最後の決闘者――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」17話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
形のない死の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。17話では学園最後の決闘が行われる。だが、決闘したのはスレッタとグエルではない。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第17話「大切なもの」

プロスぺラとデリングの因縁を打ち明けられたミオリネは、スレッタの解放を交換条件に、
クワイエット・ゼロ計画を引き継ぐことを決める。
ミオリネの17歳の誕生日は間もなく。
花婿を決める最後の決闘が、ついに幕引きを迎える。

公式サイトあらすじより)

 

1.決闘するのは誰?

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ハロ「アーレア・ヤクタ・エスト。決闘を承認します」
 
決闘を戦争で踏み潰すような展開の続く「機動戦士ガンダム 水星の魔女」であるが、今回はアスティカシア高等専門学園で最後の決闘が行われる。なぜ最後なのかと言えば理由はただ一つ、ベネリットグループ総裁の娘であるミオリネ・レンブランが17歳になるためだ。決闘は最強のホルダーをミオリネの花婿に迎えるためにデリング総裁が定めたルールであり、本作の世界では17歳から結婚が可能になるからそれ以上は続ける意味がない。このため、ミオリネの誕生日に行われた今回の決闘が最後の決闘になる。カードとしては現ホルダーの主人公スレッタ・マーキュリーとジェターク社CEOになる予定のグエル・ジェタークの一戦だが――実のところこれは二人の決闘ではない。
 

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ミオリネ「決めたわ、誕生日に欲しいもの。グエルと決闘しなさい。勝利をわたしにちょうだい」
スレッタ「え?」
グエル「は?」

 

この決闘はスレッタやグエルが望んだものではなく、ミオリネがスレッタに指示したものだ。そして彼女には思惑があった。重体で目を覚まさないデリングに代わる次期総裁選に立候補するにあたって、スレッタではなくグエルと婚約することでグループ御三家の一つジェターク社を後ろ盾にしようと考えていたのである。つまりミオリネはスレッタに負けさせるためにこの決闘を仕組んだのだ。当人達には最初争うつもりがなく、第三者がけしかけたのだからこれはスレッタとグエルの決闘とは言えないだろう。そしてこの決闘は実のところ、スレッタ対グエル&ミオリネの決闘ですらない。
 
 

2.グエルの死

最後の決闘はスレッタとグエルどころか、それにミオリネを加えた対決ですらない。その根拠の一つとして挙げられるのは、今回見られるグエルの成長ぶりである。
 

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グエル「エラン、こいつに何をしている」
 
グエル・ジェタークは本作の中でも特に波乱万丈の経験を積んできた人物だ。当初は傲慢な乱暴者といった雰囲気であったが、決闘に懸けるプライドやスレッタへの初恋でまっすぐな少年としての面が強調され、加えて父をその手にかけてしまった過ちや地球の惨状を目にしたことなどで視野も広げてきた。紆余曲折を経て学園へ戻ってきた今回の彼は、MSガンダムエアリアルの奪取のため強硬手段に出たエラン・ケレス(強化人士5号)からスレッタを守ったり、彼女への感謝や好意を素直に告げるなど好青年そのものである。私などは内心、後述するエアリアルに仕組まれたプログラムが罠で死んでしまうのでは、これは死亡フラグなのではないか……と心配したのだが、振り返ってみるとこれは全くの間違いではなかったように思う。
 

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グエル「構わない、使ってくれ」
カミル「いいのか?」
グエル「プライドだけじゃ、スレッタ・マーキュリーには勝てないさ」

 

成長したグエルから見えるのは、広い視野と同時にそのために自分の気持ちを押し殺せるある種の諦観だ。先に触れたようにミオリネがグエルの勝利を望んだのは総裁選で支援を受けるためで恋愛感情は介在していないが、彼は父ヴィムの死で倒産しかねないジェターク社を救うためこの取引に乗っている。また彼は乗機であるMSダリルバルデの拡張AI(自動操縦機能)を3話での決闘の際は拒絶したが、今回はプライドだけでは勝てないからとその使用も厭わない。いささか比喩的な表現になるが、この17話では少年グエル・ジェタークはもはや死んでいる・・・・・と言える。
 

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スレッタ「ま、前は全然好きじゃないって!」
グエル「あれはなんというか、恥ずかしくて……」
スレッタ「全然分かんないです!」
グエル「なんでだよ、分かれよ!?」
スレッタ「分かりません!」

 

人は自分の中の子供が死ぬことで大人になっていくものだ。敗北、失恋、取捨の選択……求めても全ては得られないと知る度、限界を知る度に私達は成長の機会を得る。グエルがスレッタを助けた後交わされる、かつてグエルが衝動的に求婚するも恥ずかしさからすぐ否定した過去を「全然分かんないです!」「なんでだよ、分かれよ!?」と振り返る二人のやりとりは甘酸っぱさに満ちていて、しかしそんな時間が永遠に続くはずもないのは言うまでもない。好意を告げれば、そのあやふやな関係は終わってしまうのだ。グエルは今回会社が忙しくなる前に学園に戻ってきたが、それは好意が届かないのを承知で自分の気持ちに決着をつけたいというのも一つの理由だったのだろう。
 

