未だ見ぬ伝説を――「BIRDIE WING -Golf Girls' Story-」16話レビュー&感想

©BNP/BIRDIE WING Golf Club
雌雄を決する「バーディーウィング」。16話ではイヴと葵の出生の秘密が明かされる。二人に課せられた運命の悪戯は、未だ生まれぬ伝説へのきざはしだ。
 
 

BIRDIE WING -Golf Girls' Story- 第16話「大人のエゴに巻き込まれた若者たちの二代に渡る数奇な運命」

「ダブルス選手権」決勝。勝敗がかかった15番ホールで、イヴは「レインボー・ショット」を放った。それを見た亜室と世良は、イヴが穂鷹一彦の娘であると確信する。亜室、世良、そして一彦と、アテナ・ブランドの因縁は、数奇な運命を辿っていた。全ての始まりは20年前。若き日の亜室、世良、一彦の3人は、天鷲グループの社長・天鷲剛三の元に集められた。剛三の目的はアテナ・ブランドを洗練させること。そのために必要なのは「伝説を作る」ことだと剛三は告げる。
 

1.必要なのはアイデンティティ

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イヴ「聞いて確かめてみたら? 『わたしの本当のお父さんは誰ですか?』って」
 
全日本女子ダブルス選手権という舞台が霞む程にイヴと葵の出生の秘密が大きくクローズアップされていた「バーディーウィング」だが、この16話では二人の親子関係が遂に語られる。イヴの両親は天鷲家の婿養子になった穂鷹一彦とエリノア・バートン、また天鷲葵は天鷲一彦ではなくそのライバルだった亜室麗矢と天鷲世良の娘であり、そこには世良の父剛三の野望に振り回された親世代の悲劇が隠されていた。葵は自分とイヴは共に一彦を父に持つ異母姉妹ではないかと考えるも、イヴが取り戻した記憶とは齟齬があり選手権でダブルスでペアを組んでいた二人は今回一気に対立関係になってしまう。
 

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葵「教えて……わたしは誰なの? 誰の娘なの?」
 
誤解も絡んだ悲劇的な展開だが、今回視聴者に明かされた事情を全て知れば彼女達の仲が修復されるというのは希望的に過ぎる見方だろう。二人は亜室と世良から直接事情を聞いたわけではないが、葵は前回開眼したフォーム等から自分の父が亜室だと内心気付いており、その点では全てを知っているのと変わらないからだ。イヴから異母姉妹としての自分達を否定された葵は「わたしは誰なの? 誰の娘なの?」と雨空に問うが、彼女が求めているのは自分のアイデンティティであって生物学的な血統証明書ではないのである。
 

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イヴ「記憶の中のパパが言ってたもの。私は世界で唯一の、たった一人の僕の娘だって」
 
自分は何者であるか? 前回「確信のオレンジ・バレット」の反動で記憶を取り戻したイヴにはそのアイデンティティは明白だ。彼女は一彦以外の誰もできなかった「レインボーショット」を放てるただ一人の人間であり、それ故に確信を持って自分は一彦の娘だと言い切れる。幼少期に一彦に「世界で唯一の、たった一人の僕だけの娘」と言われたのを根拠に葵との姉妹関係を否定できるのも、己が一彦の娘であることへの強い自負があるために他ならない*1
イヴのアイデンティティとはつまり「父の娘」である。では、彼女と対峙する葵のアイデンティティは一体なんだろうか?
 
 

2.葵は誰の娘?

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今回ラスト、葵は母・世良に問う。「わたしの本当のお父様は誰なんですか?」と。一見すれば自分は誰の血を引いているかの質問に見えるが、これは正確ではない。先に触れたように、葵は自分が生物学的には自分の父が亜室だと気付いている。彼女は自分に一彦の血が流れていないと知っている。むしろだからこそ彼女は世良に聞かずにいられなかった。
 

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葵「わたしの本当のお父様は誰なんですか?」
 
「血縁なんかどうでもいい、自分は誰の娘として振る舞ったらいいのか」という、それこそ血を吐くような思いがこの質問には込められている。ならばそれに対する世良の答えもまた、表面的な部分に真の価値はない。
 

