ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第36話「メイド・イン・ヘブン その①」
(公式サイトあらすじより)
1.観測者・空条承太郎
主人公である徐倫に加え復活した承太郎やエルメェス達に追い詰められるも、それによって逆にプッチ神父が「天国へ行く力」を得る驚愕の引きを迎えた前回。プッチ神父の新たなスタンドはどんなものか?というのは視聴者が一番興味を抱くところであり、今回はその解説編と言っていいだろう。記憶を操る『ホワイトスネイク』、重力を操る『C-MOON』が更に進化したスタンド『メイド・イン・ヘブン』の能力――それは時間の加速であった。生物以外の全てが体感速度のおよそ30倍に加速し、通り雨が一瞬で降り終わったりTV番組のCMと本編の時間があっという間に入れ替わったりする。「映像の特撮みたい」に星や雲が動く世界でただ一人対応できるプッチ神父は徐倫達には凄まじい速さで動いて感じられるのだから、苦戦を強いられるのは当然のことだろう。そして注目したいのは、これが時間の加速と見抜くのが徐倫の父・空条承太郎である点だ。
承太郎(短すぎる……! 停止時間が5秒は短すぎる!)
空条承太郎は本作3部の主人公であり、以後も強い存在感を発揮し続けるジョジョの顔と言って差し支えない人物である。そのスタンド『スタープラチナ』は高い近接戦闘能力に加え5秒ほど時間を止める驚異の能力を持ち、劇中でもたびたび最強のスタンドとして扱われている。加えて本人も理知的で高い洞察力を持ち合わせており、今回の異常現象を解説するには持って来いの存在だ。時間停止能力は彼のモノローグを増やす効果も伴っており、この36話は事実上承太郎視点で描かれている。すなわち私達は承太郎の体感速度 で物語を見るのであり、そこで加速を感じられるのは実は前述したような時間だけではない。
2.娘に感じる擬似的時間加速
アナスイ「ところで承太郎さん、俺は全力であなたのお嬢さんを守ります。既にのっぴきならない事態に陥ったようだがこの戦いは生き抜く。……だから、お嬢さんとの結婚をお許しください!」承太郎「……いまなんて言った? お前……」
『メイド・イン・ヘブン』の時間加速能力は実に驚愕すべきものだ。ボールが速くなって野球の試合がまともに成立しなくなったり冷凍室に入った人間が凍結する様などからも、この現象が人間の生活を根底から覆してしまう異常事態であることはよく分かる。だが承太郎は今回、もう一つ別のことにも大いに驚かされている。徐倫の仲間アナスイが、父である自分に娘との結婚の許可を求めてきたのだ。
この6部の序盤からつい先程まで仮死状態だった承太郎は、当然ながらアナスイとの面識は全くない。助けられた際に名前を確認しているし、彼のスタンド『ダイバー・ダウン』の潜行能力にしても今回説明を受けたほどだ。そんな相手にいきなり娘との結婚の許可を求められば仰天するのが普通というもの。承太郎は「言ってることが分からない」「(この状況で)イカレてるのか?」と辛辣な言葉を返しているが、これは多くの視聴者も感じたことであろう。原作既読の私も「あれ、もう1つ2つクッションなかったっけ?」と思ってしまったくらい、アナスイの言葉は唐突だった。だが次の瞬間、承太郎(そして私達)は娘である徐倫の動作にも驚かされる。別方向を見張っていた徐倫は話が聞こえていなかったのか結婚については反応しなかったものの、アナスイの首に手を回すようにして皆に集まるよう言ったのだ。それは、赤の他人に対する距離感とは明らかに違うものだった。
先に触れたように、つい先程まで死人も同然だった承太郎はこれまで徐倫達が何を経験してきたのか知らない。いや、知識として説明は受けているだろうが、それは体験を伴ったものではない。まして彼は娘を危険な目に遭わせないよう、幼少時からあえて遠ざけていた人間なのだ。承太郎が娘を愛しているのは確かだが、22話で死亡した仲間F・F(フー・ファイターズ)の表現を借りれば彼は今の徐倫を"思い出"よりもほとんど記憶情報としてしか知らないのである*1。
