町長という形で描かれるが、これは実質的には多恵の逃走だ。英邁な彼女はその理性をもって、幾度も祟りの可能性を否定する。その疑念から逃れようとする。確かに善太は不運な最後を迎えた人間だった。孫が観光客の車に轢かれ、町の活況故の救急搬送の遅れで命を落とす事故以来ふさぎ込んでしまい、そのまま心不全で息を引き取った。だが彼は優しく自分の手で他人を不幸にするような度胸のある人間ではなかったし、大量死で観光客ではなく町の人間に祟っているようなもの。だからこれは善太の祟りではない、と。

 

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町長「そんな町を、善太さんはどうにかしてやりたいと思わないでいられますかね?」
 
しかし彼女が理性でいかに祟りの可能性から逃げようとしても、町長はその怖がり故に可能性を拾い上げてくる。町の人間は事故が人の入りに水を差すのを懸念し、中には大事にしないよう遺族に言い含めたり孫にも問題があったなどと陰で非難する者もいたから恨まれる理由はある。また善太は死ぬ前に孫と同じくらいの木製の「ピノッキオ」のような人形を作っていたがそれが行方不明になっており、ひょっとしたら彼は自分ではなく人形に復讐させることで度胸の不足を補ったのではないか……と。善太の亡骸の第一発見者であり、またそこにあったはずの人形が警察に知らせた時には消えていたのを知っている多恵は内心、それを否定できなくなってしまった。
 

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ジョギングが岬の先で終わるのは多恵の逃亡の終わりであり、また人形の存在は騒動の根幹を示す灯台である。故に彼女は祟りだと決めつけはせずとももはや可能性を否定せず、自ら費用を出してまでお祓いをするよう町長に言う。彼女が祟りはあり得ると認めるまでには、これほどの帳尻合わせが必要だったのである。
 
 

2.多恵と化け猫の帳尻

物事には帳尻の合致が必要になる。これを体現する存在はこの18話、もう一組登場している。多恵とその飼い猫、いや化け猫のコンビだ。
 

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化け猫「ひとくち……一口くださいよ!」
 
本作における妖怪や幽霊、すなわち怪異は怪奇現象に恐怖するなど現実側に寄った存在になっているが、多恵の化け猫もそのご多分に漏れない。元はと言えば家の前で弱っていたのを多恵に拾われそのまま居着いてしまったものだが、化け猫と知れたのは彼女を食い殺そうとしたからなどではなく多恵の飲んでいた酒を自分も飲みたいと欲して人語を話したのがきっかけだった。正体がバレた後も人間の暮らしを乗っ取ったりしようとはせず、そんなことをしても近所付き合いや納税で気骨が折れるだけだという有様は打算的であるが故に怖さがない。なんとも怪異らしくないが、しかし「らしくない」のは化け猫だけではなく多恵の方もだ。
 

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化け猫「80過ぎたご老人とは思えませんよ」
 
前節で書いたように、多恵は一種の女傑とも言える堂々たる女性である。齢は既に80を超えているがかくしゃくとしており、ジョギングでの走りぶりは肥満体とはいえ彼女より若い男性が追いつくのも大変なほど。1941年生まれで今なお意気軒昂な「機動戦士ガンダム」の富野由悠季監督ですら80歳を迎えた今は意識しなければ腰が曲がってしまうと語っているのを鑑みれば、多恵のこの壮健さはほとんど化け物じみたものだ。化け猫に「自分より長生きしそう」と言わせる彼女は、端的に言って人間離れしている。人間「らしくない」。
 
 

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化け猫「この現代、人間の暮らしを乗っ取ったって近所付き合いやら納税やら気骨が折れるでしょう。猫はゴロゴロしてるのが一番幸せというもので」
 
怪異らしからぬ化け猫と化け物じみた老女。彼らは共に「らしくない」存在だが、一緒に暮らす姿からはむしろ奇妙な調和が見える。夫どころかどうも子供にも先立たれたらしい多恵にとって化け猫はよい話し相手だし、害意がないとはいえ化け猫を化け猫のまま飼ってくれる相手など多恵以外にはなかなかいない。化け猫は後に正体を明かしたのはうっかりではなく多恵なら大丈夫と思ったからと明かしているが、これはつまり両者の間でなら帳尻が合うと感じたということなのだろう。今回の話はこのようにして帳尻の重要性を示しているのであり、ならば港町で起きる奇怪な事件にしても同様の図式を当てはめるのも突飛な発想ではなくなってくる。そう、導入編にあたるこの18話で問題となるのは人形と帳尻の合う存在の不在だ。
 
