二つが転がる道――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」19話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
困難を行く「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。スレッタとミオリネが天地に分かれる19話では再起と悲劇の両方が描かれる。副題にある「一番じゃないやり方」には、いつも二つのものが転がっている。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第19話「一番じゃないやり方」

エアリアルと共に地球へ降り立ったミオリネは、デモを先導するアーシアンとの対話に臨む。
苛烈な現地の様相は、平和的な交渉が至難であることを物語る。
一方、地球寮の皆は、失意のスレッタを励ますことが出来ず……。

公式サイトあらすじより)

 

1.誤解だらけの回

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ミオリネ「わたしのせいだ。わたしが……これを……」
 
今回は登場人物間で多くの誤解が発生する話だ。ジェターク社新CEOグエルの弟ラウダは父ヴィムの遺したガンダム・シュバルゼッテを兄の婚約者ミオリネの企みと思い込み、グエルと共に地球のクイン・ハーバーで過熱する自社への抗議活動を止めに行ったミオリネは結果的に多くのアーシアン(地球居住者)が死ぬ事態を引き起こす。更にはミオリネが虐殺者の汚名を着せられたことでかつて彼女に恋心を抱いていたグラスレー社のシャディクがグエルへ怒りをたぎらせるなど、混迷という言葉がぴったりの誤解だらけの状況……しかしだからといって、理解が全くないと言えばそれも嘘だ。
 

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マルタン「そうだよ……ニカはテログループに協力してた。だから僕は管理者に通報して……」
 
今回は悲劇の起きる回であると同時に、主人公スレッタの暮らす地球寮の寮長、マルタンのわだかまりが解ける回でもある。彼は同じく地球寮のニカ・ナナウラがテロ組織に協力していたと知り通報したが、そのことをチュチュ達仲間に話せずにいた。通報はあくまで仲間を守るためであったがそれでも仲間を売る行為には違いなく、後ろめたさに苦しんでいたのだ。ようやく自分の行いを打ち明けた彼を地球寮の皆は責めることはなく、そこには間違いなく理解が存在している。
 
この19話ではコミュニケーションの失敗が悲劇を生んでいくが、必ずしも理解がないわけではない。いや、誤解と理解というのはそもそもそんなに明瞭に分かれているものなのだろうか?
 
 

2.誤解と理解の境界線

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セセリア「ムラにしたらバラすから」
 
誤解と理解は明確に分かれているものなのか。それを考えるにあたって引用したいのは、先のマルタンが真相を打ち明けるまでの経緯だ。ずっと秘密を抱えていた彼が今回告白に至ったのは、同じくアスティカシアに通うセセリア・ドートの存在が大きい。
 

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マルタン「そうだよ、僕はニカと話すことを諦めた。寮長失格だ。だけど、あの時は本当の本当に皆を守る一番の方法だって……!?」
セセリア「だったらそう言えばいいじゃん」

 

懺悔室の向こうに潜んでいた彼女に自分の行いを聞かれてしまったマルタンはそれをタネにこき使われていたが、セセリアに嘲笑われるのが我慢ならずこう言い返している。「君達みたいな勝ち組に何が分かるんだ!」と。実際、貧しいアーシアンマルタンの置かれた状況は裕福なスペーシアン(宇宙居住者)のセセリアには分かりようがない。自分達の間には誤解しかない、とマルタンとしては言いたいところだろう。しかしセセリアはマルタンに厄介事に巻き込まれたくない気持ちがあったこと、また打ち明けられないのは聞くことを途中で諦めた疚しさがあるからだとその心中を掌を指すように言い当てて見せた。それでもあの時はこれが皆を守る一番の方法だと思ったんだ、とマルタンに吐き出させ、それをこそ言えばいいと助言するセセリアは、むしろマルタンの心中を彼自身よりも理解していたと言える。
 

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ケナンジ「さっき言ったな、みんな知っているって? そんな報告は一度も出てこなかったよ、『フォルドの夜明け』と一緒にいたお前以外のアーシアンからは」
 
また今回はアスティカシアで起きたテロ事件などの糸をシャディクが引いていたことをグエルが知る回でもあるが、そのきっかけは実にちょっとしたことだった。一時期テロ組織に「フォルドの夜明け」に捕えられていたこともあった彼はそこで知り合った少年セドと再会するが、セドが何気なく口にした「プリンス」という呼び方からグエルの護衛を務めていたケナンジは黒幕がシャディクだと気付いたのである。シャディクの関与の「理解」は、セドが「プリンス」がアーシアンを支援していることは誰でも知っている事実と「誤解」した先にあった。
 

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ニカ「なんなんですか、今の」
エラン「君には分からないよ、絶対に」

 

言語にしろ非言語にしろ、私達が他者と交わすコミュニケーションはいつも完璧にならない。当たり前に共有できていると思っていたことはそうではないし、逆に隠しておきたいと思ったことが容易に見抜かれてしまったりする。コミュニケーションは常に誤解と理解の両方を含んでいると言ってよく、しかもそれがどう作用するかはいつだって一定ではない。スレッタの場合を見てみよう。
 

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チュチュ「おーい! スレッタ来たぞ!」
スレッタ「ああのわたしまだ、心の準備が……!」

 