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フェルシー「なんで教えてくんなかったんだよ!?」
ペトラ「ごめん、言うタイミング見つかんなくて」

 

死を伴う戦いを目にし、テロに襲われ、アスティカシアの根幹である決闘も終わりを迎える今回は、いわば様々な子供が死ぬ回だ。強硬手段に出たエランにスレッタはかつて同じ顔の少年に抱いた初恋を振り切り、グエルはハサミとバリカンで長髪を短く切り*1、ジェターク寮の少女フェルシーは友人ペトラがグエルの弟ラウダと恋仲になったことを知る。学園が、目に見えないところで終わっていく。それはある意味、グエルが自分の気持ちに決着をつけるのと同じ――ある種の決闘だ。
 
 

3.最後の決闘者

17話の決闘はスレッタとグエルのそれではなく、ミオリネを交えたものですらない。それは学園内の様々な決闘が指し示し、同時に何よりミオリネとスレッタの心の中にある。
 

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ミオリネ「最初に言ったでしょ、これは取引だって」
 
ミオリネは今回、ベネリットグループ総裁になるためスレッタを敗北へ追い込んだ。グエルと決闘させた上にエアリアルに停止プログラムを仕込んだことで、スレッタは逆転負けして"花婿"の座も家族のような存在であるエアリアルも奪われている。わざわざ彼女のところへやってきておそろいのアクセサリーを返し、「いい弾よけになってくれた」「さようなら、水星のおのぼりさん」などと告げるミオリネの姿は"魔女"とでも呼びたくなる酷薄さでその目に映る。だが、私達はこれが彼女の本心ではないことを知っている。
 

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ミオリネ「あの子には幸せになってほしいの。ガンダムとか、何にも縛られない世界で」
 
ミオリネの企みは、全てはスレッタの幸せへの願いが発端となったものだ。スレッタは母プロスペラの言うことには全て従い、人殺しも自分の夢を諦めることも受け入れてしまう。そんな操り人形からスレッタを解放したければベネリットグループの総裁となり、父デリングの計画「クワイエット・ゼロ」を引き継げ……というプロスペラの取引を受け入れたのがこの策謀の理由であった。
 

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ミオリネにとって、スレッタはけして弾よけなどではない。地球へ逃げたいとばかり考えていた自分を逃げないで済むようにしてくれた人、ずっとそばにいてほしい人、決闘ゲームの結果など関係なく自分のパートナーであってほしい人……その幸せのためなら、どんなことだってできてしまう大切な人だ。そう、自分を犠牲にすることだって。スレッタに母やガンダムの呪縛と関係ない世界で幸せになってほしいと願うからこそ、ミオリネは己の幸せを諦めた。自分の中の子供を殺したのだ。
 

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スレッタ「ずっと隣にいたいって、今度は私から言わなくちゃって。一緒に指輪買って、式も挙げて、二人とも最高のドレス着て……! だから、だから私を選んでください!」
 
グエルやミオリネが大人になっていく中、一人子供のままのスレッタは取り残されていく。ミオリネが大人になったら一緒に指輪を買って、式を挙げて、最高のドレスを着て……と、大人になることは幸せになることだと信じて疑わないスレッタは、その幸せを願うミオリネに学園での全てを奪われていく。母の操り人形でない「スレッタ・マーキュリー」すら奪われていく。それこそが今回本当に起きていた決闘だ。アスティカシアの、いや"学園"最後の決闘はここにあった。
 

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デリング・レンブランが定めた決闘の終わりは、記録の上ではスレッタ・マーキュリーとグエル・ジェタークの勝負である。だが実際に戦っていたのは二人ではない。大人と子供こそは最後の決闘者であり、ここに少年少女の日々は終わりを告げるのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の17話レビューでした。いつもは2回視聴した後で考えをまとめるのに30分ジョギングに行くところ雨天でできず、どうなることかと思ったのですが意外と早く書けました。
 
アニメを見るというのは、一面で「置いていかれる」気持ちになるものではないかという思いがあります。自分の中の大人になれない部分がちくちくするというか。もう中年なのですけども、私は一生こんな気持ちがついて回る人間なのかもしれません。でも、こんなのが幸せであるはずは。同じ気分になる人はぜひ「コンクリート・レボルティオ」を見てみてほしい。はい宣伝です。

 
来週は特番ということでまた期間が空きますが、次回を待ちたいと思います。これからどうなっちゃうんでしょう。
 

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*1:正直、今後髪型をどうするかはとても気になっていた