あなたと私で競いながら――「BIRDIE WING -Golf Girls' Story-」20話レビュー&感想

©BNP/BIRDIE WING Golf Club
手を取り合う「バーディーウイング」。20話では葵が挑む日本女子オープンの勝敗が描かれる。だが、今回彼女が本当に競っているのは賞金女王の零華ではない。
 
 

BIRDIE WING -Golf Girls' Story- 第20話「勝利を告げる虹」

「日本女子オープン」3日目が終わった。この時点で単独2位の葵はトータル11アンダー。15アンダーの首位・零華を4打差で追う。迎えた最終日、葵は好調をキープするが、一方の零華も精密機械のような正確なショットを積み重ね、なかなかその差を縮めることができない。そして5打差で迎えた15番ホール。天気が崩れ、雨が降り出す。だがそれは、雨音の読み通りだった。すべての条件が揃い、雨音は葵と、逆転をかけたある計画を実行する。
 

1.キャディーの差

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アナウンサー「栄えある日本女子オープンでわずか15歳の天鷲葵が優勝! 日本女子ゴルフ界に新たなスターが誕生しました!」
 
最年少のプロ転向をかけ臨んだ日本女子オープンで不調に陥るも、どうにか立て直し追撃を図る葵。とはいえ相手は賞金女王の敷島零華プロであり、厳しい戦いが……と思われた今回の試合は呆気なく終わる。5打あった差はわずか2ホールで消滅、Bパートでは葵が既に逆転しておりすぐ優勝してしまうのだからほとんど拍子抜けなほどだ。とはいえ、葵と零華に圧倒的な実力差があると考えるのは早計である。
 

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零華(天鷲葵ちゃん、この私が保証するわ。あなたは絶対にツアー優勝してプロになれる……私の出場しない試合で!)
 
ダブルス選手権で競った姫川みずほを始め、多くの人々が最終日に向ける見立ては葵の勝利にかなり懐疑的なものだった。麗華は4日間で20アンダーを稼ぐと見込まれる腕の持ち主だし、ゴルフコースの難易度も高校生の挑むものとは違うから葵がこれ以上驚異的なスコアを出すのも難しい。実際、最終日で雨が降り雨音の作戦が決まるまでは二人の差は埋まる気配が見えなかった。葵は零華をライバルであるイヴに勝るとも劣らない強敵と評しているが、その際に零華が打ったのがイヴのレインボー・ショット同様にバックスピンのかかったショットである点からもこれはお世辞ではあるまい。間違いなく零華は強いのだろう、専属キャディーなしの・・・・・・・・・イヴと同程度には。
 

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葵「カップ2つ分右ね」
雨音「それで正解よ」

 

試合というと私達はゴルファーばかりに注目しがちだが、18話でイヴが裏世界最強の相手であるリメルダに危うく負けかけたようにゴルファー単独でできることには限りがある。イヴが勝てたのは、リメルダの小細工に小賢しさで対抗する愚を専属キャディーのイチナが止めてくれたおかげだった。今回の零華ももちろんキャディーを連れてきてはいるが、彼女のそれは劇中では最低限の動きが描かれるだけで積極的な助けになれてはいない。ならば彼女は一人で戦っているも同然であり、そこに付け入る隙がある。対する葵は専属キャディーの新庄雨音と二人で「天鷲葵」として挑んだのだから、イチナ抜きのイヴと同程度の相手になら勝てるのは当然の話だ。5打差のまま推移するかと思われた試合を覆したのは、ひとえにキャディーの差にあったと言える。
 
 

2.循環する二つのゴルフ

葵と零華の差はキャディーである雨音の差にある。だが、葵と雨音の関係はライバルであるイヴとイチナの関係と同じではない。
 

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イチナ「次はイヴさんの番ッス! 狙うは優勝、プロの舞台で天鷲さんと勝負ッス!」
 