 

3.人魔の帳尻

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多恵「なんだいこりゃ!? 化け物だらけじゃないか!」
 
酒を材料に化け猫を説得し、人形が毎夜現れるという浜辺を訪れた多恵はそこで町に住まう大量の怪異を目にする。だがそれ以上に彼女が見せつけられたのは、人形はこれらの怪異とは全く異なる存在であるという事実であった。
 

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怪異の実在に詳しくない多恵にとって、浜辺に来た時点では人形は化け猫達と大差ない存在である。共に人間の日常の外にいる存在なのは変わらず、だから化け物同士話し合いで解決できないのかと考えもする。だが、化け猫が否定するようにこれは誤りだ。怪異達は姿や性質こそ違えどこの世界の生き物であり、故に意思疎通を図ることもできる。劇中では化け猫と女幽霊が世間話をしている描写もある。だが、善太が作り右腕に不思議な石がはめ込まれたこの人形はそうではない。近づいた相手には右腕から見境なく電撃を加える性状は文字通りの問答無用であり、およそ話し合いが成立する余地はない。
 

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話し合いが通じないなら力ではどうか? これが通じないこともまた多恵は知る。ゴリラと見紛う剛力の妖怪・猩々と巨大な蟹の妖怪は人形をハサミ撃ちにして取り押さえようとするが返り討ちに遭うし、集団で一斉に飛びかかればどうかという提案は犠牲の多さや一網打尽にされるリスクを指摘される。要するにこのピノッキオ人形は、怪異達の手をもってしても「帳尻の合わない」難敵なのである。
 

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琴子「はじめまして。岩永琴子と申します」
 
多恵からすれば状況は八方塞がり、しかしメタ的に言えばこれはお膳立てのお揃いだ。彼女は豪胆な人間であるから、並大抵のことなら例え怪異が相手でも事件を解決してみせたろう。なんなら今後はそういうこともあるのかもしれない。だがピノッキオ人形については手に余るからこちらも相応の存在を立てねばならず、そこに怪異達の知恵の神の出番は訪れる。人と魔の釣り合いが崩れる事態に現れ、その帳尻を合わせることこそ可憐にして苛烈な我らがおひいさまこと岩永琴子の役目である。かくて、主人公不在のまま20分が過ぎるこの18話の帳尻合わせの時はやってきた。
 

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多恵「先に言っとくれよ! あんな子に手土産を要求するだなんて、あたしゃどんな因業ばばあだい」
 
一眼一足というからどんな化け物か、しかしあれだけ化け物を見たのだから今更驚くこともないはず。そう構えていた多恵はしかし、化け猫の話からの想像に反して人の身で、大学生という社会的な身分も持つ琴子とその恋人九郎に意表を突かれる。彼女は化け物相手のつもりで手土産を要求していたが、これでは自分が因業ばばあも同然ではないかと赤面する彼女の様子はコミカルで、そういう表情をさせてしまう(させてあげる)ところに多恵と化け猫の帳尻の合致もあるのだろう。
さて、早々に解決させるという琴子は一体何をするつもりなのか。これには人形をどうにかした更に先のことも含まれているだろうから、劇中で多恵が思うように本来簡単に言えることではない。次回、大言壮語にも思える琴子の言葉の帳尻合わせに注目だ。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期6話のレビューでした。「帳尻合わせ」がキーワードとして使えそうだと思いつくと、具体例は割とポンポン浮かんできました。私は演出から意図を読み解くのは苦手なので、逆に仮説から当てはめる形でですが演出について想像できたのは楽しかったな。主人公が終盤まで不在のところ、多恵役の宮寺智子さんと化け猫役の杉田智和さんの掛け合いで持たせてしまうのも素敵でした。普段もこんなやりとりしてるんだろうなあ、この一人と一匹。