虚構探偵・音無莉音――「虚構推理 Season2」21話レビュー&感想

©城平京・片瀬茶柴・講談社/虚構推理2製作委員会
下ごしらえの「虚構推理 Season2」。21話は音無家の女性・音無莉音のモノローグから始まる。今回は彼女に課せられた役割について考えたい。
 
 

虚構推理 Season2 第21話「もの言えぬ子ども達」

『私は二十三年前、妻の澄さんを殺した。それが真実であると説明せよ。そして、その課題に最もうまく応じたものに遺産相続の優先権を与える』。剛一が出した課題に向き合う親族たちであったが、琴子はふと疑問を投げかける。偶然にも剛一の子供達全員にアリバイがあるのはなぜか?事態は思わぬ展開を迎えて……
 

1.本日の主役

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莉音(殺人事件の被害者が身内にいるという実感も、その事件の犯人が祖父であると説明せよという課題も、巨額の遺産も何もかもピンとこない……あとすごい普段着で来ちゃったな……)
 
先に述べたように、今回は音無莉音という女性のモノローグから始まる回だ。彼女は巨大ホテルグループ会長の孫だが、父は長男でありながらその地位を捨て和食料亭を経営しており、ダメージジーンズが普段着な点からも令嬢といった雰囲気は無い。祖母が殺害されたのも自分が生まれる前の話で実感がなく、莉音は今回の登場人物の中ではもっとも視聴者に近い人間と言えるだろう。モノローグを鑑みれば主役のようであると言ってもよい。浅学な私は具体的な作品名を挙げることはできないが、孫が探偵役となって親や祖父母の世代の秘密を解き明かすというのはいかにもミステリーでありそうなシチュエーションに思える。
 

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琴子「えー皆さん、お疲れ様です」
 
もちろん「虚構推理」の主人公にして探偵役は可憐にして苛烈なおひいさまこと岩永琴子である。とはいえ本作が一般的なミステリーを逸脱した作品であることは今更言うまでもないし、パートナーである桜川九郎も今回はため息程度しかセリフがないためその思惑は私達に見えない。ことこの30分において、琴子は探偵ではなく出題者の役割を担っている。
 
主人公にして探偵役の人物がいつにも増してそれららしくなく、むしろ別の人間が相応しい位置にいる。次節では試しに、この虚構の役割分担に沿って物語を見てみよう。
 
 

2.虚構の役割分担

虚構の役割分担における主人公にして探偵役。そう仮定した場合、莉音は確かにこの任に適している。前回祖父である剛一が語ったように事件に対する先入観が無く、また心根にがめつさも見られない。我々平凡な視聴者数人が1人1つずつ気付く点には全て気付けるような聡さもあり、良い意味でミステリーにおける平均的な登場人物であるからだ。
 

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莉音「そもそもこれ、答えのある課題なのでしょうか? おじいさまが犯人で、罪を明らかにして何かを償おうというならどうやって殺したか自分で語るのが早いでしょう。なのに私達に考えさせるってなんです? この課題には他の目的があるんでしょうか」
 
音無グループ会長である音無剛一が3人の子供(正確には長男亮馬の孫である莉音、長女薫子の夫弘也、次男晋)を呼んで下したのは、「23年前に妻である澄を殺害したのは私、剛一であることを推理せよ。その順位付けを琴子にやってもらい、遺産相続の優先権を決める」という、珍妙なお題であった。自分にとっても迷惑であることを打ち明けた琴子が提案したように、遺産のことだけを考えるならこれは3人で談合すれば済む話だ。だがだからこそ、莉音はこの課題に別の意図が秘められている可能性を指摘する。つまり彼女は剛一の真意を「推理」している。
 

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莉音「まさに品がありません!」
 
また、莉音は今回視聴者の心情を代弁し、そこに刺さったトゲを抜いてもいる。琴子は課題に別の真意があることを否定しながらもなぜか晋や耕也達が真犯人であるかのような発言をし、更には剛一、亮馬、晋、耕也が共謀したのが真相なら面白いとまで言ってのけて莉音に非難されるが、これらの言動へのひっかかりは視聴者が自然と感じていたものでもあろう。もちろん我々は事の真相は剛一が妖狐に依頼したものと知っているが、むしろそれ故に生じる困惑を莉音は彼女の立場で言語化してくれている。全く同じではないにせよ、我々の感情は琴子よりも莉音に近くなっている。
経歴、能力、心情。これらのいずれを見ても莉音は探偵役や主人公としてのまっとうな適性を備えている。しかしこれはやはり虚構の役割分担に過ぎず、彼女は真正の主人公や探偵役たり得ない。なぜか? 理由は一つだけだ。彼女は「真実を導き出さない」のである。
 