イヴにとってイチナとは、自分の中に芽生える小賢しさを消してくれる存在だ。相手の戦略を見抜く知性は持ちつつも、それを上回るまっすぐさをイヴに求めて迷いを吹っ切らせてくれるキャディー。「どちらがより愚直か?」とイヴと並走するところにイチナの意義がある。
一方でデータと理論を重視する雨音は、葵に愚直さを求めたりはしない。雨によるコースの変化や飛距離の減少具合等を全て頭に入れた彼女が葵に提示するのは常に「勝つためのゴルフ」だ。そしてそれ以上に異なるのは、それを実行する葵のゴルフは勝つためのゴルフではない点だろう。
 

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雨音(ええ、そうね。愉快だわ。その笑顔でどんな障害もなぎ倒していく、あなたを見るのが!)
 
実父・亜室麗矢の薫陶を受けた葵のゴルフは、何よりも「楽しむゴルフ」だ。零華という強敵を相手に、逆転はほぼ不可能と思えるピンチすら楽しむ根っからのゴルフ好き――だがそんなしなやかさがあるからこそ、葵は逆境でも雨音の「勝つためのゴルフ」を実行できる。一方で雨音にとってみれば、自分の立案したゴルフを葵が完全に遂行してくれるのが楽しくて・・・・・仕方ない。そう、この二人が組む妙味は「勝つためのゴルフ」と「楽しむゴルフ」の循環にある。勝てるほど楽しく、楽しめるほど勝てる輪の中では片方だけで行き詰まることがなく、だから葵と雨音は最年少でオープン大会を制する偉業も成し遂げることができたのだった。
 
葵と雨音は賞金女王すら蹴散らし、自分たちのゴルフが日本最強であることを証明した。そしてこれまでも示されているように、本作において「ゴルフ」の意義はコースを周る球技自体に留まらない。
 
 

3.あなたと私で競いながら

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葵「最高のキャディー、いいえ、最高のパートナーです! この優勝は、わたしと雨音で勝ち取った勝利です!」
 
「ゴルフを楽しむ」姿勢から覗くように、葵は同年代と比べると幼さの目立つ少女だ。たびたび呆れられる天真爛漫さは今回も健在で、優勝会見では席を飛び出して優勝は雨音のおかげだと紹介して彼女を困惑させたりもしている。だが、山ほどの取材を終えてホテルに戻った雨音が知ったのはそれが別れを惜しんでのおふざけだったということだった。5年前に父を喪った雨音は天鷲グループと「葵がプロになるまで公私のケアをする代わりに経済的援助を受ける」契約を結んでおり、日本女子オープンの優勝でそれが終わりになることを葵は知っていたのだ。
 

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雨音「知ってたの?」
葵「うん……」

 

葵は言う。ゴルフ漬けで友達もいない生活で楽しくゴルフをしてこられたのは雨音がいてくれたおかげだ、キャディーなんていらないと言えば雨音は自由でいられたのに自分が縛り付けてしまった……と。ただただ無邪気に見えた葵にも葵なりに葛藤や後悔はあり、それは彼女をちゃんと大人にしていたのである。だが、彼女が一人で大人になるなど雨音にとって認められるものではなかった。
 

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葵「ねえ、ゴルフ好き?」
雨音「いえ、特に……」
葵「じゃあまず、好きになってもらわなきゃ!」
雨音「え?」

 

雨音はキャディーとしての才能を葵の母世良に見出されはしたが、ゴルフ自体が好きなわけではなかった。契約も半ば強制的に結ばされたものであり、彼女は当時まだ小学生でありながら大人にならざるを得なかった、と言える。天鷲家の令嬢に奴隷のように虐げられる生活も覚悟していただろう。だが葵は雨音に「お嬢様」ではなく名前で呼び、敬語も使わないよう求めた。加えて親の求めでさせられてもいるゴルフを「クラブでボールを打って、カップに入れる遊び」として心から楽しんでもいた。そういう子供っぽさが雨音をどれだけ救ってくれたことか。いや、"子供"でいさせてくれたことか。だから雨音も、葵に"大人"を一人で背負わせたりしない。
 