スレッタはミオリネに加えて家族同然のMSガンダムエアリアルや母プロスペラにも突き放され、地球寮ですっかり塞ぎ込んでしまっていたが、彼女が立ち直るきっかけはけして魅力的な説諭を受けたというようなドラマチックなものではなかった。ふと感じた空腹から1人で冷蔵庫のものを食べようとしていたところ、朝食の準備をしていたチュチュに見つかり皆の前に連れてこられたのだ。当人が言うように皆と話す心の準備は全くできていなかったが、手違いから用意されていた普段より豪勢な食事、飼っているヤギの乳のスープは今の彼女にとって心に染み入るものであった。誤解やすれ違いこそは、スレッタが立ち直るきっかけだったのだ。
加えて言えば、マルタンが帰ってきて通報について打ち明けたのがこの直後であったが、スレッタがいなければニカがテロリストのノレアとソフィを止めようとしたという情報は共有されなかった。ニカがけしてただ皆を騙して利用していたわけではなかったという理解はこのタイミングでなければ生まれなかったのだから、スレッタは一応大丈夫だとチュチュが誤解したのは結果的に大正解だったと言えるだろう。
 

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リリッケ「一番いいやり方じゃないって分かっててもそうするしかない時、あるんじゃないでしょうか」
 
ニカの裏切りもマルタンの裏切りも、最善の方法だったとは、一番のやり方であったとは言えない。しかし地球寮の一人リリッケはそれらの選択を「一番いいやり方じゃないって分かっててもそうするしかない時、あるんじゃないでしょうか」とかばい、スレッタはそこに一つの気付きを得る。リリッケの言葉はもちろんニカやマルタンに向けられたものだが、しかしこれは自分を裏切った人達にも言えるのではないか……と"誤解"する。ここにもまた、誤解が生む善果がある。
 
 

3.二つが転がる道

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交渉人「10日……総裁選の結果が出るまでだ。それまでは抗議活動を一時休止しよう」
 
理解が善で誤解が悪とは限らない。これはミオリネに起きる悲劇にも共通して言えることだ。彼女の交渉は、最初から最後まで誤解しかなかったわけではなかった。当初は経済的メリットでフォローしようとするミオリネと多くの人命が奪われた痛みを重視する抗議側という齟齬があったが、ミオリネは地球寮の仲間達と医療器具を開発したい思いや、実現性確保のためジェターク社他を統べるベネリットグループ総裁の座に就くことを訴えて抗議活動の一時停止を引き出すことに成功した。最初は断られた握手が為されたところから分かるように、そこには確かに理解があったのだ。しかしスレッタの母プロスペラの陰謀によって引き起こされた衝突は抗議側に一層の失望を生み、結果としてクイン・ハーバーは火の海に包まれてしまった。理解したからこそ、その先の誤解はいっそう強いものになってしまった。
 

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オジェロ「嘘だろ……」
チュチュ「何やってんだよミオリネ!」

 

この惨事をモニタ越しに見る人は、当然ながら事情を全く知らない。炎の中に映るプロスペラが乗ったエアリアルは、ミオリネの理念と異なりガンダムが殺戮の兵器だと"誤解"を生んでいく。しかしそれでも全てが誤解に埋まってしまうわけではなく、スレッタが得たのは誤解よりもむしろ理解の方であった。
 

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スレッタ「今、分かりました」
アリヤ「スレッタ……?」

 

スレッタは知る。エアリアルはプロスペラがこうすることを分かっていたから、巻き込まないために自分を突き放したのだと。一番じゃないやり方と分かっていてそれでもそうせざるを得なかったのだと、自分が何も分かっていなかったのだと知る。もしプロスペラの企みを直接話されても信じられなかったであろうスレッタは、ようやくそのことを"理解"した。
 

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数え切れない人々がすれ違い、泣き叫び、息絶える今回の事件は惨事としか言いようがないものだ。母を疑うことを知らなかったスレッタは前回や前々回、そして今回の出来事を通して変わりつつあるが、これが「一番の方法」だったとはとても言えない。「仕方がない」と免罪するにはあまりに多くの血と涙が流れている。それでも誤解だらけのこの19話でスレッタは確かに理解を手にしていて、だから世界は誤解だけにも理解だけにも染まらずに済んでいる。彼女の先に、誤解と理解の"二つ"がある。いや、きっと両方がなければいけないのだ。ミオリネの交渉がひっくり返されたように、理解だけあれば全てが上手く行くというのがそもそもの間違いなのだろう。
 

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スレッタ「お母さんならきっとこうするって分かってたから、一番いいやり方じゃなくてもああするしかなかったから……わたし、何も分かっていなかった」
 
私達のコミュニケーションはいつだって「一番じゃないやり方」にならざるを得ない。逃げずに進むなら、その道には必ず誤解と理解の二つが転がっているのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の19話レビューでした。今回は言及されてはいた軌道エレベーターが登場し、その描写が「道」みたいだな……というところからどういう記事にするかを広げていった次第です。非武装エアリアルを連れて行っても抗議側への威圧効果になり、護衛のためのMSが最終的に人々を虐殺する凶器になる。もちろんプロスペラの陰謀による惨劇ですが、前回の彼女の「こちらも武力を示さなければ対等な交渉は成立しませんよ」という言葉は悪魔の囁きだったなあ……
 

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ミオリネもエアリアルもプロスペラも言葉が足りなかったり勝手だったりという印象に対して、それを包み込むような内容だったなと思います。そして、ソフィを求めるノレアの嗚咽に悲しい気持ちになった回でした。14話以来、OPでノレアに笑いかける彼女を見る度、胸の奥が痛くなる。さてさて次回は。

 

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