承太郎は徐倫の成長を序盤の再会や前回で認識しているが、良くも悪くもこれは「ジョジョ」としての成長に過ぎない。胸の中では幼子の姿ですらあったかもしれない我が子が、生涯の伴侶を見つけてもいい時期にあると突きつけられたショックは相当なものだったはずだ。そして空条父娘の場合は極端だが、こうした自分の中の子供の姿と実像の時間的ギャップを味わうのは多くの親が同様ではないだろうか。体感に比してあまりに速く実時間が経っている――そう、この感覚は『メイド・イン・ヘブン』の渦中の感覚によく似ている。スタンド能力によるものではもちろんないが、時の流れに置いていかれる感覚という点で承太郎は同じものを味わっていると言えるだろう。
3.神の思し召しは文明開花
承太郎の味わった時間的ギャップはもちろん錯覚であり、これは擬似的な時間加速に過ぎない。だが、彼の経験から分かるように時間が加速したような感覚自体は実は珍しくないものだ。スポーツ選手の引退や芸能人の結婚に「もうそんなに時間が経ったのか」と驚く人は多いし、年齢と共に人間の体感時間が短くなっていくことはよく知られている。そして、もっとも巨大な擬似的時間加速は文明の発展であろう。
こちらの動画(日本語字幕あり)が紹介しているが、現代人の暮らしは人類史の薄皮にも満たない僅かな時間の出来事に過ぎない。1世代前にはインターネットは無かったし、20世代前は科学は体系立てられていなかった。猿でなくなってから現生人類が誕生するまで数百万年かかったにも関わらず、私達の生活はもはや数十年前に戻ることも想像できないような変化を遂げているのだ。これが文明の存在によるところ大なのは言うまでもなく、私達は文明によって肉体の進化に要する時間を擬似的に加速させていると言える。なんのために? もちろん、幸福になるために決まっている。
プッチ神父「お前達には計り知れないだろうが最後に1つ言っておく……時は加速する。そしてこれはお前達を始末するための能力ではないし最強になるための力でもない。この世の人類が真の幸福に導かれるための力なのだ」
最強のスタンドであるスタープラチナすら一蹴する強さを見せつけ、徐倫達の前に姿を現したプッチ神父は言う。この時間加速能力は徐倫達を始末したり最強になるためではなく、この世の人類を真の幸福に導くための力だと。そう、人類の幸福のために時間加速を起こす点で『メイド・イン・ヘブン』は文明と軌を一にしているのだ。そして加速する時間の中では淘汰が発生する。先の動画ではホモ・サピエンスの他にいた6種類の人間が滅びたと語られているし、資本主義下では企業の倒産を始めとした淘汰が日々発生している。ジョースターの血統は淘汰されるべきと考えるからこそ、プッチ神父は人類の幸福のためとする力で徐倫達を始末せんとするのだろう。すなわち、プッチ神父と徐倫達の戦いは人類の文明が様々なものを――例えば英雄的存在を――滅ぼしてきた戦いの再演である。
プッチ神父「私の新たなスタンド、新たな能力。名を冠するなら……『メイド・イン・ヘブン』!」
『メイド・イン・ヘブン』は天で作られたことを指し、つまり神の思し召しや天の配剤といった意味を持つ。プッチ神父の手に入れた「天国へ行く力」とは、私達が持つ時間加速能力の究極的な象徴なのだ。
感想
というわけでジョジョ6部のアニメ36話レビューでした。「時間だけではなく思考も加速している」「承太郎が観測者である意味は何か」みたいなことを考えていったらこんなレビューになりました。めっちゃ壮大になったな!と思いますがまあ6部最大の大仕掛けですし。
承太郎の心理を考えるとなんとも切ない気持ちになりました。3部の頃の彼を思い返すと時間の流れを感じます、とこれも時間的ギャップの感覚かもしれません。演じる小野大輔さんもそういう変化はきっと感じてるんでしょうね。残り2話、どうまとまるのかとても楽しみです。
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神の思し召しは文明開花――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」36話レビュー&感想https://t.co/LUQGSl4blC
— 闇鍋はにわ (@livewire891) March 25, 2023
時間を加速させるプッチ神父の『メイド・イン・ヘブン』。これが何を象徴するスタンドなのか考えてみました。#jojo_anime#StoneOcean#ジョジョの奇妙な冒険 #ストーンオーシャン
*1:悲しい