正しい時を指せる場所――「吸血鬼すぐ死ぬ2」7話レビュー&感想

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
空回りの「吸血鬼すぐ死ぬ2」。7話では吸血鬼以上の変態の登場や逆に変人の意外な一面が描かれる。そこから見えるのは、本作の世界の懐広い優しさだ。
 
 

吸血鬼すぐ死ぬ2 第7話「Put a sock in it!!!/ちんは国家なり/ジョン 太ったな」

無差別に吸血鬼の靴下を狙う、人間・靴下コレクション。
ラルクいわく、吸血鬼は己の所有物に執着するため靴下を片方取られただけで衰弱死してしまうという。
ラルクを皮切りに新横浜の吸血鬼たちが次々に靴下を奪われてしまう。

公式サイトあらすじより)

 

1.逆転の面白さ

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
靴下コレクション「我が名は人間・靴下コレクション! 靴下を奪ってあらゆる吸血鬼を退治している!」
ロナルド「靴下奪って退治ってなんだよ!?」

 

毎回のように新たなキャラクターが登場する本作。1本目「Put a sock in it!!!」では「人間・靴下コレクション」なる女性が主人公であるドラルクやロナルドの前に立ちふさがる。珍妙な名前だが、多くの視聴者は最初こそ首を傾げてもすぐ納得したことだろう。これは「吸血鬼・野球拳大好き」や「吸血鬼・マナー違反」といった劇中おなじみの名乗りと同じものだからだ。奇妙に感じるのは彼女が吸血鬼ではなく人間だからに過ぎない。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
靴下コレクション「性癖だ! 職も打ち捨ててこんな奇行に走る理由など性癖以外にない!」
ロナルド「開きなおんな!」

 

吸血鬼ではなく人間だから奇妙。これは名前だけでなく、靴下コレクションの行動にしても同様だ。彼女は元はハンター(吸血鬼退治人)だったが、強大な吸血鬼に敗れそうになった際に苦し紛れに靴下を奪ったところ「自分の持ち物に執着する」吸血鬼の性質を直撃して逆転。しかもその弱った吸血鬼の姿に興奮を覚え、以来職をなげうって無差別に吸血鬼の靴下を奪うようになった過去の持ち主ときている。舞台である新横浜のなまじな吸血鬼が裸足で逃げ出す変態ぶりだが、それが笑える奇妙さを持つのは彼女が吸血鬼ではなく人間だからこそ。もし人間の靴下を狙う吸血鬼なら変態ではなく犯罪的変質者であるし、そもそも人間は靴下を脱がされても弱らないからその存在は成り立たなかったはずだ。もとより本作はキャラクター設定の巧みさに定評のある作品だが、靴下コレクションは特に絶妙なバランスの上に成立したキャラと言えるだろう。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ドラウス「あらゆる人間が「ちんちん」言うようにすればいい!」
ラルク「何言ってんだスカタン!」

 

笑いにしろシリアスにしろ、ドラマは絶妙なバランスの上に成立する。これを強く感じさせるのは2本目「ちんは国家なり」も同様だ。Y談催眠術の後遺症で動揺した時に「ちん(ちん)」と口走るようになってしまった吸血鬼対策課のヒナイチをドラルクの父ドラウスが治療しようとする話だが、強力な催眠術の完全解除ができないならと彼が立てる対策はことごとく空回りに終わる。「ちん」を当たり障りのない別の言葉に置き換えようだとか他人からはY談と分かりづらい性癖と置き換えようだとか、アイディアとしては良さそうなのにどれも事態を悪化させる結果にしかならないのである。ドツボにはまったドラウスは「周囲の人間が皆「ちん」と口にするようになれば問題ない」と考えるような暴走に陥るが、手段と目的が転倒というオチは1本目の人間と吸血鬼の逆転にも通じるものだ。
 
まともなはずのものがおかしくなったり、おかしいものがまともになるのはそれだけで楽しい。続く3本目では、この面白さは更に深みを増すことになる。
 
 

3.正しい時を指せる場所

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
3本目「ジョン 太ったな」はドラルクの使い魔のアルマジロ・ジョンが太ったのを気にして吸血鬼研究センター(VRC)を訪れる話であるが、実質的な主役はこの研究所の所長ヨモツザカである。ただ、今回の彼の様子はいつもとは少し違っている。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ヨモツザカ「こ、このバカ犬! いや違うマジロ……くっ!」
 