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世良「母親を疑うの?」
 
世良は葵の父親は一彦だと断言し、本当なんですねと念押しする葵にこう答える。「母親を疑うの?」……彼女の言葉でもっとも重要なのはここだ。確かに、葵の母が世良であることには一点の疑いもない。であれば葵が「天鷲」葵であることにも疑いはなく、その時父親が誰かは半ば意味を失っている。天鷲世良の娘であること、すなわち「母の娘」であることこそ、世良が葵に新たに与えたアイデンティティであった。
 

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「父の娘」としてアイデンティティを持つイヴと、「母の娘」のアイデンティティを持つ葵。整理してみると二人のアイデンティティは対照的だ。同性であると同時に背負っているものは異性的(あるいは陰陽的)であり、ならば彼女達の交わりは何かを「生む」力を秘めている。もちろんそれは生物学的な子ではない。二人の間に生まれるのは、そういう目に見えるものではない。
 
 

3.未だ見ぬ伝説を

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対照的なアイデンティティを持つイヴと葵の交わりには何かを「生む」力がある。それが何か考えるにあたっては、親世代の因縁を作った人物にヒントが隠されている。そう、葵の祖父天鷲剛三である。
 

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今を遡ること20年前、巨大企業天鷲グループを治めていた剛三は新ゴルフブランド「アテナ」で世界を制する野心を抱いていた。その有用性を広めるべく集めた一彦、亜室、そして世良の3人の若手ゴルファーに課した役割は壮大である。
 

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剛三「ただ勝つだけではだめだ。君達が伝説を、レジェンドを作り出すのだ」
 
商品は品質が良ければ売れるわけではなく、むしろ付加されたストーリーに商品価値がある。だからただ勝つのではなく伝説を作れ……剛三の目線は経営者として優れたもので、そのことは彼が娘の世代以降の伝説も視野に入れていたことからも伺える*2。だが、果たして伝説は「作る」ものだったろうか。もちろん時の為政者が自分達に都合よく生み出した伝説も数多いが、伝え説かれて受け継がれる話とは本来「生まれる」ものではなかったか。そう、これまでのイヴと葵の物語のように。
 

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亜室「運命の悪戯は20年も前から始まっているよ。僕と世良さん、そして一彦が初めて出会った時から」
 
イヴと葵がたどってきた物語はあまりに数奇だ。意思に偶然、因縁など様々なものが絡み合って繰り返してきた出会いと別れはけして上の世代に作られたものではないし、だからその運命の悪戯が私達にとってのドラマになってもいる。アニメの脚本も人が作るものではあるが、第1作のTV放映が打ち切りになった「機動戦士ガンダム」シリーズが40年以上に渡って支持されているように全てが計算通りに運ぶわけではない。ならばきっと、イヴと葵は剛三や彼の跡を継いでCEOとなった世良が敷いたレールなど吹き飛ばして自分達の道を進んでいくことだろう。二人の出会いと別れがそれだけのポテンシャルを秘めていることを、これまでの物語で私達はもう知っているはずである。
 

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「父の娘」であるイヴと「母の娘」である葵が交わる時、二人の間には新たな伝説が生まれる。未だ見ぬ伝説こそ、作り物ではない本当の伝説なのだ。
 
 

感想

というわけでバディゴルの16話レビューでした。イヴと葵のアイデンティティの対比から、「伝説」を剛三の望むものからどう離脱させるかにレビューを書いていて悩みました。日本の伝統扱いされているものが明治維新以降に意図的に作られた慣習に過ぎなかったり、広く受け入れられている人造的な伝説って少なくないですしね。本物の伝説というのは、ある種の妖怪みたいなものなのかもしれません。
 
2話前からクローズアップされたイヴと葵の両親関連は明かされましたが、秘密はまだまだあるはずで。そのあたりの因果をどう交わらせて伝説が生まれていくのか、再びナフレスに舞台が移る次回以降を楽しみに待ちたいと思います。
 

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*1:逆に言えば、一彦が嘘をついていたら自分のアイデンティティが崩壊してしまう危機感があるから今回のイヴは葵に攻撃的なのだろう

*2:世良が恋仲の亜室と妊娠した子供を堕胎させるつもりだった癖に「亜室には実績が無いがその子供に才能はあるだろうし、父親として箔をつけてくれる一彦が世良と結婚してくれるならまあ産ませてもいいか」くらいに考えたであろう計算ぶり、古いどころか悪い意味で現代的ですらある