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雨音「私にゴルフの楽しさを教えておいて、はいさよならってどういうこと?」
 
葵は確かに強い。前回宣戦布告として雨音が親類の零華に渡したデータも、15歳としては驚くべきものだった。けれど亜室が倒れたと聞けばミスを連発する精神的脆さはあるし、今回の逆転も雨が降らなければ――雨音がいなければ――とうてい不可能だった。やはり彼女はまだまだ子供だ。専属キャディーの支えなしにはやっていけない。
一方で雨音にしても、自分の「勝つためのゴルフ」を遂行して「楽しむゴルフ」に変えてくれる相手は葵以外にはいない。ゴルフがこんなにも楽しいと、"子供の遊び"だと教えてくれたのは彼女なのだ。葵と一緒でなければ、雨音はあっという間にただの大人になってしまうことだろう。果たしてそれを「新庄雨音」と呼んでいいものだろうか?
 

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雨音「わたしの人生を狂わせたと思っているのなら、ちゃんと最後まで責任取ってよ」
 
人は成長するものだけれど、それは単に大人になることを意味しない。大人になっていく部分と子供のままの部分のせめぎ合いの中で自分を見つけなければ、私達はもはや個人とは呼べない存在になってしまう。そして、その個人を保つためにはむしろ他者の存在が欠かせない。相手が子供になった時は自分が大人に、大人になった時は自分が子供になれるようなパートナーがいてこそ、私達は私達でいることができる。葵が大人びた姿を見せたって、雨音が子供のように冗談めかした言い方をしたっていいのだ。二人の間でバランスが取れていれば、どんなに変わっても彼女達は間違いなく彼女達であり続けることだろう。この日本女子オープンで葵と雨音が見つけたのはそういう自分達の不可分性であり、それこそ次のステージに進むために必要なものだった。
 

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葵「雨音~~っ! 愛してる~~っ!」
雨音「ひっつかないで、その恋は実らないから!」

 

かくて雨音は天鷲家ではなく葵個人と改めて契約を結び、プロゴルファー「天鷲葵」がここに誕生する。それはきっと、天鷲家の天下を目論む祖父剛三の野望など歯牙にもかけない新たな伝説を生むことだろう。
葵と雨音が「楽しむゴルフ」「勝つためのゴルフ」で競い続ける限り、この幸せはきっと何にも負けることはないのだ。
 
 

感想

というわけでバディゴルの20話レビューでした。敷島零華との勝負が予想以上に呆気なく終わってびっくりしたのですが、葵と雨音の競い合いとして見ると確かにこういう構成になるなと納得。イヴと葵の関係と同じものを、葵が自分の中で再発見していく回だったと言えるかも知れません。
 

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葵の優勝を喜ぶ場面、ただ喜んでいる世良が本当に幸せそうでした。巻き込まれでネクタイ締められてた矩継さんはご愁傷さま。こんな表情を見せたのは今回が初めてでは……どうしたって欲得がらみになる剛三を映さなかったのは正解だったと思います。
 

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あと私に言わせれば「眼鏡っ娘」にとって眼鏡は「かけるとかわいくなるアイテム」ではなく、「かけた者の魅力を最大限引き出すアイテム」であることは書いておきたいと思います。ルッキズム的な話でなく、眼鏡をかけて出る魅力ってそのキャラ自身の魅力なんです。だから外す時すら様になる。そういう意味で、この2話の雨音は本当に魅力的でした。いや、瞬間風速的には15話で柄にもなくイチナと抱き合って喜んでいる時も相当でしたが。
 
 
さて、次回はイヴとアイシャの試合。穂鷹一彦の娘にしてレオの弟子でもあるイヴと、純然たるレオの弟子にして野生児的なアイシャの勝負は葵と雨音が示したテーマをどう発展させてくれるのか。楽しみです。
 

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