ヨモツザカは優秀な一方で研究のための犠牲を厭わない、マッドサイエンティストに分類されるキャラクターである。これまでの物語でも折に触れては人体(吸血鬼)実験を行おうとし、周囲の人間をおののかせてきた。今回も摂取カロリー抑制薬と称してジョンに特製鎮静剤を飲ませ、使い魔を調べ尽くしてやろうと企んでいたのだが……実験の準備をしている間に、酩酊状態のジョンは犬のビデオを見て自分が犬だと思いこんでしまう。そのあまりなバカ犬っぷりにヨモツザカは実験どころではなくなり、研究所の吸血鬼達に治療をさせようとしては彼らの愚行に反応するツッコミ役になってしまった。そう、普段ならとにもかくにも実験でツッコまれる側のはずの彼が常識人になってしまったのだ。そしてその有様から見えてきたのは、非人道的な行為を気にも留めない彼が実は大変な愛犬家であり、またどうも昔飼っていた犬に吸血鬼絡みの悲しい因縁があるらしいという事情であった。前節にならうならこの3本目、ヨモツザカは「おかしいものがまともになる」形で逆転的な面白さを見せたのだと言える。今回の3本の話は、人にしても行動にしても日頃や狙った結果とは正反対になっているのである。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ヨモツザカ「バカ犬の自己暗示は貴様らの催眠術に類似する。よって貴様らが治療に役立つ可能性がある」
 
「壊れた時計でも1日2回は正しい時刻を指す」という言い回しがある。止まったアナログ時計でも実時間が一致するタイミングはあることに由来し、どちらかと言えばまっとうなことを言ったように見える人間が普段は間違いだらけであると示す言葉として聞いたことのある人が多いのではないだろうか。ただ、この言葉の見方は一つとは限らない。役立たずに思えるような人間にも正しい時刻を指すタイミングが、何かを果たせる瞬間が存在すると見なすのも的外れの解釈とは言えないためだ。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ヒナイチ「私も「ちんちん」が食べたくなったな!」
ラルク・ドラウス「「いかーん!」」

 

時代の流れというのは残酷なもので、一世代前は花形だったものが次の年代では無用な長物となることが少なくない。とすれば当然、後の年代に生まれれば大活躍できた人間が早く生まれ過ぎて埋没してしまうという逆のパターンもあるはずだ。才能は有無で語られることが多いが、どちらかと言えばマッチングの側面の方が大きいものなのだろう。これは時間に限らず、場所や人間関係、その時の風潮といったものにも大きく左右される。そして今回の3本の話から見えるのは、どういしようもない人物が随分なギャグキャラクターとして成立したり、まともな解決策が大外れになったり、狂人じみた科学者が常識人的に振る舞うという奇妙なマッチングの数々である。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
ラルク「情けない話さ、焼きが回った……」
ロナルド(何このB級映画みたいな流れ……)

 

靴下を盗まれただけにも関わらず深刻なピンチに陥る吸血鬼たち。「ちん」を口にせずとも済むようになったはずが治らないヒナイチ。ジョンの自己催眠が解けるほどの主人への愛情を見て、飼うつもりにすらなっていたのにそれをおくびにも出さず振る舞うヨモツザカ。靴下コレクションやドラウスに限らず、今回も登場人物はみな不思議な魅力を発揮している。当人達にとっては必ずしも望む事態ではないかもしれないが、これらは間違いなく時計の針が正しい時刻を指した瞬間だ。そして正しい時刻を示せた時、本作の世界は彼らを温かく迎え入れてくれる。別に常に正しい時間を指せずとも、日に2度正しい時刻を示せば生きていくには十分足りるのだろう。それはきっと、現実に合わせて生きることを求められる私達だって本当は変わらない。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
己の針と世界の針が合った時、人は世界と自分の繋がりを感じることができる。新横浜は、壊れた時計であっても正しい時を指せる時があると教えてくれる心優しき場所なのだ。
 
 

感想

というわけで吸死アニメ2期7話のレビューでした。冒頭語られる「無差別」という部分が鍵になりそうだと目星は付きましたが、「ヨモツザカですらツッコミ役に回る事態」という無差別さを見つけるのにちょっと手間取りました。1本目なのにEDに入ると錯覚しそうな流れとかヒナイチの暴走とか、ドラウスがバカお父様になる勢いとか大変に面白かったです。ヨモツザカの意外な一面も。
 

©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会2すぐ死ぬ
可愛い犬動画に¥10,000、ごはん代にと投げ銭してるヨモツザカ。コロなる犬(吸血鬼の灰)に話しかけてるところ合わせて見ると急に彼が好きになってしまいます。いや、普段はやっぱりしょうもないマッドサイエンティストなんだけど。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>