 

3.虚構探偵・音無莉音

音無莉音は真実を導き出さない。これは彼女が最初に披露した推理を振り返れば分かることだ。そう、彼女は剛一の課題には何か別の真意があるのではと推理した。本当に祖母を殺したのが祖父なら自分で真相を語ればいいはずだというのは筋が通っているが、真相は前回語られたように、そのままでは信じてもらえないから自分達で考えさせて説得力を高めたいだけに過ぎない。
 

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耕也「会長もご自分の先が長くないと、過去の清算に乗り出されたのかもしれない。我々の罪を明らかにし、その重荷から解放しようと……」
 
また晋や耕也を真犯人だと愚弄するような琴子の言動を莉音が非難するのは彼女からすれば当然だが、これも当然ながら琴子は本気でそんなことを言っているわけではない。晋や耕也は自分達が実は事件当時澄の殺害を画策していたのを告白するよう勧めていると受け止め、別の何者かによって澄が殺されたため実行に移されなかった――虚構に終わった――その計画の懺悔を始めたりする。
 

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莉音「父さんと一緒って、二人はもう30年以上も仲が悪いのでしょう!? 事件の日も喧嘩を……」
 
琴子よりよほど探偵役や主人公らしい立ち位置にいるはずの莉音はしかしその実、全てにおいて的を外している。真実を導き出せない限り、探偵役は探偵役たり得ない。というよりも、莉音の探偵じみたふるまいは多分に琴子に誘導されたものに過ぎないのだろう。彼女は琴子に、自分に代わってかりそめの探偵役を務めるよう巧妙に踊らされたのである。それも「真実を暴く」のではなく、晋や耕也の告白のような「虚構を暴く」ために。
 

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晋「勘違いするな、私は兄さんが嫌いだ。兄さんは私がしたかった仕事を捨て、勝手なことをしている。私よりも優秀な仕事をしていたのに……そんな兄さんにずっと劣等感を持っていた」
 
真実と虚構は、真実だけがあれば事足りるというものではない。先に触れたように剛一は「妖狐に頼んで妻を殺してもらった」という真実だけでは信じてもらえないからこの課題を考案したのだし、晋はあくまでも虚構に終わったはずの澄殺害計画が心の重荷になっていた(今回打ち明けて少し楽になった)とも語っている。またこの殺害計画は兄亮馬と共謀したものであり、今も兄と仲が険悪なのは万が一にも疑われないためではとの指摘を受けた晋は否定しているが、その際に漏らした兄への羨望からはむしろ彼が虚構によって真実を語っているのが垣間見える。人は時に、虚構を経由することなしには真実へたどり着けないものなのだろう。
 

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琴子「答えはあります。よくお考えを」
 
剛一が晋や耕也に告白させるつもりなら茶番はもう終りではないか? 丸く収まりそうにも思えた事態を琴子は冷然と否定し、あくまでも剛一がどうやって澄を殺したか回答するよう述べる。「剛一の課題には何か別の真意があるのではないか?」という虚構の懸念はかくて否定され、琴子が真実剛一の罪を推理させるつもりであることは誰の目にも明らかとなった。晋の告白以降は存在感が薄れていくことからも分かるように、莉音が本作ただ一人の探偵役を担うかのような状況は終わったと言えるだろう。
今回の剛一の計画は自分がどうやって澄を殺したか合理的な虚構を推理させる目的があり、莉音はいわば父の偽物としてこれに参加し、琴子に偽りの探偵を任されることで課題の解決に必要な虚構を暴き出した。これらは全てが全て虚構であり、しかし事態が前進したのは虚構であるからこそだ。虚構の探偵となることこそ、今回の莉音に課せられた役割だったのである。
 
 

感想

というわけで虚構推理のアニメ2期9話レビューでした。今回は骨が折れました、莉音が鍵になりそうだというのはアバンで分かっても、後半から存在が薄れていくことなどからどうにも一貫したものが見出だせない。「真実ではなく虚構を暴く」という考えにたどり着くまでが長かったです。
さて、なまじなミステリーが終わりそうな事情が明かされてもまだ始まったばかりというこの贅沢な状況、アニメではどう転がっていくんでしょうね。
 
 

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